Love Song





第 1 節  Lentissimo










 「ビックリしました、急に連絡があって」
 「お前、まだ携帯変えてないんだな。カメラがついていない機種なんて今時見ないぞ」
 「え〜、だって壊れてないのに買い換えるなんてなかなか出来なくて・・・・・」
 「まあ、初音らしいがな」
 目の前で笑う懐かしい顔に、初音も楽しそうに笑った。
都筑臣(つづき しん)・・・・・彼は初音の大学時代の3つ年上の先輩だった。
歳は離れているものの、同じゼミだということと、好きな音楽が似ていることもあり、初音はたちまち都筑に懐くようになった。
先に自分が就職したこの出版社に初音を紹介してくれたのも都筑だ。
何とか内定を取った初音が同じ職場で働けると喜んでいた時、都筑はいきなり会社を辞めてしまい、そのまま自分が学生時
代からやっているバンドに力を入れ始めた。
 恥ずかしいからとライブにも呼んでもらえないが、どうやらインディーズではかなり人気があるらしく、メジャーデビューも近いという
らしい。
その話も都筑から直接聞いたわけではなく、共通の知り合いが話してくれたのだ。
初音は寂しいとは思ったが、頑張っていることが分かって嬉しかった。

 「久し振りに会いたいんだけどさ、出れるか?」

久し振りの電話でそう言われて断わる理由もなく、初音は指定された少し高級な居酒屋に赴いた。
通された個室も特別な感じがして、初音は初め落ち着かなかったが、久し振りに会う都筑は外見に変化はあったものの優しい
眼差しは変わっておらず、初音の緊張も直ぐに溶けていった。



 「今度、メジャーデビュー出来る事になった」
 「えっ?」
 いきなりそう切り出された初音は一瞬絶句したものの、次の瞬間まるで自分の事のように嬉しくなって笑った。
 「凄い!凄いですよっ、都筑先輩!」
 「ありがと」
グラス片手に笑みを浮かべる都筑は、昔よりも更に洗練されてカッコよくなっていた。
少し長めの染めた髪も、耳に輝くピアスも、昔の彼の面影は十分にあるものの、やはり自分とは違う世界に行ってしまったよう
な気がした。
 「今度、取材させてくださいね」
 「何を聞かれるのか怖いな」
 「そんな変なことは聞きませんよ。でも、わざわざ教えてもらって・・・・・」
 「ああ、用はそれだけじゃないから」
 「え?」
 「メインは今から」
 そう言いながら、都筑はちらっと携帯を取り出した。
 「ああ、もうそろそろ来るな」
 「都筑先輩?」
何を言おうとしているのか分からない初音は首を傾げる。
そんな初音に都筑は更にグラスを傾けながら言った。
 「デビューシングル、驚く相手が作曲してくれてさ」
 「はあ」
 「お前がファンだって知ってたし、今日顔見せだからぜひ会わせてやろうと思ってな」
 「・・・・・」
(ま・・・・・さか・・・・・)
 初音が都筑に熱心に語っていた好きなアーティストは1組しかいない。
 「あ、あの、それ・・・・・」
 「ああ、来たみたいだな」
個室のドアがノックされ、反射的に初音は振り向く。
開いたドアの向こうには・・・・・。
 「!」
 「・・・・・あれ、意外な人と一緒だね」
そこには、少し目を見張った裕人と隆之の姿があった。



(どうして・・・・・彼が・・・・・)
 半ば強引に裕人に引っ張ってこられた隆之は、そこに初音がいることが不思議で仕方がなかった。

 「今度曲を作る相手と会うんだけどね、なかなか面白そうだからタカも会わないかと思って」

裕人が自分達以外にも曲を提供していることは知っていたが、隆之自身その相手に興味があるとはとても言えなかった。
裕人が作る曲の中で最高のものは自分が歌っているはずだし、それ以外の曲を誰が歌おうと基本的にはどうでもよかった。
だから、車の中で裕人にそう言われた時も、あまり気は進まなかったものの、1人で食事をするよりはましかと思ってついてきたの
だ。
まさか、そこに初音がいるとは・・・・・。
 「都筑君、彼・・・・・」
 「1人、連れを連れて行くって言いましたよね?この子は俺の大学時代の後輩なんですけど、昔から【GAZEL】の大ファンで、
ぜひ間中さんに会わせてやろうと思ったんですけど・・・・・広瀬さんも一緒だとは思いませんでした」
そう言う都筑に、さすがに予定外だったのか裕人も苦笑いを浮かべた。
 「僕も、初音君が一緒だとは思わなかったよ」
 「初音君・・・・・って、知り合い?」
 裕人ではなく初音を振り返って聞く都筑に、隆之は思わず眉を顰める。
 「は、はい」
 「・・・・・」
驚いたのは初音も一緒らしく、都筑の言葉にただ頷いているだけだった。