Love Song
第 1 節 Lentissimo
17
太一の言葉に、隆之は苦笑を零す。
(メンバーにまでそう思われるなんて、な)
「特に、ないよ」
「えっ?嘘!」
「ホント。ヒロも彼を気に入っているから、結構乗り気で承諾してくれた。まあ、ちゃんとした記事を書いてもらわないと、後が怖い
かもしれないけど」
「ヒロが、無条件でねえ」
隆之の言葉が信じることが出来ないのか、しきりに太一は信じられないという言葉を口にする。
そんな太一を見ていた隆之は、視線を初音へと移した。
「・・・・・」
初めて会うスタッフがほとんどの中、裕人はさりげなく初音を皆に紹介している。性格に多少問題はあるものの、彼が本当に頼
りになる男ということも、隆之も太一も、そして今まで一緒にやってきたスタッフも皆知っているのだ。
(後は・・・・・)
強引に初音をツアースタッフの中に入れたが、肝心の彼が自分に心を開いてくれないと関係は一歩も進まない。隆之は自分と
同じ様に初音も変わってもらいたいと思っていた。
『メールは受け取ったぞっ!お前は今【GAZEL】専属だから、こっちの事は気にせずに頑張れ!』
「は、はい」
『いい記事と写真、待ってるぞ!』
「わか・・・・・」
りましたと、最後まで言う前に電話は切れてしまった。
編集長のテンションの高さが今の機嫌を如実に表していて、初音は溜め息をつくしか出来ない。
(確かに、独占記事なんだけど・・・・・)
裕人の許可を得て、初音の担当する音楽雑誌にはツアー中の【GAZEL】の舞台裏やメンバーの裏話を載せることが出来るよ
うになっていて、それだけで発行部数を前月の1.5倍にすると編集長は張り切っていた。
もちろん、それだけ需要があるというのは初音にも分かっていたが、それと同じ・・・・・いや、それ以上にプレッシャーを感じていた。
まだ新人に毛が生えたくらいの編集者である初音にとって、本格的な密着取材が日本一有名なバンド【GAZEL】だというのは
あまりにも責任が重い。
(変な記事、絶対に書けないよ・・・・・)
音楽が好きで、それに携わる仕事がしたいとこの世界に入ってきたが、こんなことではいけないと思っているものの、自分にはまだ
彼らの担当は早いような気がしていた。
「あ、会社に連絡?」
「は、はい、定時連絡を」
「大変だねえ」
廊下ですれ違ってスタッフに愛想笑いのような笑みを向けた初音は、そのままの顔でスタジオに入った。
中では裕人がツアーで演奏する曲の最終的なアレンジをしているところだ。
「・・・・・」
(凄い、真剣な顔してる)
こうして仕事をしている姿を見ていると、普段の悪戯好きな姿など全く見ることは出来ない。
「ヒロ、そこはこっちのアレンジの方がいいんじゃないか?」
「音、もらえるっ?」
「すみませんっ、照明の件なんですけどっ」
【GAZEL】のプロデューサーでもある裕人には、ステージ作りのことから曲のアレンジ、そしてグッズのことまで、全ての案件が舞い込
んでくる。
自身はキーボードを叩きながら、その言葉に耳を傾け、的確な指示をしている裕人。スタッフもその言葉にすぐさま応えていって
いる。その姿を見ていると、初音は自分だけが場違いのような気がして居たたまれなかった。
もちろん、皆が初音を邪険にしているわけではなく、むしろこまめに声を掛けて気遣ってくれるが、既に出来上がっている輪の中
に入っていくのは思った以上に難しい。
(う・・・・・どうしよう・・・・・)
初音はペンを握り締めたまま暫くその場に立っていたが、やがてこっそりとスタジオから外に出て行った。
「ん〜!!」
広いとはいえ、スタジオという空間の中にずっといるのは息苦しく、初音は屋上で思い切り背伸びをした。
ツアーの初日はもう目前で、メンバーも含めてスタッフは忙しそうに動いているものの、自分は・・・・・その様子を文にまとめ、写真
を撮るだけなので疲れるというほどのものでもなく・・・・・。
「あ〜!会社に行こうかなあ〜」
まだ都内にいるので、今から会社に行くことは苦ではないし、先輩達にもっとアドバイスもしてもらいたい。休憩用らしいベンチに
座った初音は、そのまま空を見上げながら呟いた。
「・・・・・そうしよっかな」
「どうするんだ?」
「!」
甘い甘い、声。
大好きなその響きを背中に聞き、初音はビクッと視線を向ける。
「広瀬さんっ?」
「隆之」
笑いながら言い直しを促されると、初音はハッと約束を思い出す。それでも、慌てて周りを見て、この場に自分達以外いないこ
とを確認してから、恐る恐る隆之が望む呼び方を口にした。
「た、隆之さん」
「・・・・・まあ、仕方ないか」
隆之はゆっくりと近付いてくる。その服は何時ものラフなものと違う、全身黒で統一された革のもので・・・・・。
「それ、衣装ですか?」
「最終の衣装チェック。どう?」
「ど、どうって、カッコいいです」
「本当?」
少し首を傾げて言う隆之は、目の前にいるのにまるで雑誌から抜け出してきたようにカッコいい。この衣装も、照明があたることを
計算されて作られているので、陽の下で見るとまた印象が違うのだが・・・・・。
(結局、どんな姿を見てもカッコよく見えちゃうんだもん)
自分の衣装合わせが終わり、次は裕人を呼ぶことになってスタジオに向かっていた隆之は、ちょうどエレベーターに乗る初音の後
ろ姿を見つけた。
どこに行くのだろうと無意識にエレベーターの表示を見ると、どうやら屋上に行ったようだ。
(帰るんじゃないのか)
既に取材を開始している初音が、その途中で仕事を放り出して帰るということは考えられないのだが、どうしても悪いことの方を
先に考えてしまう。
それをはっきりと初音の口で否定してもらってホッとした隆之は、そのまま初音の隣に腰を下ろした。
「あ、あの」
「ん?」
「・・・・・こ、ここにいて、怒られませんか?」
「怒るとしたら、ヒロだけかな」
しかし、何時もツアー前はかなりナーバスになる隆之が、これほどリラックスしているのが何が原因かをよく知っているはずの裕人な
らば、本気で怒るということはないように思える。
(初音のことを気遣うのに意識が行って、ちょうどよく緊張感が緩んでいるのかもしれない)
「初音は?何してたんだ?」
「お、俺は、その・・・・・」
「サボリ?」
「サボ・・・・・まあ、近いかも」
初音は少し笑った。
「皆さん、凄く一生懸命で、忙しくて・・・・・でも、俺は手伝うことが出来なくって」
「手伝うなんて考えなくていいんじゃないか?初音がすることは、俺達のことを書くことだろう?」
(伝えるっていう重要な仕事をしてくれているのに・・・・・何をそんなに卑屈になることがあるんだ?)
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