Love Song





第 2 節  Modulation










 「アンコール!!アンコール!!」

 会場全体が、手拍子と言葉で一定になっている。
その声を聞きながら、初音はスンッと鼻をすすってしまった。
 「・・・・・いいなぁ」
 何度ライブを見ても、それが同じツアーのものでも、一公演一公演、全てが違うのが分かる。
【GAZEL】のメンバーはもちろん、サポートメンバーも、支えている裏方のスタッフ達も、ステージごとによりいいものにしようという意
欲がものすごくて、毎回見ている初音がそのたびに感動するのだ、必死で今回のチケットを取ったファン達の感動はかなりのもの
だと想像出来る。
自分が同じ立場だったら、きっとそう思うからだ。
 「・・・・・っ」
ステージの写真は、ツアーカメラマンのものを使ってもいいと言われているので、初音はまたロビーへ向かおうと席を立った。



 アンコールを求める声が響いている。
降りた幕の内側で、隆之はマイクスタンドを握り締めたまま目を閉じていた。
今回のツアーでは、ラストの曲はバラードだと決められていた。実際、精密な演奏と流れを大切にしている裕人の考えで、デビュ
ー当時から【GAZEL】のアンコールは2回と決められているし、その曲もしかりだ。
 高揚した思いを抱えて、隆之はまだ歌いたいと思うことが多々あるが、その感情は次のライブに持っていくようにと無茶なことを裕
人は言う。そのおかげかか分からないが、隆之は何時も前のステージで消化し切れなかった思いを初めからぶつけていくので、ライ
ブは何時も初っ端から最高潮で始まることが出来るのだ。
 「・・・・・」
 はあと、口から零れる吐息もまだ熱い気がする。
そんな隆之に、キーボードの前から離れた裕人が声を掛けてきた。
 「最高」
 「ヒロ」
 「相変わらずタカがカッコよくて、毎回見惚れちゃうよ」
 「・・・・・」
 手放しの褒め言葉を言っているくせに、裕人の目はライブ中の熱がすっかり消えた冷静な色になっている。
既に次のステージのことを考えているのだと分かっている隆之は軽く頷いて見せると、他のメンバーの所へ自ら足を運んで手を差し
出した。
 「ありがとう」
 「今日もいいノリだったなっ」
 「ありがとう」
 「タカの熱に引きずられ無いようにするのが大変だよ」
 労いの言葉の中に、同じ時間を共有した者同志の一体感があるのが好きだ。隆之は自分も笑って頷き、今度は今日新しい
メンバーになったばかりの都筑にも手を差し出した。
 「凄く、いい音だった。色っぽくって・・・・・ヒロが指名したのがよく分かる」
 上手い人間なら、捜せばいるかもしれない。
しかし、こんなにも音に艶が出せる者は限られていると思う。
(ヒロが強引に引っ張ってきてくれて良かった)
 途中でメンバーが変わるというアクシデントは、完璧主義な裕人にとっても大きな誤算だったと思うが、抜けた穴を埋める以上の
結果を呼んだ裕人は、やはり凄腕のプロデューサーなのだろう。
初音のことは抜きにして、隆之は都筑が自分達の仲間になってくれて良かったと、この1ステージで身に染みて思った。



