Love Song





第 2 節  Modulation










 「大学の後輩ってことは、知ってますよね?」
 「うん。就職先の今の出版社にも誘ったんだろ?」
 「まあ・・・・・初音は俺にとって特別だったからです」
 後輩という名のつく者は数多くいたし、それだけではなく、趣味で組んでいたバンドの方や大学にも多くの友人がいた。
 人付き合いは好きだったし、音楽をやる上で、色々な刺激を受け入れておきたいと思ったからだが・・・・・その中でも、初音は少
し変わった存在だった。
 「音楽やっていたから、女目的や、反対に男目的な奴らが大勢いたけど、初音はまだ子供なのか少しもそんなぎらついたトコは
無かったんですよ」
 「君とは合わない感じだけど」
 「俺が、【GAZEL】をいいって言ったから」
 「え?」
 「それだけで一発で落ちましたよ、あいつ」
何だか懐かしい思い出が蘇ってしまい、都筑は思わずプッとふき出してしまった。

 既に大学4年生になっていた都筑は、夏前には就職先の内定も貰い、単位も全て取っていて、後は卒論を残すだけののんび
りとした時間を過ごしていた。
 そして、たまたま冷やかしに覗いたゼミにいたのが、まだ子供のような容姿の1人の少年で、都筑は何気なく、本当にただの挨拶
のつもりで、彼が聞いていた音楽のことを口にした。
 「何聞いてんの?」
 派手な容姿の先輩に驚いたのか、少年は面白いほどに後ずさる。
(新鮮な反応)
避けられるということが今まで無かっただけに、都筑は更に少年に詰め寄った。
 「な?何聞いてるんだよ?洋楽?邦楽?クラシック・・・・・まさか、落語とか?」
 「・・・・・」
 笑わせるために言った軽口に、少年は素直に笑った。
 「邦楽です」
 「誰?」
 「【GAZEL】。俺、高校の時から好きだから」
 「ああ、【GAZEL】か」
アイドルとは違うものの、ボーカルの抜群のルックスと、耳に残る音楽が受けて、最近の邦楽の中では常にトップクラスの売り上げ
を誇っているバンドだ。
 いずれメジャーデビューもと考えていた都筑にとって、【GAZEL】の売り出し方は理想的で、セルフプロデュースをしている裕人の
ことを気にしていた都筑は思わずいいなと答えていた。
 「あいつらの音、俺結構好き」
 「そうなんですかっ?」

 キラキラと輝いていた初音の瞳を、未だに都筑は覚えていた。
 「当時は今より男のファンは少なかったし、あいつ、何時も女友達と【GAZEL】のことを話していたそうなんですけど、どうしても女
はルックスの方に先に目が行くでしょう?それも取っ掛かりの一つだから悪いわけじゃないんだろうけど、俺が音を褒めたことが嬉し
かったらしくて、それから向こうから声を掛けてくるようになったんですよ」
 都筑も、初音がこれほど【GAZEL】に心酔していたのかと驚くことが多かったが、彼の場合は盲目的というよりは自分の中でいっ
たん歌を全て受け止め、自分のものにしているという感じだった。
 「正直、羨ましく思いましたよ、【GAZEL】を」
 「・・・・・くすぐったいな」
 「こんなファンがつけばなあって思いました」
 「それから、ずっと付き合ってるんだ?」
 「ええ。そうでなくても、初音は素直で可愛かったし、一緒にいると自分までピュアになるような気がして。今の出版社に誘ったの
も、音楽雑誌の中で【GAZEL】が一番贔屓にしていたトコだったし」
 そこまで言って、一度酒を飲んだ都筑は、裕人に笑い掛けた。
 「恋愛感情とか、俺にはあいつはもったいない」



