くーちゃんママシリーズ
第四章 子育て編 6
そこから席は食事の場へと移った。
大人数の、それもそれなりの地位に就いている者も含んでいる上、子供である貴央も十分楽しめる場所というのを考えるのはな
かなか難しかった。
それでも、
「夕飯には肉!」
と、言う太朗の言葉もあり、結局は大勢で楽しめる中華に落ち着き、個室では賑やかな酒宴が始まっていた。
「倉橋」
「はい」
各自に酒を注いで回っていた倉橋は、海藤に呼ばれて足を止めた。
「お前は子供についていたらいい。こっちは勝手に出来るから」
「しかし・・・・・」
「今日はお前達の祝いのために集まったんだぞ?お前が忙しくてどうする」
笑いながらそう言った海藤は、軽く倉橋の背中を叩いてくれた。その言葉やしぐさの優しさに、倉橋は自分でも気付かないうちに
張っていた気をほうっと解かす。
「・・・・・ありがとうございます」
そこで礼を言うのはまた違うのかもしれないが、倉橋の性格をよく把握している海藤は苦笑しながら頷いてくれた。
その言葉に甘えて倉橋が部屋の隅に寝かせていた優希を見ると、ちょうど綾辻がミルクを飲ませてくれている。
「あっ」
(時間が過ぎていたんだ)
何時もはきっちりと時間通りにミルクを飲ませていたというのに、今日は予定外の忙しさで忘れてしまっていたらしい。
優希の方も常とは違う環境に腹をすかして泣き出すことも無かったが、それは今考えた言い訳かもしれないと、倉橋は急いで綾
辻の元へ近付いた。
「すみませんっ」
「い〜のよ、こういうのはお互い様なんだから」
「綾辻さん・・・・・」
「でも、ゆうちゃんはママの方が良いみたいよ?遊んじゃって、なかなか飲んでくれないの」
「・・・・・」
それは、きっと倉橋のことを気遣って言ってくれているのだろう。綾辻の気遣いに内心感謝の言葉を言いながら、倉橋はそのま
ま優希を受け取った。
ミルクをやる倉橋と、それを飲む優希。
(やっぱり、いいわね〜)
どこをどう見ても女性っぽさのない倉橋だが、それでもこうしてミルクをやっている姿は母親に見えて来るから不思議だ。
「綾辻〜」
「は〜い」
本当はべったりと2人についていたかったがそうもいかず、綾辻は上杉に呼ばれて歩み寄る。
食事よりも杯を重ねていた大人達は随分酔っているはずだが・・・・・見掛けはまるで変化を見せないのはさすがだと思えた。
「次は何を飲むんです?上杉会長」
「俺はジン。海藤、お前は?」
「同じのでいいですよ」
「こら、伊崎っ、お前、冷酒ばっか飲むんじゃねえっ」
「他にも頂いています」
「嘘言うな。ほらっ」
上杉の半ば脅しのような勧めにも表情を変えずに対応していた伊崎。
その隣では江坂とアレッシオが静かに飲んでいたが、その眼差しは愛しい者から少しも離れていないのが分かる。
(ほ〜んと、しーちゃんもトモ君も凄いわよねえ)
あの男達の心を虜にして放さないテクニックはさすがだと思う反面、それが無意識故というのも十分分かっている。真琴や太朗、
楓も同じだろうし、何より自分の最愛の人も・・・・・。
「こら、優希、私には胸は無いと言っただろう」
ミルクを飲みながら胸元に手を伸ばしてくる優希に困ったように話し掛ける倉橋を見て、ズクッと心臓が射抜かれるほどの愛お
しさを感じる自分も、ここにいる男達と同列だ。
「ほら、伊崎も飲みなさいよ」
「綾辻さん」
「飲まないんだったら、お姫様に勧めちゃうわよ〜」
「・・・・・頂きます」
(ホント、面白い)
何だか平和で、とても幸せだ。
それが倉橋と優希がもたらしてくれたものだということを綾辻はしみじみと感じていた。
「ゆう!じゃあなっ」
「あ〜」
「たかちゃん!」
「たろー!」
賑やかな夕食が済むと、子供もいるということで早々の帰宅となった。
店の玄関先では、倉橋が抱く優希と、真琴が手を繋いでいる貴央の周りに人が集まる。
「く、くーしーっ」
「タロ、たかちゃんが苦しいって」
ギュウッと、まるでぬいぐるみを抱くように太朗が貴央を抱きしめていると、さすがに貴央が苦しいと声を上げている。
それに反応した楓が太朗の頭を小突いたが、太朗はだって〜っと唇を尖らせた。
「弟もおっきくなってさ、なかなかこうして抱きしめられないんだって」
「それでも手加減しろ」
「してるよ〜」
太朗に抱きしめられ、直ぐ間近には楓の綺麗な顔があって・・・・・大好きなトモダチが直ぐ傍にいることが貴央も嬉しくて仕方が
ないようだが、それでも強く抱きしめられたままではきついようだ。
「う〜っ、たろー!」
「ん?何、たかちゃん」
名前を呼ばれ、嬉しそうに返事を返す太朗。どうやらこの2人の意思の疎通はなかなか出来ないようだなと思いながら、真琴は
笑いながら仲裁に入った。
「またね、ゆうちゃん」
