Love Song
第 1 節 Lentissimo
14
隆之が初音を連れて行ったのは、六本木の会員制の焼肉店だ。
男同士でイタリアンやフランス料理はおかしいかもしれないと思い、2人で中華料理はちょっと・・・・・これでも隆之は隆之なりに
考え、太一に聞いて(裕人に聞くと後々煩そうなので)芸能人も多く訪れるという焼肉店に来たのだ。
こういう場所ならば初音も身構えないだろうし、自分も緊張しないと・・・・・思う。
「何飲む?」
掘り炬燵式の席に案内されて腰を下ろした隆之が初音に聞いた。
よほど珍しいのか、きょろきょろと部屋の中を見ていた初音は、隆之に声を掛けられてハッと視線を向けてくる。
「え、えっと、ウーロン茶を」
「お酒じゃなくていい?」
「明日も仕事があるので」
「そっか」
(一応、会社員なんだっけ)
同じ業界で働いているので勘違いしがちだったが、初音はちゃんと朝出勤して夜帰宅するという生活をしているのだ。朝も昼も夜
も、あまり意味の無い自分とは違う。
(・・・・・あいつも、そんな生活をしてたんだよな)
頭の中に、ふと都筑の面影が浮かんだが、隆之は直ぐにそれを振り払うかのように軽く頭を振ると、ウーロン茶と幾つかのメニュー
を頼んだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
注文の品が来るまでしばらくの間がある。
裕人や太一ならば初音を退屈させない話が出来るのだろうが、どうも口が軽くない自分はこちらから話しかけることが出来ない。
どうしようかと、表面上のすました顔からは想像も出来ないほどに焦ってしまった時、まるで空気を変えるかのように初音の方から
言葉を切り出してくれた。
「今日はありがとうございます、あの、誘ってもらって」
どういう理由からかは分からないが・・・・・多分、時間が空いて、他の誰も暇が無かったのだろうと思うが、そんな中でも自分のこ
とを思い出してくれたことが嬉しかった。
「・・・・・迷惑じゃなかったら、いいけど」
「そんなこと無いです!すっごく嬉しいです!」
それは心からの叫びだった。
ずっと憧れていた人と仕事が出来て、名前を覚えてもらって、その上こんな風に2人きりで食事にもこれたのだ。嬉しくて嬉しくて顔
がにやけてしまいそうだが、そんなみっともない顔を隆之には見せられない。
意識して表情を固めているので返って変な顔になっているということが分からないまま、それでも初音は弾む言葉だけは抑えられ
ずに言った。
「ほ、本当は、顔を見るだけでも緊張するんですけど」
「・・・・・」
「でもっ、こんなに身近に顔を見れるなんて、昔じゃ考えられなかったことだしっ」
「・・・・・それって、ファン目線だよな」
「・・・・・え?」
それまで黙って、少し俯き加減で初音の話を聞いていてくれた隆之が、ゆっくりと顔を上げてそう言った。
大好きな顔がまっすぐに向けられて、初音は一瞬自分が何を言われたのか分からなかったくらいに緊張感が高まる。
「今の言葉。全部俺のファンだって前提の言葉ってこと」
「・・・・・はあ」
(何だろ・・・・・)
隆之の纏っている空気が少し冷たくなったのを肌で感じて、初音は強張った笑みが更に硬くなっていくのを感じた。
「少し、面白くない」
「あ、あの、すみません・・・・・」
(俺、調子に乗っちゃって・・・・・っ)
大好きな【GAZEL】の大好きな隆之と知り合って、自分では抑えていたつもりだがかなりずうずうしい態度を取っていたのかもしれ
ない。
慌てて座敷に正座をした初音は頭を下げようとした。
「それ」
しかし、その謝罪を隆之の声で止められる。
謝ることも出来ずに中途半端に背中を丸めてしまった初音からふっと視線を逸らした隆之は、苦々しい口調で呟いた。
「その、他人行儀が面白くない」
長い間自分達をずっと応援してくれていたという気持ちは素直に嬉しい。
隆之だって、多分憧れのアーティストに会えば舞い上がって、変な言動をしてしまうのではないかとも思う。
(でも、俺達何度目だ?)
2人きりというのは無いまでも、会うのはこれが初めてではないのだ。何度か食事を共にもしたし、少しだけだが音楽以外の話もし
た。
そろそろ少しは打ち解けてくれて、何時までもこんな・・・・・まるでテレビの中の虚像を見るような目で見ることが無くなってもいい頃
ではないかと思ってしまうのだ。
(・・・・・俺も、悪いのかもしれないけど・・・・・)
明らかに言葉数が少ない自分も誤解をさせているのかもしれないが、少なくとも隆之は態度で他の雑誌記者達と初音は違う
と示してきたつもりだった。取っ掛かりは確かにアーティストとファンという形だったことは認めるが、その気持ちを変えてくれなかったら
自分達の関係は少しも変わらない。
「あ・・・・・」
「え?」
「・・・・・」
(そうか・・・・・俺は、変えたいと思ってるんだ・・・・・)
妙に気になる存在の初音。自分のデビューした頃に支えてくれた手紙の主。
会えて嬉しいと思うと同時に、その関係をもう少し進めたい・・・・・何時までも隆之を憧れの対象として見ている初音の気持ちが
じれったくて、隆之は都筑にさえも面白くない感情を抱いてしまったのだ。
(あんなふうに・・・・・話したいと思っているんだよな、俺・・・・・)
「・・・・・っ」
(な、なんだろ・・・・・?)
怒っていたかと思えば、急に黙り込んでしまった隆之。
初音はどうしたらいいのかと膝の上で指を忙しく動かしていたが・・・・・。
「桜井」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、初音は慌てて返事を返した。
「なあ」
「は、はい」
「・・・・・初音って、呼んでもいいかな?」
「・・・・・え?」
「駄目?」
「だ、駄目じゃないです!嬉しいです!」
「そう。それなら、初音も、俺のこと隆之って呼んでくれ、いいよな?」
にっこり笑って言う隆之に思わず見惚れてしまった初音は、その瞬間出来ませんと言う事を忘れてしまった。
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