Love Song
第 2 節 Modulation
2
「あ・・・・・」
ステージの上に、【GAZEL】の3人とサポートメンバーの全員が立っている。
それぞれが自分の立ち位置に楽器を持って立っているが、私服だというのに既に雰囲気が出来ていて、初音は一瞬圧倒される
ように後ずさってしまった。
「あ、初音ちゃん」
初音が入ってきたことに目敏く気付いた裕人が、ごめんねと先に言ってくる。
「5分だけね」
「は、はい」
直ぐにライブが始まるという時に、写真撮影が許されただけでもありがたい。自分が特別扱いされていると感じるのは、ここにはオ
フィシャルの写真を撮るカメラマンと自分の他に、取材の人間がいないからだ。
(でも、かえって緊張する・・・・・)
特別な時間をきちんと切り取ることが出来るのか心配でたまらないが、出来る限りのことはしなければと、初音はファインダーを
覗いた。
「じゃあ、続き」
レンズの向こうでは、裕人の合図で再び音合わせが始まる。
(先輩・・・・・凄い)
臆することなく、それでも【GAZEL】の3人の存在感を邪魔しないように動く都筑は、初音の目から見れば完璧なサポートだと思
えた。
多分、今日のステージは成功するだろうし、都筑は合格点をもらえるだろうことは容易に想像が出来、初音は夢中でシャッターを
押し続けた。
音合わせが終わり、一通りの動きの確認も出来た隆之は、マイクの前から離れて都筑を振り返った。
「・・・・・」
都筑はもう一度弦の張りを確認するように二、三度かき鳴らしていたが、ふと顔を上げて偶然隆之と目が合った。
「・・・・・やり難くなかったですか?」
「・・・・・いや」
「良かった」
答えた言葉は嘘ではなかった。都筑はどちらかといえば・・・・・いや、かなりやり易い人間だ。テクニックがあるのはもちろんだが、
勘がいい。
この音が欲しいと思えば直ぐに出てくるし、立ち位置も邪魔にならないように、かといって、影になってしまわないように動いている。
元々都筑が持っていたものか、それとも今回のデビューに合わせて考えたものかは分からないが、どちらにせよ伸びるなと思える才
能だった。
「・・・・・頼むな」
「ええ」
都筑のしっかりとした返事を聞き、隆之は裕人に視線を向ける。
「ヒロ」
「ん?」
「じゃあ、後で」
「うん」
ライブが始まる間際まで、隆之は通常1人控室で静かに過ごす。そこにはメンバーといえどもほとんど近付かないのが決まりのよう
になっているので、裕人は軽く返事をして手を振ってくれた。
サポートメンバーといえど、【GAZEL】クラスになれば個々にファンが付いている。
急病で交代するということはロビー数箇所に告知をされ、会場の中に入ってきたファンは固まって噂話をしていた。
「モンちゃん、大丈夫かな」
「病気じゃ仕方ないけどさ、タカとの絡み、楽しみにしてたのに〜」
そう言う者がいると思えば、
「【ZERO】の都筑臣だって、知ってる?」
「あ、私、この間雑誌で見たよ、今度メジャーデビューするって」
「え〜、そんな新人が出て大丈夫かな」
「でも、ヒロがOK出したんなら大丈夫なんじゃない?」
「ヒロは、使えない奴持ってこないかあ」
「それよりも早くパンフ買いに行こうよっ、売り切れになっちゃうかもっ」
そう言いながらグッズ売り場へと走っていく者達がいる。
「・・・・・」
(ファンの子達って・・・・・シビアだよなあ)
初音は今聞いた言葉を考えながら、ごった返す人波を見ていた。
リハーサルが終わり、会場が受け入れを始めると、初音はほとんど毎回ファンの声を直接聞くために、グッズ売り場や会場を回る
ことが多かった。
もちろん、関係者だと思われてはいけないので、カメラは持たず、自分も観客のような顔をして回っているのだが、聞こえてくる声
は時として業界の人間よりも詳しく、鋭い意見も多くて、初音にとっても勉強になることが多かった。
特に今日は、サポートメンバーの交代ということで話題も多い。
ほとんどは都筑の名前も、所属バンドの名前も知らない者が多かったが、中にはチェックしている者もいて、詳しく話す様子を聞
けば、知り合いとしては何だか嬉しかった。
後30分もしないで、都筑はサポートとはいえ、何万人という観客の前の立つ。
自分のバンドのメジャーデビューよりも一足先に無数の観客の目と眩いスポットライトを浴びる立場になる彼の感想は、後でじっく
り聞こうと思った。
トントン
ドアがノックされて、
「タカさん、時間です」
気遣うようなスタッフの声に、じっと椅子に座って目を閉じていた隆之は立ち上がった。
「・・・・・」
衣装を着替え、ヘアメイクを整えてもらってから30分近く、こうして控室で1人、じっと目を閉じていたが、何時の間にか時間は
経っているらしい。
自分が特にナイーブな性格だとは思わないが、こうして排他的な行動を取ってしまうところも、他人は好意的に見てくれるようだ。
「あ」
ステージの袖に行けば、既にメンバーが揃っている。その中で都筑と目が合って、隆之は改めてよろしくと声を掛けた。
「サポートメンバーだと思わなくていいから」
「え?」
さすがに少し緊張した様子だった都筑は、隆之の言葉に思わずというように聞き返してくる。
「同じステージに立っている時は、みんな【GAZEL】のメンバーだ」
「・・・・・分かりました」
けして気休めではなく本気でそう思っていた隆之は、他のメンバーにも声を掛けながら、まだ幕が下りているステージ上へとスタン
バイに向かった。
何時もはアリーナ席の一番後ろでステージを見ている初音だったが、今回だけは少し無理を言って関係者席の端に席を作って
もらった。
(先輩・・・・・大丈夫かな)
仮にもプロになろうという相手にする心配ではないかもしれないが、それでもこんな大舞台に立つのは初めてだろう都筑のことが
心配で仕方が無かった。
「あ」
その時、会場の中に流れていた音楽が止まった。
いっせいに照明が落ち、ファンのざわめきや歓声がさらに大きくなっていく。いよいよ始まるのだと思った瞬間に、幕に何人かの影が
映った。
既に何回かライブを見ている者達がいるようで、今から何が起こるのか分かっているらしく、悲鳴のような歓声が沸く。
「・・・・・」
その中で、楽器を持っている影が動き、それと同時にギターの音が鳴り響いて、バッと幕が下りた。
きゃあああ!!!
歓声の大きさに思わず耳に手をやった初音だが、その目はステージから離れない。
光を背負った隆之が中央に立ち、何時もの掛け声を掛けて観客を煽ると、直ぐに一曲目のダンスビートの曲が始まった。ライブ
用にアレンジされた曲はギターの遊びが多いが、都筑は太一と絡んで全開にテクニックを披露していく。
「ねえっ、あのギターの人っ、凄いじゃん!」
「うん!カッコいい!」
直ぐ後ろの少女達の声に、初音はまるで自分が褒められたかのような誇らしい気持ちになってしまった。
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