Love Song
第 1 節 Lentissimo
7
丁度その日はスタッフ達との慰労会も兼ねていたらしく、集まったのは30人もの大所帯だった。
その中で第三者的な存在はやはり初音だけで、都内の有名な中華料理店の中に足を踏み入れた瞬間、初音は回り右をし
て帰りたいとまで思ってしまった。
しかし、初音の後ろにはなぜか隆之がいて、足が止まってしまった初音を無言のまま見下ろす。
「・・・・・」
「・・・・・」
じっと見つめられると、強張った愛想笑いを向けることしか出来ず、結局初音は個室の中のメンバーがいるテーブルに座らせら
れた。
「わ、私、向こうでいいですけど」
「君は僕らが招待したお客様だから」
裕人はにっこりと笑って初音の意見を却下した。
「へ〜、じゃあ、最初は女性誌の方へ行ったんだ?」
「はい。一応音楽誌の方に希望はしたんですけど空きがなくて。もう、一杯色んなことを知りました」
初めはさすがに緊張してなかなか話せなかったらしい初音も、話し上手の裕人と聞き上手の太一のおかげか、次第に口調も
滑らかになっていった。
本当に本を作ることが好きらしく、目を輝かせてはその工程を話す初音は、何時しか自分の事も余所行きのような『私』ではな
く、『俺』というように変化してきた。
「で、僕達のファンになってくれたのはどうして?」
隣で話を聞いていた隆之は、次から次へと与えられる初音の情報に耳を傾けていたが、肝心ともいえるその問いに何と答える
のか興味があって、チラッとその横顔を見つめた。
「え、え〜と」
「ん?」
「ほら、話して」
「あ、はい」
さすがに恥ずかしいのか初音は少し顔を赤くして、思い出すように空を見上げながら口を開いた。
「最初は、別のCDを買いに行ったんですけど、一押しって感じで【GAZEL】のCDが並んであって・・・・・試しに試聴してみた
んです。そしたら俺、恥ずかしいんですけど泣いちゃって」
「え?」
隆之だけではなく、裕人も太一も思わずといったように身を乗り出した。
「何の曲?」
「『【GAZEL】』の『恋が降る日』」
「バラードか」
「あれ、タカが作詞したんだっけ?」
「・・・・・ああ」
(あの歌を聴いて・・・・・)
それはデビューアルバムの一番最後の曲だった。
シングルではなくアルバムでデビューした【GAZEL】は当初からその特異な音楽性とずば抜けたスター性で直ぐに注目を浴びる
ようになったが、隆之は初めボーカルは嫌だと言っていた。
自身が目立つことが嫌いで、表に立つのは裕人が一番適任だと思っていたのだ。
それでも周りに押され、隆之はマイクの前に立った。
人からは甘く記憶に残る声だと言われ、トントン拍子にデビューまで決まったが、それでも隆之の中には迷いがあった。
そんな時、裕人が曲を作って渡してきたのだ。
「これ、絶対タカの言葉が合うと思うから」
それまではほとんどの作詞作曲は裕人自身が担当し、デビューアルバムも録音は既に終わっていた。
今更と思いながら耳にしたその曲で・・・・・なんと、隆之は涙を流してしまったのだ。
それほどに綺麗で透明な音に、自分の言葉をのせたくなって、一晩で書き上げたのが『恋が降る日』。まだ出会っていない自分
の大切な人に向かっての思いを綴ったその詩を見た瞬間、裕人は差し替えを決定した。
【GAZEL】が初めてトップに立ったのは2枚目のアルバムとシングルからで、それ以降は誰もが知っているほどの人気と知名度
を誇っているが、隆之にとっては派手で目立つ曲ではないこの歌が一番思い入れの深い歌だった。
「すっごく綺麗な歌で。曲も歌詞も素敵で、でも両方が合わさったらもっと綺麗になって・・・・・それで、アルバムを買ったんです。
それからはもうファンで」
「そっか」
「ライブではなかなかやらないですよね?どうしてですか?」
「ん〜、あれはテンションがいるから」
裕人は隆之を見て言う。
「バラードなのに?」
「だからだよ。僕達にとっても思い入れのある歌だし、一番いい状態でやりたい曲でもあるしね」
「へえ」
「・・・・・」
(嘘吐き)
あれは、あれだけは人前で歌いたくないと隆之が言ったせいでやらないだけだ。
裕人も太一も、反対をしているわけではない。
「やっぱりそんなこともあるんですね〜」
そんな事情を知らない初音は、感心したように頷いている。
「・・・・・そんなに好き?その曲」
思わずそう言った隆之に、初音は躊躇い無く頷いてみせた。
「大好きです」
「・・・・・」
『出会ったら分かる 自分にとって大切な誰か』
フレーズが頭の中に鮮やかに浮かび上がる。
あの曲を聴いて泣いたというこの青年には聴かせてやりたい・・・・・隆之は唐突にそう思った。
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