Love Song





第 1 節  Lentissimo










 「僕が知らない間に、面白いことがあったみたいじゃない」
 初音達が帰った後、黙り込んだままイスから立ち上がろうとしない隆之を後ろから抱きしめながら、裕人はファンから『天
使の微笑み』と言われている笑みを浮かべて言った。
 「気に入らなかった?」
 「そんなんじゃないって」
 「う〜そ。僕に言えないの?」
 今年26歳になるはずの裕人はかなり屈折した性格の持ち主だ。若い頃からちやほやされてきたが、人に利用されたり
使われたりするのは大嫌いで、若干21歳でプロダクションを設立。その第一号にして唯一の所属アーティストが【GAZE
L】だ。
 「ヒロ、タカの嫌がることはやめろよ」
 「ずるいんだ、たいっちゃん。僕だけ仲間外れ?」
 「そういうわけじゃないよ」
 人をからかうのが大好きで、悪戯も好き。才能と資金があるだけに厄介な存在だが、その天才的な音楽性は確かで、
今のところ敵無しといった感じだ。
さすがに長い付き合いの事務所のスタッフやメンバーはその性格を十分把握していて、うまくコントロールをしている・・・・・
つもりだが、本当はそうさせているのではないかと思わせているだけなのかも・・・・・しれない。
 それ程掴みにくい性格の裕人に隆之が勝てるはずもなく、ただ無言でいる抵抗しか出来なかった。
 「あの子、新人?」
 口を割らない隆之から太一にターゲットを移すと、太一は口ごもりながらも肯定した。
 「春から配属されたって」
 「へえ〜。名前は・・・・・と」
貰った名刺に目を移すと、裕人は何かを思い出すように目を閉じた。
 「けど・・・・・」
 「え?」
太一は身をのり出し、隆之も視線を向けた。
 「会った事あるの?」
 「そうじゃなくて、この字・・・・・そうだ、『桜井初音』。響きが綺麗で覚えてた。第一期のファンクラブのメンバーだよ、多分」
 「ファンクラブの?」
 「ちょっと荷詰まった時、気分転換に会報の発送手伝って・・・・・あれ、どのくらい前かなあ。もう随分経つよ、確かファー
ストアルバム出す直前」
 「本当にファンだったんだ」
 カメラマンの言っていた言葉を思い出した太一が呟く。
 「男の子のファンっていうのが嬉しくてね。名前も変わってたし、覚えてた」
そう言うと、裕人はますます眉間の皺を深くする隆之をじっと見た。
 「僕の記憶力も、まんざらじゃないだろ?」
 「・・・・・」
 「意地悪した?」
 「・・・・・」
 「何時もなら気に入らなくても適当に相手してたのに。意地悪したくなるくらい気にしたんだ」
 当たっているだけに何も言えない隆之を、裕人は楽しそうに見ている。
 「そんなに後悔するくらいなら、会って謝ればいいじゃない」
 「・・・・・どうやって会うんだよ」
 とうとう返事をしてしまった隆之に、裕人はにこっと笑ってみせる。
 「明後日プロモ撮りだろ?それに呼べばいいじゃない」
 「ヒ、ヒロ、そんな勝手に・・・・・」
さすがに太一が止めようとするが、我が道を行く男は耳を貸さなかった。
 「密着ってことで取材OKするよ。打ち上げにも呼んだら喜ぶんじゃない?」
 「ヒロ!」
 「いいの?」
その言葉の誘惑に勝てなかった隆之が確かめるように言うと、裕人はもちろんだというふうに頷いた。
 「楽しみだな」
裕人の綺麗な天使の微笑み・・・・・=それは、何かを思い付いた悪戯な悪魔の微笑だった。