Love Song
第 1 節 Lentissimo
8
初音は写真を見ながらぼんやりと考えていた。
(今考えても夢みたいだ・・・・・)
ずっと憧れていた【GAZEL】と会い、生歌を聴いて、その上食事をしたなど、少し前だったら考えもしないことだった。
諦めずに音楽誌の方への転属を願い続けて良かったと思う。
「どうだ?記事は」
そこへ、カメラマンの木下が別の仕事を終えて顔を出した。
あの時の取材を一緒にした木下も、その後のことが気になっていたようだ。
(この写真見ればそう思うだろうなあ)
並べられた写真の中にいる隆之はどのシーンでも不機嫌そうだ。普段からあまり愛想が良くないと言われているので、もしかす
るとこれが普通なのかもしれないが。
「何か、思い入ればっかり強くて・・・・・困ってます」
「まあ、仕方ないよな、長い間ファンだった奴に会えたんだからさ」
「木下さんもありました?」
「ああ、舞い上がってピントが合わなくってさ。撮り直しを頼むのが恥ずかしかった」
「へえ」
初音からすれば大ベテランの木下にも失敗があったのかと思うと少し気が楽になった。
もしかしたら初音を元気付ける為の出まかせかもしれないが、それでも気を取り直して原稿を書く気も起きる。
「よしと、じゃあ、頑張って書いちゃいます」
「おお、頑張れよ」
「はい」
張り切って頷いた初音が再び写真に目を落とそうとした時、机の上に置いた携帯が鳴った。
ぱっと番号を見たが、見たことも無い番号が出ている。
(間違い電話?)
「・・・・・はい?」
相手が誰だか分からないまま不思議そうに出た後、
「・・・・・あ」
思い掛けない人物の声が聞こえた。
遅々としてしか進まないPVの撮り。
しかし、私生活でのノリと腰の軽さの反面、仕事面では細かいところまで拘る裕人のやり方に慣れているメンバーとスタッフに焦
りはあまり無い。
手を抜いて期限に間に合わせるよりも、多少延期しても最高のものを見せたいのは誰しも同じ考えだ。
それでもこんな風に自分達の優位に出来るようになってからはまだそれほどに年月は経っておらず、デビューした当初は意に沿わ
ない仕事も多くこなしてきた・・・・・今の立場はその結果の上に立っている。
「あ、もう7時か」
午後7時。
昼前から始まった撮りは、隆之の声の調子も良くて順調に行った方だ。
「もう少しやる?」
解散にはまだ早いかと思ったらしい太一が言うと、なぜか裕人はちらっと隆之に視線を向けてから笑った。
「ん〜、今日はこれで終わりにしよっか」
「もういいの?」
「タカ、この後暇?」
「え?」
急に話し掛けられた隆之は途惑った。
確かに【GAZEL】はバンドの中ではメンバーの仲はいい方で、食事や飲み会も頻繁にある。
しかし、つい3日前に食事は行ったばかりだ。
(・・・・・あ、あの子も一緒だったか)
隆之は初音の事を考えた。
初対面での自分の態度のせいで、どうしてもオドオドと怯えがちだった初音の気持ちをやわらげたのは裕人だった。
裕人が柔らかい口調で途切れることなく初音に話題を提供し、初音もだんだん緊張がほぐれてきて色々なことを話してくれた。
その中では隆之のファンだというようなことを言っていたが・・・・・。
(実際に会うと気持ちは変わったかもな・・・・)
外見と内面が違い過ぎるとよく言われる隆之。
外見はクールだが遊び慣れている大人の男というイメージだが、隆之の内面は驚くくらい真面目で硬派だ。
遊ぶだけでは誰かと寝たりしないし、もちろん今までファンの子をくったことも無い。
反対に、裕人などは話しやすい見掛け以上に遊んでいたが、別れるのも上手なので恨まれることは無いようだった。
そして、一番親しみやすい太一は・・・・・現在進行形で結構長い恋人がいる。
時折、裕人や太一を羨ましく思うが、器用ではない自分は遊びも本気も上手には出来ないと分かっているので、今のところ
隆之は恋人を作る気は無かった。
「デートは無いよね?」
「・・・・・悪かったな」
「悪いことは無いよ。スキャンダルは無いにこしたことはないから。まあ、スキャンダラスなバンドっていう売りも面白いかもしれない
けど、メグちゃんが妬きもち焼きそうだもんね〜、太一」
「んー、ノーコメント」
本命の彼女の名を出され、太一は苦笑して流す。
「・・・・・で、デートが無かったら何?」
「僕とデートしない?」
「・・・・・ヒロと?」
自然と、訝しげな口調になった。
「何企んでるんだ?」
「そんなの、僕だって何時も考えてるわけ無いよ」
「・・・・・」
「ね、付き合ってよ」
「・・・・・」
嫌な予感がする。それは、裕人が何の意図も無いことが今までに無いからだ。
それでも結局押し切られてしまうことも分かっているので、せめてもの反抗にと隆之はわざと大きな溜め息をついてみせた。
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