Love Song
第 2 節 Modulation
13
スタッフが話している意見を聞きながらも、隆之の視線は初音から離れなかった。
自分達のファンだという彼がどんなアイデアを出してくれるのか、想像するだけで楽しい気がした。
(出来れば、叶えてやりたいけど)
どんなに素晴らしいアイデアであっても、様々な問題から却下になる可能性もある。
予算ならばある程度は裕人も用意出来るだろうが、それ以外の問題があれば、せっかくの初音の気持ちも無駄になってしまうか
もしれない。
「・・・・・?」
(何か思い付いたのか?)
不意に、初音の頬が緩み、何かを書き始めた。
どうやら初音自身にとっては楽しいアイデアが浮かんだようだ。いったいどんな話なのか、隆之は早く聞きたかった。
「アカペラ?」
「あ、いえ、そうじゃなくって」
不思議そうに聞き返してきた隆之に、初音は焦って首を横に振った。
「た、確かに、広瀬・・・・・た、隆之さんの声をじっくり聞くのも嬉しいですけど」
広瀬さんと呼ぼうとした時、隆之が僅かに眉間に皺を寄せたのが分かり、初音は慌てて言い変えた。初音としては彼を名前で呼
ぶことは了承したものの、それはあくまでも2人きりの時に限ってと思っていた。
それが、メンバー、スタッフがいても変わらずにという様子に、本当にいいのだろうかという思いがしたが、誰も初音のその発言に
驚く様子は無い。
いや、唯一裕人が楽しそうに目を細めて笑ったが、焦っている初音は全く気付かない。
(そう言えば、みんな名前呼びが多かったけど・・・・・)
それよりも、今まで名字で呼んでいた自分の方が目立っていたのかもと思いながら、初音は先程の言葉を補足するように言葉
を続けた。
「確か、初ライブの時、隆之さんと山崎さんがアコースティックギターを弾いた場面があったんです。隆之さんがギターを弾くなん
て思わなくて、すっごく驚いたけど得した気分でした。でも、ツアーが始まったらそれが無くなっちゃって、なんだか勿体ないなって
思ってたんです」
「そうだっけ?」
太一はどうやら忘れてしまっていたらしく、首を傾げながら隆之を振り返っている。
「太一、忘れたの?確かに、2人がギターを弾いたのは初ライブから・・・・・3回目までだったはずだよ。タカが歌うことに集中した
いって言いだしたし」
さすがに記憶力が良い裕人は、初音の言葉に直ぐに反応してくれる。覚えてくれていることが嬉しかった。
(あれから何度もライブに行ったけど、タカがギターを弾く姿って見ないし)
「俺、本当はギタリストになりたかったんだ」
と、言った隆之。その言葉通り、隆之は際立つ容姿とは正反対の、繊細な音を出していた・・・・・と、思う。
ツアーも残り少なくなり、もう一度ライブを見に行った時(その頃はまだ辛うじてチケットが取れていた)、声援の中で隆之のギタ
ーを望む声が上がった。
内心、初音もその声に同調していたが、隆之は照れ臭そうに笑いながら、俺は声で音楽を奏でることに決めたからと言った。
今となっては思い出が更に美化されているのかもしれないが、それでも初音はどうしてもあの隆之が奏でる音をもう一度聞きた
かった。
彼の声と同じ、繊細で、胸に沁みる音を。
(あのライブにも来てたのか)
裕人ももちろんそのライブのことは覚えていた。
隆之はその声の方が武器で、彼がボーカルになることは運命だと思っているが、隆之自身はギターを弾くことも好きだったらしい。
ただ、歌う自分に向けられる歓声の大きさに、さらにその武器を磨かなければならないと思ったらしく、それ以降彼が今までギタ
ーを持つことは無かった。
それが勿体ないと思わないことも無かったが、裕人にとっては大きな問題ではないというのが本当のところだ。
「・・・・・」
初音は、自分の発言が良かったのかどうか、不安そうに隆之を見ている。
「・・・・・」
当の隆之は、何かを考えるかのように俯いていた。
「・・・・・タカ」
「ん?」
「どう?」
「・・・・・どうって、あの頃は無鉄砲に自分の腕も分からずに弾いたけど、今じゃほとんど練習もしてないし、絶対太一の足手纏
