Love Song
第 1 節 Lentissimo
10
初音の隣に座り、その顔に顔を寄せるようにして話している男が何者なのか、隆之は無言のままきつい視線を向けることしか
出来なかった。
(・・・・・まさか、俺をからかう為に?)
もしかしてこれも何かの悪戯かと目線だけを裕人に向けたが、珍しく途惑ったような顔をしている裕人も初音の登場には驚いて
いるようだ。
「へえ、2人が先輩後輩・・・・・ね」
裕人は感心したように呟くと、立っているままなのもおかしいと思ったのか空いている席に腰を下ろした。
隆之も初音の隣に座っている男の姿を視界に入れないように、出来るだけ体を斜めにして、丁度初音の向かいになる場所に
腰を下ろす。
少しだけぎこちない雰囲気になったが、直ぐに人当たりのいい裕人が口を開いた。
「でも、凄い偶然だよ。数日前に僕達取材を受けたばかりだったんだ」
「本当に?なんだ、初音、教えてくれたら良かったのに」
(初音・・・・・)
堂々とその名を呼び捨てに出来る都筑は、初音とは親しい間柄といってもいいのだろう。ただの学校内での関係ではなく、もっ
と他の・・・・・もっと深い関係があるのではと思ってしまう。
そんな風に邪推する自分が嫌で、隆之はようやく初音に視線を向けて言った。
「よく会ってるのか?」
「え?」
「・・・・・彼と」
「あ、本当に久し振りに会ったんです。会社を辞めてから都筑先輩もずっと忙しくて」
「お前だってバタバタしてたろ?俺はお前に癒してもらいたかったけどな」
「せ、先輩っ」
初音の肩を抱いて笑う都筑。一見、2人は仲の良い友人に見えないことは無い。
しかし、隆之は自分と初音の会話に割り込んできた形の都筑に、どうしてもいい感情を持つことが出来なかった。
「・・・・・」
口を閉ざすいい口実が見付からないまま、普段は節制している隆之は運ばれてきたビールを一気に飲み干してしまった。
(拙かったかな・・・・・)
裕人は隆之の様子を見ながら思った。
まさかここに初音がいるとは思わず、その初音がこれ程に都筑と親しいとは予想など出来るはずが無かった。
今日、隆之をここに連れてきたのは、当然都筑に会わせる為だったが、それはこんな風な妬きもちを焼かせる・・・・・本人は認め
ないどころかそんな自分の気持ちに気付いてもいないだろうが・・・・・為ではなく、新しい刺激を与える為だった。
プロデュース業もしている裕人の作品提供は、今までは女性アーティストに限られていた。それは、男が歌う最高の曲は隆之
に歌わせるのが一番いいと思っていたからだ。
他のアーティストに与えた曲もいい物だという自負はあるが、中でも隆之に与える物が、【GAZEL】には一番いい物を与えてい
ると思っていた。
そんな裕人が、今回曲を与える都筑のバンドは、男性ボーカリストだ。
初めて同性に曲を与えるということで、最近自分の心の中で壁にあたっているらしい隆之の何らかの突破口になればいいと思っ
たのだ。
(それが、こんな変なライバル関係を生んじゃったら勿体無いよ)
人をからかうことも、驚かせることも好きな裕人だが、こと音楽に対しては真摯だ。初音の存在で都筑が隆之に悪影響を及ぼ
さないかとそれだけを心配し始めてしまう。
エゴイスティックでもいい、裕人にとって今何より大切なのは【GAZEL】だった。
「まあ、出来れば事前連絡があったら良かったな」
「あ、すみません」
それとなく都筑に注意すると、素直に頭を下げて謝罪する。
隣の初音も、慌てたように頭を下げた。
「すみませんっ、仕事の話だってあるかもしれないのにっ」
アーティスト同士の、まだ世間に発表出来ない話を記者の自分が聞いてはならないと、初音は置いてあったカバンを取って立ち
上がった。
「あ、あの、これで失礼しますっ」
「初音っ?」
「初音君」
「・・・・・っ」
そのまま逃げるように個室を出ようとした初音だったが、
「あっ」
「お」
(やるじゃない)
自分の背後を通った初音の腕を、隆之がぱっと掴んで止めた。
「今帰ることは無い」
「え、あ、でも」
「そうだろ、ヒロ」
「まあねえ。追い出したようで後味は悪いかな」
「・・・・・」
「そういうことだ」
もう一度、キュッと初音の腕を力を込めて握った隆之は、次の瞬間にはそっと解放した。
腕が自由になった初音だが、そのまま帰ることは出来ないだろう。
「・・・・・」
その場にいる3人の顔を何度も順番に見つめた初音は、やがて先程まで座っていた場所に戻ると、ゆっくりと座ってもう一度頭を
下げた。
「・・・・・すみません、お邪魔します」
「いーえ」
(やれば出来るじゃない、タカ)
自分が想像しているよりも遥かに初音に対して感情が動いているらしい隆之にニッと笑い掛けると、裕人は仕切りなおしだとで
もいう様に新しい酒を頼んだ。
「まあ、これも縁かもね」
(すっごく縺れた糸みたいだけど)
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