最後にもう一度抱かせてくれと言った静。既に眠っていた優希をそっとその腕に渡すと、静は綺麗な顔を綻ばせながらまたねと
話し掛けている。
「眠ってる」
「うん、起こすと可哀想」
そんな静の腕の中を覗いている友春も笑っていて・・・・・普段大人しい彼のその表情に、倉橋も穏やかに笑いながら言った。
「また、会いに来てやってください、喜びますから」
「分かるんですか?」
「ちゃんと覚えているらしいですよ」
赤ん坊だから何も分からないというのは認識の違いで、赤ん坊だからこそ自分に好意を寄せている相手のことはちゃんと分かる
らしい。
「反応が無くても何時でも話し掛けてやって。きっと優希君は君の声を聞いてるし、顔も見ているよ」
担当医師にそう言われたからではないが、倉橋は事あるごとに優希に話し掛けていた。そのせいか、優希の目線が自分を追う
ことにも気付いたし、声を聞いて喜ぶ姿も知った。
だからこそ、自分を愛し、可愛がってくれる人々のことを、優希もちゃんと分かっていると思っている。
そんな倉橋の無言の思いを感じ取ったのか、静も友春も、また絶対に来ますと言い、倉橋に優希を返してくれた。
綾辻は江坂とアレッシオ、そして上杉や伊崎にも頭を下げて今日の礼を言った。
「今日はありがとうございました」
「いや、こっちものんびり楽しませてもらった」
「太朗君の元気にこちらも引っ張ってもらっちゃって」
「あれがあいつの良い所でもあるしな」
それだけではないのだと、上杉の表情からも十分分かるし、綾辻自身もそう思う。
これだけ個性的な面々が存在する中、先頭に立てるというのはそれだけでも凄いだろう。その上、それが本人には無意識だとい
う所がさらに面白いのだ。
「理事も、御足労頂いて」
「1人で来させるよりはいい」
静を溺愛している江坂は、たとえ顔見知りの相手でも1人で行動させるのが嫌らしい。
その気持ちは周りの男達と同様、綾辻も十分分かる気持ちなので、頬が緩みそうになるのを必死で押さえながらそれでもと言葉
を続けた。
「また、いらして下さいね」
「・・・・・暇があればな」
そうは言っていても、静がまた来ると言えばついてくるのだろう。大東組の史上最年少の理事と謳われる江坂も、愛しい者相手
ではただの男だった。
(その方が身近に感じて良いけど)
綾辻は次にアレッシオに向き合う。
「貴重な逢瀬の時間を邪魔してごめんなさい」
「・・・・・トモが喜んでいる」
「・・・・・」
「それに、可能性を確かめるのもいい」
可能性・・・・・それは、男の身体での妊娠と出産のことだ。そのコツを教えることはさすがに出来ない(と、いうか、その理由は綾
辻も全く分からない)が、自分達を見ることでその希望を保てるのならばお安いことだ。
アレッシオのイタリア男らしい熱い愛情を一身に浴びている友春は大変だと思うが、それもお互いに思い合っているのならばい
いだろう。
「また、日本に来たら遊びに来て下さいね」
「・・・・・トモ次第だな」
「は〜い」
近いうちにまた会いそうだなと思いながら、最後に伊崎に笑みを向けた。
「大変だったわね。でも、ありがとう」
「いいえ、こちらこそご馳走になりました」
「お姫様もご機嫌が良いみたいで良かったわ」
「楓さんは子供が好きですから」
そう言う伊崎の綺麗な顔は、楓を見る時は一段と優しい。
(あ〜、今日は本当にいい日だわ〜)
男達の思い掛けない・・・・・いや、思った通りの恋人への溺愛ぶりを間近で見ることが出来て、綾辻は楽しくて声を出して笑って
しまった。
「おやすみ〜!!」
「またね〜!」
迎えに来た車に分かれて乗り、それぞれが窓を大きく開けて手を振ってくれる。
「じゃあね〜!」
大きく手を振り返す自分の隣で、眠っている優希を抱いたまま頭を下げる倉橋。
その車の姿が見えなくなるまで見送り、ようやく綾辻はほっと息をついて、一緒に彼らを見送ってくれた海藤に対して礼を言った。
「社長、今日はありがとうございました」
「いや。貴央も楽しんでいたしな」
その貴央も、つい先ほどまで太朗達とはしゃいでいたのに、何時の間にかコトンと海藤の腕に抱かれて眠っている。この歳になる
と眠った状態ではだいぶ重くて、真琴では重労働になってしまうので海藤が抱いているのだろう。
「2人共大物」
貴央も優希も、あれだけ騒がしくしても眠っているというのは随分と先が頼もしい。
綾辻は優希の頬をつんと指でつつくと、それを見つめている倉橋に向かって今日の慰労の言葉を伝えた。
「今日は御苦労さま。愛してるわよ、克己」
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これで、全員集合は終わり。
次回はまた少し時間が経ちます。1年後くらい?