Love Song





第 1 節  Lentissimo



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 ライブの合間、初音は気になっていたことを3人それぞれに聞いてみた。
 「一番好きな曲?」
 「はい。ライブで何時も演奏する定番の盛り上がる曲とか、それともバラードとか。皆さんそれぞれ好みが違うんじゃないかなって
思って・・・・・駄目ですか?」
 「駄目じゃないけど、その質問って今までも何度もされてるよ?」
裕人の言葉に初音は頷いた。その通り、今まで幾つもの記事で同じ様な質問を見てきたが、まだこの業界に入っていなかった時
から初音は何か違うと感じていた。
 彼らの答えは世間の彼らの評価そのもののようで、穏やかな太一はバラード系、作詞作曲も一手に引き受けている裕人は一
番最初に作った曲、隆之はダンスナンバーを答えていた。
 もちろん、それぞれを当人達が気に入っているというのは確かだろうが、何だかその決まってしまった枠以上のものがあるのではな
いか・・・・・そう思ってしまうのだ。
 「山崎さんは、何時も2枚目のアルバムのバラード、『眠る人』って答えていますよね?」
 「うん、本当にその曲は好きなんだよ。ただ・・・・・」
 「ただ?」
 「意外にレゲエっぽい曲も好きなんだ。だから」
 「あ、3枚目の【BAISER〜接吻〜】?」
 「当たり」
 少し照れたように笑う太一。確かに見た目とは少しイメージが違うものの、彼が対談で、よくレゲエの話をしていたことを思い出し
て、初音は意外にすんなりと受け入れることが出来た。
 「あの・・・・・」
 「僕はね、本当に作った曲はどれも好きなんだよ。一番初めに作った曲は、それなりに思い入れがあるしね。でも、初音ちゃんの
聞きたいのは、そんな形通りのものじゃないんでしょ?」
 「は、はい」
初音が頷くと、裕人はじゃあねと秘密を話すかのように小声になる。
 「僕の一番嫌いな曲を教えてあげる」
 「え?そ、そんなのあるんですか?今、どれも好きだって・・・・・」
 「うん。どれも好きだけど、その中でも嫌いなのがあるんだ。2枚目の【White or Black】」
 「えぇっ?ライブで一番盛り上がるのにっ?」
 「2枚目に作ったのに、やるたびに形が変わるんだよね。僕はこれでもA型だから、計算通りにならないのはちょっとやりにくい」
 嘘でしょうと言いそうになるのを、初音は一生懸命我慢した。
自分が違った見方をしてくれと頼み、それにきちんと答えてくれているのだ。それを嘘だと即座に否定してはいけないと思った。
ただ、それでも裕人の答えは意外だ。ライブでも一番盛り上がるダンスナンバーで、やるたびにアレンジを変えている曲。それは、そ
れだけ裕人が気に入っていて手を加えているのだと思っていたが、それが試行錯誤の結果だとは思わなかった。
(聞かないと分からないことってあるんだな)
 「次は、俺か」
 「あ、はい」
初音が振り向く前に、隆之がそう言う。初音が頷くと、彼はオレンジジュースを一口飲み、端的にその曲名を口にした。
 「『恋が降る日』」



 自分が曲名を言った途端、初音の大きな目がさらに大きくなるのが分かった。
 「へえ、タカはあれが一番好きなんだ?」
太一は素直に驚いたように聞いてきたが、裕人は意味深に笑うだけだ。
 「うん」
 「・・・・・あれ?それって、確か初音ちゃんも・・・・・」
 「・・・・・俺も、大好きです、その曲」
 初音はごまかすことも無く頷く。
少し前ならば、もしかしたら『曲が好き』という言葉さえ出なかったかもしれないが、何度も取材をして、こうしてツアーにも同行す
るようになって、自分の心境がかなり変わったように、初音の心境も確かに変わってきているように感じた。
 「前にも言ったかも知れませんけど、偶然買ったその曲が凄く綺麗て・・・・・。他の曲も、もちろんいいとは思ったんですけど、俺
にとっては・・・・・」
 「タカ作詞のその曲がいいんだね」
 「・・・・・やっぱり、一番最初に耳に止まった曲だから。すっごく綺麗な歌で、曲も歌詞も素敵で、でも両方が合わさったらもっと
綺麗になって・・・・・それで、アルバムを買ったんです」
 それはもう、ファンになった切っ掛けの曲で、その時は誰が作ったかなんて全く気にしていなかったが、結局は大好きな隆之が詞
を書いたということを後で知ると、これは運命だったのではないかとさえ思った。
(・・・・・まさか、俺が好きだって言ったからじゃ・・・・・ないよな)
 以前、食事をしている時に話したことを覚えていて、リップサービスで言ってくれたのではないかと一瞬思ったが、あの時の光景を
思い出して違うかと思う。