いになるよ」
「そんなことないです!」
自嘲気味な隆之の言葉に反発したのは初音だ。
普段大人しい彼が見違えるように、きっぱりとした口調で自分の想いを伝えてきた。
「タカの音はカッコ良かった!」
「・・・・・」
(いいねえ)
これほど言われて、心が動かない人間などいるだろうか。
いや、求愛にも似たこの言葉に応えなければ男じゃないかもしれない・・・・・裕人はらしくも無くそう思ってしまった自分に笑い、は
いと手を上げて立ち上がった。
「今の初音ちゃんの案、僕は悪くないと思うよ。何曲もやれっていうわけじゃないし、2、3曲、やり易いものでいいからチャレンジ
するのもいいと思う」
「ヒロ」
「大変なのはタカだけど、どう?やる?やらない?」
中学校の時にギターを買って、バンドに憧れて。
ありがちな道を辿ってギターからこの世界に入った隆之だったが、もちろんその時の情熱を忘れたわけではない。
もう少し、自分にテクニックがあったら本当にギタリストになりたいと思っていたほどで、生憎というか、そこまで腕を磨く前に、隆之
は自分の声に思い掛けない評価を貰った。
肉体が武器になるなんて、もしかしたらこれほど幸運なものは無いのかもしれない。良くも悪くも、本当に自分自身で作り上げ
ることが出来る音に、隆之は一生を懸けると誓った。
「・・・・・」
「・・・・・」
皆の視線が自分に集まるのが分かる。
「・・・・・」
初音も、じっと自分を見ている。
曲の数が変わるわけではないが、歌い、踊った上で、慣れないギターを弾くのはやはり相当なストレスを感じるだろう。そうでなく
ても緊張するタイプの自分がそのプレッシャーに打ち勝てるかどうか・・・・・今ここで大丈夫だとはっきりと言い切ることは出来ない。
それでも、あんなに昔のことをちゃんと覚えていてくれ、なおかつ、褒めてくれる初音の気持ちをそのまま却下することは・・・・・。
「・・・・・やってみる」
「タカ」
「隆之さんっ」
「聞きたいんだろう?」
初音に向かって笑い掛けると、彼は一瞬瞳を揺らした。
願望があるのは本当だろうが、それを実際に隆之が引き受けて、本当にいいのだろうかと不安になってしまったのだろう。
(何だか、良く分かるな)
初音の感情の動きがこんなにも分かることが面白い。それだけ自分は彼のことを積極的に知ろうと思っているのかもしれない。
「ヒロの言う通り、チャレンジすることは悪くないし」
「・・・・・」
「それに、今の俺がどんな音を出せるのか、少し興味がある」
ただ、あまり初音にばかり罪悪感を持たせるのも可哀想で、隆之は改めてこれは自分の意志であるのだと裕人に知らせるように
言った。
(ど、どうしよう・・・・・)
本当に自分の願望を言っただけだった。
否定する隆之に、そんなことは無いと言い返して・・・・・もしも、それで彼が今回のことを決めたのだとしたら、負担を倍増させてし
まったかもしれない。
こうしてツアーに同行するようになって、思った以上に歌うこと、演奏することが重労働だと知った。隆之はさらに大変になってし
まうのだ。
「でも」
そんな初音の耳に、少し照れくさそうな隆之の声が聞こえてきた。
「あんなに初期の頃から、ちゃんとファンでいてくれたんだ」
「あ、当たり前ですよ!俺っ、それだけが自慢なんですから!」
ファンクラブの会員ナンバーも、500番以内なのだと力説すれば笑われた。
「もっと、いい番号をあげようか?」
「え?」
「俺達、メンバーが貰っている数字。俺、1番なんだ」
「隆之さんが、ですか?」
一番は裕人が取っていそうなのにと無意識のうちに視線を向けてしまったようで、裕人はふふっと笑いながら、僕の方がもっと凄
いよと言った。
「僕は、0(ゼロ)だから」
「あ・・・・・そっか」
何だか納得出来て直ぐに頷くと、裕人がどういう意味と目を細める。
それに、周りが野次を飛ばしてきて・・・・・初音は何だか自分が本当にツアースタッフの1人になったような気がして嬉しくなった。
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