Love Song
第 1 節 Lentissimo
19
《【GAZEL】のボーカリスト、広瀬隆之の魅力はその声である。
もちろん真中裕人の詞も曲も素晴らしい。
山崎太一のギターの、優しさと激しさのギャップも楽しい。
だが、隆之の声があってこそ、その歌には生き生きとした生命が宿るのだと思っている。
それが、悲しい恋の歌でも。
甘い恋人同士の歌でも。
仲間に問い掛ける人生の歌でも。
隆之の声によって、受け取る人々の取り方は変化し、自分の身近な経験に重ねるものの、それはけしてマイナスにはならず、
前を向いて歩いていこう・・・・・そんな気分にさせてくれる。
それ程に、隆之の声には不思議な魔力があるのだ。
ぜひ、この生の彼の声を皆さんにも聞いてもらいたい。自分の心に響く歌声を、その場で見つけて欲しいと切に願う》
「な〜んか、贔屓だよねえ」
口ではそう言いながら、博人の口元にはニヤニヤした笑みが浮かんでいた。
ツアーの最初の横浜アリーナの3夜連続公演が終わって、一先ず落ち着いたのかもしれないが、次の公演先である名古屋のホ
テルで二日目の公演が終わった後、初音が差し出した雑誌を手に取り、裕人はだってねと先を続けた。
「ライブの内容のことはもちろんシークレットだから書けないのは分かるけど、半分以上がタカのことじゃない?僕達のこと、あんま
り記事に出来なかった?」
「そ、そんなことないですっ」
初音は慌てて首を横に振る。
発売日が初日後間もなくということなので、記事の校正は直接初音が裕人に見せに行って、その場でOKの返事を貰ったのだ。
それが、今更駄目だと言われてしまったら・・・・・既に発売されている雑誌を回収ということになってしまうのだろうか?
(そんなことになっちゃったら・・・・・っ)
「ヒロ」
その時、青褪めてしまった初音の肩をポンと叩いたのは隆之だった。
「性質の悪いからかいは止めたらどうだ」
「え?」
「ちょっと〜、もう少し遊んだっていいじゃない」
「これは初音の仕事に関係するものだぞ」
「・・・・・全く、真面目なんだからな」
そう言い返す裕人を見る隆之の目には、まだ笑いが戻っていない。仕方ないなと肩をすくめ、裕人はごめんねと初音に謝ってき
た。
もちろん、裕人は初音の記事に文句をつけるつもりは無かった。
隆之のことを褒めているとはいっても、それには裕人の書いた曲のことや、太一のパフォーマンスのことも書かれていて、全体的にこ
ちらが苦笑してしまいそうなほどの愛情を感じる。
少しだけ意地悪な言い方になってしまったのには、自分の照れもあった。
「さっきのは嘘」
「真中さん・・・・・」
「凄く好きって気持ちが伝わってきて、変に飾っている言葉よりもとっても良かった」
本当は初めからこう言えばいいのだろうが、どうしても素直になれないのだ。
「あ、あの、本当に?」
「うん」
「・・・・・そうですか」
ようやくホッとしたように頬を綻ばせた初音は、裕人がテーブルの上に置いた雑誌を見つめながら呟いた。
「本当は・・・・・まだ全然、皆さんの魅力を伝えきれないんですけど・・・・・」
「え?」
「もっと、自分の心をきちんと文字に出来たらいいのに・・・・・」
「・・・・・」
それは、初音の心からの言葉だろうが、裕人はそこに自分と共通するものを感じた。裕人自身、自分の中に渦巻く様々な言葉
を音楽に変えていきたいのだが、トップと言われる今の地位にたっても、まだまだそれは叶っていないと思っている。
今まで出してきた曲はもちろん全て可愛いし、気に入っているが、魂の叫びというのには今一歩まだ足りないような気がしている
のだ。
「初音ちゃん」
「あ、はい」
「・・・・・君が来てくれて良かった」
「え?」
自分達の不完全さを埋めてくれるのが、もしかしたら不完全な初音の文字という手段なのかもしれない。
隆之の為、そして自分の退屈凌ぎのために初音をこのツアーに同行させようと思った裕人だが、思い掛けなくこの自分の行動が
後々素晴らしい形に変化するのではないかと思えてきた。
上機嫌になった裕人は、今から飲みに行くと部屋を出て行った。
今日から三日間は移動日なので、多少の羽目を外すにもいいかもしれないが、声が命の隆之は今から(午後八時)外へとくり
出す気は無かった。
それに・・・・・。
「・・・・・」
裕人に無理矢理引っ張られていった太一とは違い、初音はそのまま自分と共に部屋に残されている。
「・・・・・」
「・・・・・」
隆之が初音を見ていると、ちらっと視線を向けてきた初音と目が合って・・・・・初音は途端に顔を真っ赤にして目を逸らしてしまっ
た。
「初音」
少しだけ、自分の声が笑っている。
いや、隆之自身の気持ちも十分高揚していた。
「は、はいっ」
「夕飯は?」
「ま、まだです」
「じゃ、付き合って」
そう言うなり、隆之は立ち上がる。
「え、えっと・・・・・」
「ホテルの中で食べるから。1人じゃつまらないし」
せっかく初音と2人きりなのだ。この機会は逃すつもりは無かった。
裕人に腕を引っ張られ、ホテルの前に止まっていたタクシーに押し込まれた太一は、心配になって後ろを振り向いた。
(やっぱり、来ない・・・・・)
思った通り、隆之と初音は後を付いてこない。
「ねえ、ヒロ」
裕人が運転手と話し終えた後、どうしても我慢出来ずに太一は言った。
「どうするつもり?」
「ん?」
「タカと初音ちゃん。ヒロ、初音ちゃんが男だってこと、忘れてないよね?」
「当たり前。あれで女の子と間違えていたら、僕、コンタクト変えなくちゃならないよ」
自分の答えに自分で笑う裕人は、全く深く考えているようには見えない。見えないが・・・・・長い付き合いだからこそ太一は分かっ
ているのだ、自分なんかよりも、裕人は深く深く、何かを考えている。
(その多くが、悪戯絡みという所が気になるけど)
「太一は気にし過ぎ」
「だってさ〜」
「まあ、黙って見ていればいいよ」
「・・・・・」
(何を見てろって?)
きっと、裕人は何かを考えて初音を迎え入れたのだろうし、隆之と近付く事も全く止めないのだろうが・・・・・。
(初音ちゃんが女の子だったらなあ)
女であれば、仮に隆之とくっ付き、その後に結婚というものがあっても祝福が出来るが、男だったら・・・・・それも望めない。
初音が素直でいい子だと分かるからこそ、太一も邪魔は出来なくて、でも・・・・・本当に、もしもこのまま2人がくっ付いたとしても
裕人は何も言わないのだろうか。
ただ気に入った、気に入らないの問題以上、そこに恋愛が絡んできたら、話は全然違う方向に向いてしまいそうだ。
(あ〜っ、俺の頭の中の方がグチャグチャになりそうだよ〜)
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