Love Song
第 1 節 Lentissimo
5
撮影スタッフが慌しく動き始める。
立ち位置や動きの確認などの綿密なリハーサルが始まったのだ。
雑誌記者の初音にとっては、スチール写真の撮影には慣れていたが(それも最近まではそのたびに緊張していたが)、こんな風
に動く撮影は・・・・・それも、【GAZEL】ほどのトップアーティストの撮影に同席するのは初めてで、用意されたイスに座ることも
なくじっと3人を見つめていた。
(なんで・・・・・惹かれるんだろ・・・・・)
カッコいい容姿には憧れる。
詩やメロディーに感情を揺さぶられる。
しかし、その存在がそこにいるだけで、目が奪われてしまうのは、彼らの個々そのままの魅力のせいだろう。
今やファンクラブの会員も100万もの大台に乗ろうとしている彼らにすれば、自分は単なる1人のファンでしかないが、初音に
とっては【GAZEL】は唯一ファンクラブまで入っている、大切で大好きなアーティストだった。
(そういえば、今日はどの曲のPVなんだろ)
あらかじめ聞いていなかったことに気付いた初音は、傍にいたスタッフに声を掛けた。
「すみません、今日の撮影はどの曲なんでしょうか?」
「来月出るアルバムがあるでしょ?それの全曲」
「ぜ、全曲っ?」
驚きのあまり少し大きな声になってしまい、周りから睨まれた初音は慌てて口を噤むとペコペコと周りに頭を下げた。
そうはしていても、今聞いたばかりの話へのショックは抜け切らない。
(全曲にPV作るなんて・・・・・確か12曲だったよね)
音楽雑誌を担当している特権で、初音は既にその発売前の曲を聞いていた。
実は内緒でダビングし、歌詞カードまでコピーして、もう何曲かは覚えてしまっていたくらいだ。
「全部、ですか?」
「ヒロの提案。どれにするか選ぶより、いっそ全部にした方が時間が有効的に使えるって」
「・・・・・」
「あんまりいないよねえ、そういうの」
「は・・・・・い」
「ヒロはこだわるし、多分、完成はアルバム発売と同時くらいになるかなあ」
「・・・・・」
PV・・・・・プロモーションビデを作るには、その作り方に違いはあるが大体が時間もお金も掛かる。
だからか、ほとんどのアーティストはシングル曲に的を絞るのだが、【GAZEL】の場合は違うらしい。確かに資金は心配しなくて
もいいだろうが、分刻みのスケジュールをこなすほどに忙しいはずなのに・・・・・。
「今日は、何の曲を?」
今日1日では1曲も終えないだろうと思いながら聞いてみると、答えは直ぐに返って来た。
「『祈る君』だよ」
「『祈る君』・・・・・」
アルバムの中のバラードだ。もちろん初音は歌えるほどに聞き込んでいる。
(あれを、映像にするんだ・・・・・)
【GAZEL】が新しく作り出す世界をこの目で見れる幸運を、初音はヒシヒシと感じていた。
(何話してる?)
視線の先の初音は、 スタッフの1人と話し込んでいた。
驚いたように目を丸くしたり、嬉しそうに笑ったり・・・・・刻々と表情を変える初音をじっと見ていると、そうさせるのがなぜ自分で
はないのかと思ってしまう。
(俺の、ファンなのに・・・・・)
情けないが、裕人に言われて隆之も初音の事を思い出した。いや、思い出したのは文章だ。
純粋にあなた達の音楽が好きですと伝えてくれた手紙は、まだデビューして間もなくで、それも相手が男の子だったということで
3人で嬉しいなと言い合ったほどだった。
おまけに、その子は自分のファンらしいという事で、隆之はその手紙を自分がもらって・・・・・。
(どこにやったか分からないなんて・・・・・情けないな)
自分達の今の地位を正確に予想していたのかどうかははっきりとはしないが、いずれはこうなるだろうという予感はあった。
それは天才的なアーティストであり、プロデュースの力を持っていた裕人と出会ってからは現実となり・・・・・やがてその地位に追
われている自分に気付いた。
だからこそ、初対面の初音に会った時は警戒して・・・・・いや、それもいい訳かもしれないが。
隆之に余裕がなくなってきたことに気付いている裕人の、これは策略という名の優しさかもしれない。
昔の自分を好きだと言ってくれた初音と出会うことで、確かに自分は再び新鮮な気持ちになれたのだ。
「タカッ、上向いて!」
監督の声に、隆之は流れるように上を向く。
今までは芝居としてやっていた行為が、なぜか今日は自然に出来た。
「ヒロ、右!」
まだ、音楽を流す前のリハーサルのようなもので、裕人は監督の言う通りに動きながらも側の隆之に話し掛けてきた。
「どう?会ってみて」
「・・・・・別に」
「そうは見えないけど」
「・・・・・なんだよ」
「照れてるタカも可愛いと思って」
「・・・・・」
何を言っても、裕人の頭の中では自分の都合のいいように変換されてしまうのが分かるので、隆之は僅かに眉を顰めたままで
言い返しはしない。
そんな時。
「そろそろ始めるぞ!」
本番を告げる監督の声に、隆之はもちろん裕人の雰囲気も一瞬の内に変化する。
そこには、絶大な人気を誇る【GAZEL】のメンバーがいた。
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