Love Song





第 2 節  Modulation



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 初音の意見を聞く。
それは表面上の言葉だけではなく、どうやら本気だったらしく、早速その当日にはライブで3曲ほど、【GAZEL】の3人だけで演奏
する曲が決まった。
なによりも初音を驚かせたのは、その中に初音が大好きな曲、彼らのデビューアルバムに収められている『恋が降る日』を選んで
くれたことだ。
 「ほ、本当に?」
 「うん。アコースティックギターでするのは結構いい曲だし」
 「そ、それはそうですけど・・・・・」
(ライブでだって、初期の頃何回かしかしなかったのに・・・・・)
 初期のバラードは今では全くといっていいほどライブでもやらないし、ラジオ番組などでも流すことは無い。雑誌の取材などでも、
お気に入りで名前が挙がることも無く、初音自身は自分が少しマニアックなのだと思っていたくらいだ。
 それが、今回すんなり候補に名前を出されて、何だか自分が無理強いしたのではないかと感じた。
 「あの」
 「あの曲ね」
断りを入れかけた初音の言葉を、裕人がにっこりと笑いながら止める。
 「タカの思い入れが強すぎて、安易に演奏出来なかったんだよ、ね?」
 「・・・・・別に、ヒロが安易に考えてるなんて思ってないけど・・・・・」
 「でも本当のことだろ?僕も、色んな音を入れたあの曲を想像出来ないし。今回のことはいい切っ掛けだったってこと。初音ちゃ
んもラッキーって思っていればいいよ」
 「・・・・・」
(それでも、俺が言いださなかったらしなかった可能性の方が大きいし・・・・・)
 隆之の負担が増えてしまうだろうと思うと申し訳なく思うが、今裕人が言ったラッキーという言葉ももちろん感じていた。大好きな
あの曲を隆之のアコースティックギターで聞けるかと思うと、今から胸が高鳴ってしまう。
 「・・・・・」
 チラッと隆之の顔を見つめてみると、隆之は目を閉じて何かを呟いている。
(あ・・・・・)

 【過去も未来も関係ない 君に恋をした今が愛しい】

 「【早く、同じ時間を歩みたい】・・・・・」
(やっぱり、そうだよ)
それは、『恋が降る日』のサビの一節だ。
初音の頭の中にも、鮮やかに歌詞が浮かび上がった。



 「喜んでたね、初音ちゃん」
 「ヒロ」
 初音が社との打ち合わせで席を外した時、裕人は楽しそうに笑いながらそう言ってきた。
隆之はそんな裕人の顔を見て苦笑を零す。
 「それが狙いだろ」
 「ん?」
 「彼を喜ばせるってこと」
 裕人が初音のことを気に入っていることは知っているのでそう言うと、裕人は目を細めていーやと答えてきた。
 「どちらかっていうと、僕のため」
 「ヒロの?」
 「今のタカなら、あの歌を凄く色っぽく歌ってくれるんだろうなって思うから」
 「・・・・・」
その言葉にどう反応していいのか分からなかったが、裕人はテーブルの上に置かれているペットボトルのお茶で口を潤すと、だっ
てねえと言葉を続ける。
 「僕も本当はタカがギターやりたいのを分かっていて、無理にボーカルに専念させちゃったしね、少しは悪かったなって思ってる
んだよ」
 「ヒロ・・・・・」
 まさか裕人がそんな風に考えているとは思わなかった。あの時の選択は自分自身が決めたことで、その後にどんなに後悔したと
しても諦めがつくものだったはずだ。それが、今でも裕人のしこりになっていたとは・・・・・。
(・・・・・悪いことをしたな)

