Love Song
第 2 節 Modulation
12
小動物のように慌てる初音の様子を見ているのは面白かった。
あの日、隆之が自分達の間に何があったのか話すわけがないのに、それを皆に話されないかビクビクしているのは、まるで初音の
方がスキャンダルを恐れる芸能人のようだ。
もちろん、隆之も自らスキャンダルを作るつもりは無い。アイドルではないとは思うが、実際に自分達が若い層に人気があるのは
自覚していたし、自身に噂が立つとどんな困った事態になるかも分かっている。
ただ、相手は初音だ。男が男友達の家に泊まったからといって、そこから怪しい関係を疑う者などそういるはずが無い。
(そう・・・・・友達なら、な)
初音の寝顔は子供のようで、何時も緊張している普段の態度とはまるで違って安心したように自分に抱きついて眠っていた。
シングルのベッドに大の大人が2人で眠るのは少々窮屈だったが、隆之もツアー中の張り詰めた神経から解放されて良く眠った
と思う。
初音より早めに起きて、彼が目覚めるのを待つ間も楽しかった。
酔っていた夕べのことをどれだけ覚えているか、その反応を早く見たくて、つい柔らかそうな頬を指で突いてしまう。
「ん・・・・・」
むずがるように唸って、体勢を変えて、また隆之が頬を突いて。
何度か同じことを繰り返していると、ようやく初音も目覚めたらしい。
「え・・・・・タ、タカ?」
「おはよう、眠れた?」
「・・・・・ええぇぇぇーっ?」
(あの瞬間、目が零れるかと思った)
そうでなくても大きな目があの時はさらに大きく見開かれて自分を見た。
そんなに信じたくない現実なのかと少し寂しく思ってしまったが、それでもその日一番最初に初音を見ることが出来たのが何だか
嬉しかった。
そんな浮かれた気持ちのまま、またツアーが再開したのだが。
「・・・・・」
「・・・・・・」
初音は裕人の目を盗み、唇に人差し指を当てている。
(秘密、か)
それは楽しい提案だとは思うものの、初音自身が周りに徹底出来るかは少々不安だった。
何とか送った合図は隆之に伝わったらしい。
(よ、良かった)
友人と(そういうのもおこがましいが)食事をし、その上で酔い潰れてどちらかの家に泊まってしまうのはそんなに不思議なことでは
無いと思うが、その相手が【GAZEL】のボーカルだということこそが大きな問題なのだ。
「・・・・・はぁ」
(今度から気をつけないと)
自分のような一般人とは違い、芸能人である隆之の立場はきちんと考えなければならない。もしも、次に食事をすることがあっ
たとしても、絶対に自分自身が酔い潰れてしまわないようにと、初音は強く心に誓った。
太一が来たことで、打ち合わせが始まった。
まだツアーは四分の一ほどの消化だ。
「じゃあ、アイデア出して」
「?」
邪魔にならないように部屋の片隅に椅子を置いて座り、話し合いの様子をカメラで写していた初音は、唐突に切り出した裕人
の言葉に首を傾げた。
その様子に気付いた太一が、笑いながら説明してくれる。
「俺達がツアーの前後で構成を変えてるの、初音ちゃんも知ってるよね」
「は、はい」
それは、何度もライブに足を運んだ初音はもちろん知っていた。いや、それはファンの中では周知のことで、だからこそ皆二つ共の
構成が見たくて、必死でチケットを取るのだ。
(プレミアチケットだから、なかなか上手くいかないけど)
「その案を、ツアー中に考えるわけ」
「ツアー中に、ですか?でも、そんなので間に合うんですか?」
「実際にライブを体験しないと、流れとか身に付かないだろう?その中で、こうしたい、ああしたいって新しい欲求が生まれて、そ
れを消化するためにツアー後半は別構成にするんだ」
「へえ」
初めて聞く話に、初音は目を輝かせる。てっきり、初めからその二つの構成を決め、きっちりと後半で変えていると思ったのに、ま
さかツアー中に後半のことを考えているとは思わなかった。
(でも、確かにセットは変わらなかったっけ)