(なるほどねえ〜)
 初音の【GAZEL】好きはそんなに強烈だったのかと、裕人は都筑の言葉を聞いて改めて思い知った。
もちろんそれはとても嬉しいものだったし、このファンを逃さないようにしなければならないなというファイトも沸く。なにより、どうやら隆
之と都筑が初音を挟んでライバル関係になることはないようだと知って安心した。
 「変なこと聞いて悪かったね」
 「いいえ」
 自分達とほぼ同世代ながら、都筑は随分と落ち着いている。
もったいないなと思った。これほどの腕と人格を持っているのなら、ぜひ【GAZEL】の一員として引っ張り込みたい。
 「ねえ、都筑君」
 「はい?」
 「うちに入る気ある?」
 「・・・・・マジですか?」
 「大マジ」
 都筑はしばらく裕人の真意を量るような眼差しを向けてきたが、やがて苦笑しながらすみませんと言ってきた。
 「あ、振られた?」
 「俺も、自分のバンドで頑張りたいと思ってるから」
 「そっか・・・・・そうだね。短い間だけど、うちから色々盗んだらいいよ。きっと君にとっては財産になるはずだから」
 「はい」
 「あ〜、有意義だった」
 「そうですか?」
話は終わり、都筑は他のサポートメンバーの方へと向かう。
裕人はやれやれと首を左右に動かし、どうするかなと隆之の方を見た。初音と隣り合わせになっているのは偶然か、故意か。
しかし、そこに30センチほどの間があるのは、きっと故意だと思う。
(う〜、焦れったいなあ〜)
 ストイックといえど、それでもそれなりに経験を積んでいるはずの隆之と、全くまっさらといった感じの初音。この2人がもっとドロド
ロとした関係になるのは先だなと、裕人は自分も飲み会へと意識を移行した。



(あんまり・・・・・飲まないんだな)
 明日はライブは休みだが、隆之の前に置かれているのはウーロン茶だ。皆が騒いでいる時も、彼は仕事に対しては真面目なん
だなと、初音は自分もウーロン茶を口にしながら思った。
 「初音は飲まないのか?」
 そんな初音に、いきなり隆之は話し掛けてくる。驚いてしまった初音はそのままブッとウーロン茶をふき出してしまい、すみませんと
急いでお手拭で濡れた自分の服を拭いた。
 「悪かった、驚かせたみたいで」
 「い、いいえ、俺が必要以上にオーバーなんですよ」
 もう慣れたと思ったのに、気を抜いている時に突然隆之の声を聞かせられると焦ってしまう。
(俺、本当にタカの声に弱いんだよな)
とりあえず落ち着こうと初音が何度か深呼吸を繰り返すと、それをじっと見ていた隆之が大丈夫かと言ってくれた。
 「はい、もう大丈夫です」
 「・・・・・」
 「俺、この後原稿書かなくちゃいけないんで、お酒は控えています。元々、強くないし」
 「酔うとどうなるんだ?」
 「どうって・・・・・それほど飲んだことはないんですけど、あ、一度だけ、都筑先輩ちに泊まったことがあって」
 「・・・・・都筑の家に?」
 ゼミの飲み会。自由参加なので、当初初音は参加するつもりは無かったが、都筑に誘われて顔だけ出すつもりで向かった。
しかし、そこで出されたのはカクテルで、初めて飲む初音はその口当たりのよさについ飲み過ぎてしまい、そのまま記憶がなくなって
しまったのだ。
 「なんか、俺眠っちゃったみたいで。暴れたり吐いたりしないだけましだって言われました」
 それ以来、カクテルは口にしないようにしているし、飲むのならビールを少しだけだと決めた。元々好きというほどでもないので、我
慢をしているつもりもない。
 「恥ずかしいですよね〜」
 「・・・・・」
 「え・・・・・と、隆之、さん?」
 「寝るのか」
 なぜか、そこに引っ掛かっているらしい隆之は、それから何かを考えるように黙っている。初音は首を傾げながらも、邪魔をしない
ようにと箸を動かしていたが、
 「初音」
改まったように隆之が言った。
 「今度、飲みに行こう」
 「え?」
 「前はヒロに邪魔をされただろう?今度こそ2人で行こう。・・・・・そうだな、来週東京に戻るからその時」
どんどん話を進める隆之に初音は戸惑いながらも頷いた。
 「あ、はい、嬉しいです」
 飲みに行かなくても隆之と一緒にいられるのは嬉しい。ただ、緊張し過ぎて失敗ばかりしてしまうのが心配なのだが。
(良かった、俺、男で)
女だったら、とても気軽に隆之と行動することは出来ないだろう。何時まで経ってもファンの気持ちが消えない初音は、予定日のメ
モには忘れないように特大の花丸をつけようと思っていた。