 差し出された手を、都筑は握り返した。
 「こっちこそ、凄いライブでした」
噂では聞いていたものの、同じステージに立って見た【GAZEL】のライブは、CDで聴く音とはまるで違っていて、生きている、そのエ
ネルギーを強烈に感じた。
 メンバーだけではなく、サポートメンバーも一流の人間で、その中に自分がいるということ自体が不思議で・・・・・それが嬉しくて、
緊張するよりも興奮して何時も以上に指が動いた。
 そして・・・・・要となるボーカルの隆之の存在は、まさに太陽と月を同時に背負っているように見えた。
ダンスミュージックの時には弾けるように情熱的で、バラードの時には闇夜のようにしっとりとしていて。
共通しているのは、その凶悪なほどの色っぽさだ。けして女には見えないのに、ゾクゾクと身体の底から湧き上がる壮絶な色気に
当てられ、リハーサル以上に隆之に絡んでしまった。
 悔しいが、都筑のバンドのボーカルは、まだとても隆之のレベルには達していない。
【GAZEL】が、今日本で一番有名で人気のあるバンドなのだと言われている意味が、都筑は今日痛いほど実感出来た。
 「勉強になりました」
 「・・・・・」
素直に言ったつもりだが、隆之はふっと笑みを浮かべて違うと言う。
 「もう、君は俺達の仲間になってるんだから。堅苦しく考えないで楽しんだらいい」
 「楽しむ?」
 「ヒロは完璧なものを求めているんだろうけどね」
楽しむ・・・・・とても今の都筑の状態では考えられないことだが、確かに今のステージは経験したことがないほど楽しかった。
(そうか・・・・・。【GAZEL】から学ぶものは多いけど、今は楽しむ方が良いステージになりそうな気がするな)
隆之の言葉に納得した都筑は、確かにと言いながら握った手に力を込めた。



 帰宅するファン達の感想は、初音の感じたとおり皆満足したというものだった。特に、今回は新しいツアーメンバーである都筑の
お披露目でもあるので、得したと思っている者がほとんどのようだ。
初音は何だか自分が褒められたような気がして、嬉しくてずっと頬が緩んでいる。
 「パンフには名前無いんだよね」
 「【ZERO】の都筑臣だっけ。私絶対チェックする!」
 「モンちゃんよりもイケ面だしね〜」
 少女達が都筑のことを話している。きっと家に帰れば、ネットや雑誌でその名前を確認するのだろう。そこから彼のバンドを知っ
て、今度は彼らの音楽を聴いてと、彼女達の世界が広がると共に、都筑達のファン層も広がるということだ。
(こうやって、人気って出てくるのかなあ)
 「でも、やっぱり、タカがカッコいい〜っ!」
 「抱きしめられたいよね〜」
 「私は耳元で囁かれた〜い!」
 何て何てと、笑いながら会場を出ていく少女達。その感想は初音も感じていたことだ。
(やっぱり、タカって凄い・・・・・)
行き着く話はそこにいってしまうのが、情けなくともファン心理というものだろう。他の皆ももちろん凄かったし、カッコいいと思ったが、
初音にとっては隆之が誰よりも輝いていた。
(初めて見たライブと・・・・・あの時と全然変わらない。タカは年々カッコ良くなるよなあ)



 ある程度の話を聞いた初音は、そのまま控室へと足を向けた。
ご苦労様だったと労いの言葉を掛けるしか自分には出来ないが、それでもとにかく一言、早く伝えたい。
 「あ、お疲れさん!」
 「お疲れ様ですっ」
 「ごくろーさん」
 「お疲れ様でした!」
 控室に着くまで、様々なスタッフが自分に声を掛けてくれた。まるで、自分もこのライブを作り上げたスタッフの1人にしてもらえた
ようで嬉しくて、返す初音の声も弾んでしまう。
 「あ!」
 そんな時、初音は裕人の姿を見付けて駆け寄った。
 「お疲れ様、初音ちゃん」
 「いいえっ、俺全然疲れてなんか無いです!むしろ、こっちの方がすっごい力を貰いました!」
急き込んで言ってしまったせいか、裕人は一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、直ぐに最近見慣れた悪戯っぽい笑みを浮かべ
てありがとうと言葉を返してきた。
 「そう言ってもらえると嬉しいよ」
 「・・・・・」
(真中さん・・・・・もう戻ってる)
 あれだけ音でファンを煽り、自分自身も弾けていた裕人だが、まだステージを降りて30分も経っていないというのにもう何時もの
彼、冷静で穏やかな裕人に戻っている。
何時もながら鮮やかなその切り替わりに、初音は何度見ても感心するしかなかった。
 「タカはまだ中だよ」
 「あ、はい」
 「褒めてやってと言いたいところだけど、今の君の言葉を聞けば・・・・・余計なことだね」
 「え・・・・・」
 「じゃあ、また明日」
そう言うと、裕人はヒラヒラと手を振って、数人のスタッフに囲まれながらその場を去って行った。