Love Song
第 2 節 Modulation
7
そのまま店に向かうと思っていたが、隆之は待たせていたタクシーの運転手にあるブランドの店を告げた。
「あ、あの、隆之さん?」
「ん?」
「夕飯を食べに行くんじゃあ・・・・・」
「その前に買い物したいと思って。付き合ってくれる?」
隆之は笑いながらそう言ってきたが、てっきり食事だけだと思っていた初音は慌ててしまった。2人きりでの食事というだけでも緊
張してしまうのに、その上買い物にまで同行するなど、自分の中の許容範囲を超えてしまっている。
「お、俺がっ?だ、駄目ですっ、駄目です!」
「どうして?」
「どうしてって、俺なんか全然役に立たないし・・・・・っ」
(それに、ヘタをしたら【GAZEL】のタカってバラしちゃうかもしれないし〜っ)
簡単には正体が分からないというものの、ふとした仕草や声を聞けば、それこそ日本でも一、二を争うバンド、【GAZEL】のボー
カリストということは皆分かるはずだ。
殺到するファンや野次馬を自分が対処しきれるのかどうか・・・・・いや、情けないが無理だと分かっている。
「あ、あの、急ぎじゃないのなら今日は・・・・・」
「折角初音と出掛けるんだから、色んな事をしたいと思ったんだけどな」
「・・・・・っ」
(う、嬉しいけど・・・・・)
初音も、隆之の色んな顔を見てみたいとは思う。
ただ、それは傍観者のような、あくまでも遠くから見つめるというのが自分的にはとても楽で、騒ぎの中心にいたいと思うほどに自
信家ではないのだ。
「た、隆之さん・・・・・」
「・・・・・」
どうしてそれほど初音が渋るのか、隆之にはよく分かってはいないようだ。
どう説明したら分かってもらえるのだろうか、初音はグルグルと頭の中で焦りながら考えていた。
初音がなぜ自分との買い物を躊躇うのか、隆之にはその理由は分からなかった。
女相手ではないのでブランド物には興味が無いのかもしれないが、それでもせっかくの休日を共に過ごしてもらえる礼として何か
をプレゼントしたいと思うのは自然なことではないだろうか?
もっと言えば、お互い同じ何かを身に付けたい、それが時計でもアクセサリーでもと、隆之は眉間に皺を寄せている初音に話し
掛けた。
「初音、俺は別に君を困らせたいわけじゃないんだ」
「・・・・・」
「ただ、せっかくだから今日の記念に・・・・・」
「ま、待って下さい」
「え?」
何時もは隆之の言葉を最後まで聞いてくれる初音が、突然途中でそれを遮ってくる。
「記念って、変じゃないですか?」
「変、かな?」
「なんか、これっきり会わないって感じがして・・・・・何だか寂しい、です」
「初音」
「お、俺、一緒にツアーを回らせてもらってるスタッフの端っこにいるんじゃないかなって思ってて、勝手なんですけど、少しは知り
合いになれてると思ってて・・・・・」
あっと、隆之は口の中で声を上げた。
自分としては、好意を持っている相手に何かプレゼントをしたいという気持ちだったが、初音からすればそれはその日限りで終わっ
てしまう関係への贈り物に感じてしまったようだ。
(・・・・・難しいな)
男同士だからこそ、もっと気をつけなければいけない。いや、気を遣い過ぎる初音相手だからなおさら、自分の言動には気をつ
けなければならない。
まだ、始まったばかりの自分達の時間を、ここで途切れさせるわけにはいかなかった。
「ごめん」
そう思えば、隆之の口からは自然に謝罪の言葉が漏れた。
「少し、浮かれ過ぎた」
「そ、そんなことないですっ。・・・・・すみません、なんか、俺・・・・・融通が効かなくって・・・・・」
初音も、自分が余裕が無いことに気付いている。
こんな具合では何時もっとお互いの心の中に踏み込むことが出来るのだろうかと苦笑が漏れてしまうが、それはけしてあり得ない
ことだとは思いたくない。
(絶対、これから変わるはずだよな)
初音は本当に情けない気分だった。
せっかく隆之が誘ってくれたというのに・・・・・本当はとても嬉しかったのに、素直に頷くことが出来なかった。
それは、彼の正体がばれることによる混乱を避けたいという思いももちろん大きいが、それ以上に大きかったのは隆之のファン
に悪いなという思い。
なまじファンとしての好きの度合いが大きいので、自分だけが隆之と特別な時間を共有するということが、他のファン達に申し訳
なくて仕方が無いのだ。
(早く割り切らなくちゃいけないのに・・・・・)
雑誌記者という立場から考えても、【GAZEL】のことをもっと客観的に見なければならないのに、どうしても個人的に抱いている
思いが消えない。
はあと初音が溜め息をつくと、隣にいる隆之が視線を向けてきた。
「つまらない?」
「あ、いえ、全然」
「そう?」
「た、ただ、こんなとこ面白いのかなって」
「来たこと無いからな。思った以上に色んなものがあって楽しい」
そう言って笑う隆之は相変わらずカッコいいが、その背後の光景を見るとどうしても違和感がある。
(本当にこんなとこで良かったのかな・・・・・)
ブランド店に行くことは取りやめた隆之だったが、それでもまだ少し時間があるのでどこかに行きたいと言い出した。
そんな会話の中に飛び出したのが、
「ヒャッキンって知ってる?」
と、言う言葉だ。
「え・・・・・っと、百円均一のことですか?」
「うん。あそこ、色んなものが揃ってるんだろ?俺、行ったこと無いんだよね」
「ええぇっ?本当ですかっ?」
「うん。初音、付き合ってくれないかな?」
ブランド店から、百円均一。
あまりにも落差があるものの、それでも嫌だとは言えなかった。
それに、ブランド店ならともかく、百円均一の店に【GAZEL】の隆之がいるとは思われないだろう。見つかる可能性はさらに低い
かもしれないと、初音は隆之を連れて店の中を歩いていた。
「これ、本当に全部100円?」
「今は違う値段の物もありますけど、基本的にはそうですよ。・・・・・楽しいですか?」
「うん」
言葉と同様、その表情も本当に楽しそうに笑っていて、初音はドキッと高鳴ってしまう自分の胸を慌てて押さえてしまった。
初めて訪れる店は、本当に凄いなという一言だった。
なまじ、ブランド店には何が置かれているのかは分かるが、百円均一は隆之の想像以上のものがその値段で揃っていて、店の
中を回るだけでも楽しいという気分だった。
「俺、ここに良く来ます。生活必需品が十分揃いますよ」
「うん、そんな感じ」
何気なく言っただけだったが、ここまで連れてきてもらって良かったと思い・・・・・不意に、あっと、隆之の視線が止まる。
「これ、面白いな」
「え?」
「これ、ストラップ?」
食べ物の形や、人形など、様々変わったストラップを見つけた。
「これも全部百円?」
「はい」
「・・・・・ふ〜ん。じゃあ、お揃いで買おうか」
「え?」
「百円だから受け取ってくれるよな?」
そう言いながら隆之が手に取ったのはハンバーガーの形とホットドックの形をしたストラップ。
気になる相手に初めて渡すものがこれでは少し恥ずかしいが、それでも初音はこれだったらきっと受け取ってくれるはずだ。
「ね?」
「・・・・・はあ」
突然のことに初音は目を丸くしているものの、断ることも嫌だとも言うこともない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
多少最初に考えていたこととは変わってしまったが、それでも十分満足できた隆之はそろそろ食事に行こうかと初音を誘い、その
まま2つのストラップを持ってレジへと向かった。
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