要は、中身ということか。
新しい何かが生まれる場に立ち会うことが出来て、初音は1人幸せに浸っていた。
毎年行われているというのに、色々と試したいことは毎年出てくる。
それだけ皆の才能が溢れているというのか、それを引き出す自分が上手いのか。
(そのどちらとも、かな)
裕人は用意したホワイトボードを次々と埋めていく企画を見ながら思わず笑った。
(あ、そうだ)
「初音ちゃん」
「あ、はい」
「何か、アイデアある?」
「お、俺ですか?」
唐突に名指しされた初音は、大きなカメラを落としそうなほどに驚いている。その反応は一々裕人のツボにはまって、思わずぷっ
とふき出してしまった。
だが、どうやら笑われたことにより余計に焦ってしまったらしい。初音は教室で立たされた小学生のように椅子から腰を上げ、分
かりませんと震える声で答えてきた。
「そんな大事な、お、俺には荷が重くて・・・・・っ」
「アイデア出すだけだよ?」
「で、でも、俺ならきっと、ファン目線になっちゃうしっ、皆さんの考えた構成、全部壊すと思います!」
「・・・・・へえ」
今の初音の言葉に、裕人は隆之と太一を交互に見る。
2人も意味深な視線を返してきて、その視線は初音へと向けられた。
(こういう時、メンバーって以心伝心かなって思うよね)
「初音ちゃん、それ考えてみて」
「え?」
「ファン目線。新鮮なテーマだと思うよ」
ファミリーといってもいいツアーメンバーやスタッフ達は、個々にとても才能があるものの、誰もがもう【GAZEL】を身内のように考え
てしまっている。客観的にはもちろん見れるほどに皆大人だが、案外奥深くには入り込めないかもしれなかった。
(なんだか、新しい発見がありそう)
「ファン目線。新鮮なテーマだと思うよ」
「は、はあ?」
自分の子供っぽい言いわけに引かれると思ったのに、どうやら裕人はそれが気に入ったらしい。
ファンの目・・・・・そんな独善的なものを、大切なライブ構成に組み込むというのだろうか?
「そ、そんなこと・・・・・」
まだ、学生だった頃。
【GAZEL】のライブに行くたびに、あの曲をして欲しかった、こんな話をして欲しかったなど、勝手に頭の中で妄想を逞しくしていた
が、それはあくまで個人的な欲求だ。
実際にファン個々のリクエストを全て聞いていたら、それこそ全く構成が出来ないほどにチグハグになると思う。
(もちろん、好きな曲を歌ってくれたら幸せだけど、みんなそれぞれ好きなものは違うんだし、俺の希望だけ言うなんてとても出来な
いよ)
「あのっ」
「別に、深く考えなくていいんだよ?」
「で、でも」
「僕が欲しいのはあくまでもアイデア。出してくれたからといって、全部初音ちゃんの言う通りにするつもりは無いよ。その辺、僕も
プロデュースする立場だから」
きっぱりと言う裕人は笑っているものの、その口調には並々ならない自信が見えた。
きっと、裕人の言っていることは本当だろう。あくまでも初音の意見は参考として・・・・・もしも、それが少しも面白みの無いものな
らば、にっこり笑って切り捨てる。
「・・・・・」
「あくまでも、参考意見の一つ。ね?」
初音はしばらく考えて、頷いた。自分のアイデアが裕人のお眼鏡に適うとは思わないが、少しでもヒントに、いや、息抜きの笑い
を誘うものにでもなればいいかもしれない。
「自信・・・・・ありませんけど」
「案外、自信があるものって面白くないんだよ」
「そうなんですか?」
「そう。まあ、僕は例外だけどね」
「・・・・・」
初音は思わず笑ってしまう。確かに、裕人の場合はアイデアの質も自信も最高のもののような気がする。
(それがヒロだし)
昔から彼はそうだった。
彼に敵うわけが無いのだし、本当に気楽に考えてみようと、そう意識を切り替えた初音はホワイトボードに視線を向けた。
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