 「僕達にとっても思い入れのある歌だし、一番いい状態でやりたい曲でもあるしね」

 確か、裕人はそう言っていたはずだ。そうだとすれば、あの曲は隆之だけではなく、裕人や太一にとっても思い入れのある曲だと
いうことになる。
(何だか・・・・・嬉しいな)
自分の思いが3人に伝わっているような気がして、初音は何だか頬に浮かぶ笑みを隠すことが出来なかった。





 「試練って、あるんだねえ」
 「え?」

 ツアーは順調に進んでいた・・・・・はずだった。
しかし、アクシデントというものは突然にやってくるようで・・・・・。
 「盲腸?」
 「そう」
 たいがいのことでは動じない裕人も、さすがに苦笑しながら頷いた。
明日のリハーサルが始まる前、初音は裕人に楽屋に呼ばれた。様々な場所を自由に取材してもいいと言われているが、こうして
現場で呼び出されるのは珍しい。
 「これがレコーディング中だったら、下の毛を切るのかどうかなんて楽しく話せるんだけど」
 「そ、それは、不謹慎ですよっ」
 「・・・・・だよねえ」
 「・・・・・」
そもそも、【GAZEL】は3人組のバンドで、他はバックバンドのメンバーが同じく3人同行しているのだが、その中のギターのスタジ
オミュージシャンが昨夜ホテルで苦痛のあまり倒れたらしい。
 腹の痛みは以前からあったようだが、それでも始まってしまったツアーのために無理をしていたようで、結局それが祟ってしまい、
薬で散らすのではなく手術をしなければならなくなったらしい。
 「じゃあ、ギタリストは?」
 「モンちゃんが戻ってくるまで待ってあげたいんだけど、その間にも5本ライブがあるからね。急遽助っ人を頼むことになったよ」
 「・・・・・」
 既に出来上がっているチームの中に新しく入る・・・・・それも、数回の助っ人というのはいったい誰なのだろうか?技術面に煩そ
うな裕人のお眼鏡に適ったのは誰なんだろう・・・・・そんな表情で次の言葉を待っていると、裕人はなぜか意味深な笑みを頬に
浮かべた。
 「【ZERO】の都筑臣」
 思い掛けない名前に、初音は思わず聞き返してしまった。
 「え・・・・・先輩?」
 「彼はギターもベースも出来るし、勘もいいしね」
 「先輩が・・・・・」
 「短期間だからこそ、本当に頼りになる相手に手伝ってもらいたいんだ。で、今僕が知っている中で一番信頼出来る腕を持って
いるのが彼ってこと」
 「・・・・・」
(先輩が、【GAZEL】の音を・・・・・)
 駄目だろうとは思わなかった。音楽家のように耳がいいとは言い切れないものの、初音は都筑の音をいいなと思っていた。
ただ・・・・・。
 「あ、あの、広瀬さんは何て?」
 一度一緒に飲みにいったが、どうも相性がいいとは思えなかった2人だ。ボーカリストである隆之の感情を考えたら、この人選は
正しいと言えるのだろうか。
しかし・・・・・。
 「タカのOKは貰った」
 「OK、出したんですか?」
 「ふふ、たとえ腹の中でどう思っていても、音楽家は相手の実力はちゃんと目に見えるんだよ。嫌いな相手なら尚更、かな」
 「・・・・・」
 どうやら、裕人も隆之と都筑の相性に気付いているようだ。
本当に大丈夫なのかと不安に思うものの、心の中のどこかで、都筑が、【GAZEL】の曲をどう表現するのか、早く聴いてみたい
気もする。
初音も、もうただのファンという立場だけではなく、音楽を字で表現する立場の人間になっているのだ。





                                                                  第1節 完