Love Song





第 2 節  Modulation










 音合わせは早い方がいいだろうと思ったのか、裕人は初音に言う前に既に連絡をしていたらしく、都筑は昼過ぎにはライブ会場
に姿を現した。
 「都筑先輩っ」
 「初音?」
 初音が今回のツアーに同行しているということを知らなかったらしい都筑は、その姿を見て一瞬驚いたように目を見張ったが、直
ぐに笑みを浮かべると良かったなと言った。
 「大好きな【GAZEL】のツアースタッフになって」
 「ツ、ツアースタッフっていうか・・・・・」
 「同行取材してるんだろう?規制の厳しい【GAZEL】に同行出来るんだったら、スタッフも同然だって」
クシャッと髪を撫でながらそう言ってくれる都筑に、初音は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
確かに、こうしてツアーに同行出来ているのは大きな幸運だとは思うものの、自分がスタッフと呼ばれるほどに役に立っているとは思
えない。
(邪魔してなかったらいいと思うくらいだもんな)
 「先輩も凄いですよっ、【GAZEL】のサポートメンバーに呼ばれるなんてっ!」
 「正式にっていうのは、多分今日の出来次第だろうけどな」
 「え?」
 「あ」
 笑っていた都筑の眼差しが、ふと自分の後ろに向けられる。それにつられるように振り向いた初音は、自分達の方へと歩み寄っ
てくる裕人の姿を見つけた。



 都筑の到着をスタッフから聞かされた裕人が入口まで降りてくると、ちょうど初音と向かい合っている都筑の姿を見付けた。
(タカがいなくて良かった・・・・・)
さすがの裕人もライブの成功か否かが掛かっている時に、一番要のボーカリストの神経を逆撫でする事態は避けたかった。
 「あ、真中さん」
 「ごめんね、都筑君」
 直ぐに裕人の姿に気付いた都筑が、きちんとこちらに視線を向けて頭を下げてきた。
礼儀も知っているし、腕もあるし、音楽的センスもある。本来ならば願ってもないピンチヒッターなのだが・・・・・そこまで考えた裕人
は、多少の問題は仕方ないかと思った。
 「悪かったね、急に」
 「いえ、呼んでいただいて光栄です」
 「自分達のデビューの準備でも忙しいだろ?」
 「まあ・・・・・でも、【GAZEL】のツアーに参加出来る機会なんて今後は無いかもしれませんし、これからの自分達にとってもいい
勉強になると思いますから」
 「そう言ってくれたら助かるよ」
 多分に優等生的な意見だが、全く嘘でもないだろう。
 「じゃあ、早速今から音合わせ、いい?」
 「はい」
 「ん。初音ちゃん、後でね」
 「は、はいっ」
遠慮深い初音は、直ぐには現場にはやってこないだろう。その間に隆之と都筑のコミュニケーションを取っておこうと思う。
(全く、頭が痛いよ)
こんなことで神経を使いたくないなと思いながら、結局は全てに自ら係わってしまうんだろうなと・・・・・裕人は思わず溜め息をつい
てしまった。



 都筑を連れてリハーサルが行われているステージ上に行った裕人は、まだ私服姿で音合わせをしている全てのメンバー、スタッフ
を呼んだ。
 「お待ちかねの助っ人登場」
 「よろしくお願いします」
一同を前に頭を下げた都筑に、スタッフから声が掛かった。
 「来てくれて良かったよ、よろしくな」
 「お願いします」
 「早速チューナー合わせるか?」
 「一応、車の中でやったんですけど」
 「衣装だけど、モンちゃんとじゃちょっと体型違うよねえ」
 「俺は音を提供に来たんで、ステージに出ておかしくない衣装なら何でもいいですよ」
 短期間ながらサラリーマンも経験している都筑は如才なく答えを返している。
得な性格だなと裕人は思う。これが隆之だったら・・・・・きっとなかなか打ち解けることが出来ないだろう。期間限定のサポートメン
バーだからこそ、早く打ち解けなければ音が合わないままに時間は過ぎてしまうのだ。
 「都筑君」
 裕人が名前を呼ぶと、ちょうど衣装の話をしていた都筑が、何事かを言ってこちらに向かってきた。
 「タカとの絡みも多いんだ。立ち位置の確認はしっかりと頼むね」
 「はい」
頷いた都筑は、隆之に眼差しを向けた。
 「よろしくお願いします、広瀬さん」



 目の前に立ち、自分に片手を差し伸ばしている都筑の頬には笑みが浮かんでいる。
別に馬鹿にされているとは思わないものの、普段聞き慣れない姓で名前を呼ばれるとなんだか居心地が悪く、隆之は軽く髪をか
き上げて、握手をしながら、それ、と言った。
 「タカでいいから」
 「いいんですか?」
 「みんなそう呼んでる」
 「・・・・・じゃあ、遠慮なく」
 もしかしたら、自分がこう言うのを分かった上で、最初にあんな風に苗字で呼んだのだろうか?
(・・・・・まさかな)
そこまで考えるほど、今の都筑に余裕があるとは思えない。【GAZEL】のステージは、それ程簡単にこなせるものではなく、都筑は
きっとプレッシャーに押しつぶされそうになっているはずだ。
それが証拠に、ギターケースを持っている手は白くなるほどに力が込められていて、浮かべているはずの笑みもぎこちない。
 「こっち」
 「はい」
 言葉短く、隆之は都筑を呼んだ。
初音のことに関しては、少し思うところはあるものの、それとステージを一緒くたに考えることはない。いいステージをする為に、今、
都筑の力が必要だというのならば、隆之は躊躇い無く頭を下げることが出来た。
(今は、今日のステージしか考えない)



 会場の中をスタッフが慌しく駆け回っている。
 『じゃあ、都筑が今日からのステージに入るんだなっ?』
 「そうですっ。リハは、気が散るからと許可をもらえませんでしたが、今夜のステージ分は後でメールに添付しますっ。明日の締め
切りに間に合いますかっ?」
 『お前の写真が良けりゃな!記事もしっかり頼むぞ!』
 「はいっ」
 編集長に、今回のサポートメンバーの交代劇を連絡すると、滅多にないことだと驚いていた。おまけに、その交代するメンバーが
自分達のよく知っている都筑だとすれば、力も入るというものだ。
 「・・・・・」
 携帯を切った初音は、ほっと息をついた。
(編集長、凄く驚いてたな)
裕人に呼ばれるということは、その者の音楽的センスを認めたことも同じ・・・・・それくらい、今の音楽界での【GAZEL】の位置は
高く、その総合プロデューサーである裕人の動向には皆の視線がいく。
(でも、それじゃあ、もしも失敗なんかしたら・・・・・)
 裕人でも、何かを間違えるということはあるはずだ。
 「・・・・・そういう時、どうするんだろう・・・・・」
 「初音ちゃん!」
そこまで考えた初音は、名前を呼ばれてパッと顔を上げた。
 「最終リハ終わったから、写真いいそうだよっ」
 「あ、はいっ、ありがとうございます!」
 初音は腕時計を見る。時刻は午後4時を過ぎた頃だ。
(もう直ぐお客さんを入れる時間だ)
よくも悪くも、裕人が呼んだ都筑の実力が分かる時だ。いまだきちんと彼の演奏を聴いたことのない初音は、期待と不安で自分
の胸がドキドキと高鳴ってきた。