 「この歌、ライブではもうやりたくない」

 それは自分の中での一つのけじめとして思っていたことなのに、何時の間にか裕人までも巻き込んでしまったことを申し訳なく思
う。だからこそ、今回の演奏はぜひ成功させなければならないだろう。
 「・・・・・」
 隆之は自身の手を見つめた。
もう、かなり長い間ギターを持っていないが、早急に勘を取り戻さなければならない。気持ちだけ高めるのではなく、技術もちゃん
と追いつかせなければと、隆之は早速スタッフにアコースティックギターを用意してもらうことにした。
 「ヒロ、悪いけど付き合って」
 「もちろん。太一」
 「うん」
 「太一先生、よろしく」
少しふざけるように言うと、
 「まあ、任せなさい」
と、胸を叩いた太一はコホコホと咳き込んでしまった。



 大きな構成の変化は無いものの、【GAZEL】の3人はこれからかなりのリハーサルの時間を割いてアコースティックギターとピア
ノの演奏の練習をしなければならなくなった。
 「初音」
 「あ、先、つ、都筑さん」
 「なんだ、それ」
 急いで言い変えた初音を笑い、都筑は何時もの癖のように髪の毛をクシャクシャにかき回してきた。
 「だって、今回はサポートメンバーで入ってるんだし」
 「それでも、何だかくすぐったいな、初音にそんな風に言われるの」
まだ合流してそれほど時間が経っていないというのに、都筑はもう周りに馴染んでいた。自身もバンドを持っていると言いながらま
だ売り出しの途中であるにもかかわらず、ガツガツした様子を見せなくて真摯に演奏に取り込む姿勢がスタッフに好印象なのかも
しれない。
 それに、これも初音にとっては意外だったが、裕人がかなり都筑の腕を買っていて、事あるごとに彼に声を掛け、積極的に周りに
とけ込ませているようにも感じていた。
 「今、休憩中なんですか?」
 「うん、俺はね」
 「?」
 「3人はまだ音合わせしてる」
 「あ・・・・・アコースティックギターの?」
(やっぱり時間掛かってるんだ)
 初音自身は楽器を演奏出来ないので、その大変さを実際に体感は出来なかったが、だからこそ演奏出来る人は凄いのだと無
意識のうちに尊敬する。
 「初音の提案だって?」
 「・・・・・誰から聞いたんですか」
 「ミーティングのやり方を聞いてから、この案っていうのは初音のものじゃないかって。あの歌、好きだって言ってたろ?」
 「凄い、勘がいいですねえ」
初音は自分の行動って読まれやすいんだなと顔が赤くなる思いがした。



 少し時間を潰すのに付き合ってくれと言われ、初音は都筑と共に会場の外に出た。と、いっても遠くに出掛けることは出来ず、
裏手の丁度よい場所にあったベンチに並んで座った。
 「何だか、俺だけ遊んでるみたい」
 「それだったら俺もだろう?」
 「都筑さんは違いますよ。今は休憩中でしょ?」
 本当はアコースティックギターの練習風景も写真に撮らなければならないのだろうが、何だか邪魔をしているようでカメラを向ける
ことが出来なかった。
だから、ただ見つめていたのだが・・・・・何度も何度も聞く大好きな曲に中毒になってしまったかのように気持ちが落ち着かなくなっ
て、気持ちを鎮めるためにぶらついているところを都筑に声を掛けられたのだ。
(もう少し、慣れないと)
 あの頃よりも数段艶を帯びた声であの歌を歌われると、どうしても駄目だ。
 「初音」
 「はい?」
 「お前・・・・・」
 「?」
(何だろ?)
 こんな風に都筑が言い渋るのは珍しく、初音は早くその先を聞こうと視線で促す。
しかし・・・・・。
 「いや、やっぱりいい」
 「え〜、気になりますよ」
 「たいしたことじゃないから」
 「そうなんですか?」
 もしかしたら、都筑もまだ【GAZEL】のツアーに戸惑うこともあるのかもしれない。弱みなら隠さずに見せてもらえれば、一生懸命
慰めることも出来るのに、大人の都筑はそんな姿も自分には見せたくないのだろうか。
(信頼してもらえて無いっていうより、頼りないのかな)