Love Song





第 1 節  Lentissimo










 裕人と共にスタジオの中に初音が入ってきた時、既にセッティングされたセットの前でメイクを直されていた隆之は思わず眉を
顰めてしまった。
(泣いた?)
赤くなっている目元と充血した目。明らかに泣いてしまった後という感じの初音を見て、いったい裕人は何をしでかしたのかと衝
動的に問い詰めたくなった。
 「お待たせ〜。お待ちかねの初音ちゃんだよ」
 「ま、真中さんっ」
 「・・・・・」
 「タカ、初音ちゃんに何か言うことがあるんじゃないの?」
 何を企んでいるのか、クスクス笑いながら初音を連れてきた裕人は、自分達を向かい合わせるとさっさと自分の支度をしにス
タジオから出て行ってしまった。
(俺にどうしろって・・・・・)
 「あ、あの、広瀬さん、この間は失礼しました」
 「・・・・・いや、あれは・・・・・」
 「今日は失礼のないように頑張りますので、よろしくお願いしますっ」
 「・・・・・よろしく」
短く答えただけの隆之の言葉に嬉しそうに笑った初音は、隆之から離れて大きな鞄の中から手帳やデジカメなど、取材に必要
な物を準備し始めた。
(・・・・・なんだ、これは・・・・・)
 裕人に対しては、あんなに無防備な表情を晒していたくせに、自分の前に立った途端、仕事上の硬い表情になった初音。
まるで裕人との差を突きつけられたようで面白くなかった。
大体、あの時、カメラマンの男は言ったはずだ。

 「こいつ、本当にあなたのファンで、今日を楽しみにしてたんですよ」

あの言葉をそのままに取れば、初音は自分のファンのはずだ。それならばもっと何か声を掛けてきたり、視線を向けてきたりするも
のではないだろうか?
 「・・・・・」
普段ならば、そんな風にうっとおしい空気が嫌いだと言っているはずの自分の相反する気持ちに、苛立つ隆之はなかなか気付く
ことが出来なかった。



(よ、良かった、ちゃんと謝れたっ)
 取材の準備を続けながら、初音は何とか隆之に前回の失態の侘びが言えた事にホッとしていた。
もちろん、今日は取材という事が一番大きな目的だが、初音の中では謝罪するという事が何よりのヤマだったからだ。
(先に、ヒロに会えて良かった)
 ロビーで裕人に会っていなければ、緊張がピークになってしまい、もしかしたら初音は前回と同じ失敗を繰り返したかもしれな
い。
 「こんにちは」
 「あ!」
 不意に、ポンと肩を叩かれた。
準備を続ける初音に声を掛けてくれたのは太一だ。
 「今日は急に悪かったね」
 「そ、そんなことないです!現場に立ち合わせてもらえるなんて感激ですから!」
 「そう?」
穏やかに笑う太一は、ファンの中で噂されているように、このバンドの大切な癒し系だ。
つられるように笑みを浮かべた初音の耳に、先ほど姿を消した裕人の声が聞こえた。
 「準備、いい?」
 「あ、始まるんですかっ?」
 「みたいだね」
 「あ、あの、じゃあ、後でっ」
 「うん。しっかり取材頼みます」
 「はい!」
 この場には、初音以外外部の取材は入っておらず、慣れた・・・・・しかし、張り詰めた関係者がきびきびと準備を続けていた。
既に隆之はもう歌の世界に入っているようだが、裕人や太一はまだセットの前で談笑している。
(・・・・・カッコいい・・・・・)
 綺麗なのに、男っぽい色気を持つ隆之を、自覚しないままファンの目で見てしまう初音。
すると・・・・・、
 「・・・・・」
 「・・・・・え?」
(こっち・・・・・見てる?)
カメラとは全く別の場所に立っている初音は、なぜか真っ直ぐに自分の方を見る隆之と目が合ってしまった。
それは自惚れでは無い現実で、隆之は視線を逸らそうともせずにじっと初音を見続ける。
(な、なんだろ・・・・・)
先ほどは無愛想だと思える程素っ気無かったのに、今は見つめられている自分の頬が熱くなってくるのを感じるほどに熱いまなざ
しを向けられる。
視線を逸らすことなど許されないような気がして、初音はコクンと唾を飲み込むと、ギュッと目を閉じてしまった。