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3両目の寝台列車は異様な雰囲気に包まれていた。
それは、中に乗っている者達の格好が普通ではないということもあるが、それ以上にその容姿が明らかに日本人ではない者達ば
かりだったからだ。
「なぜに私がこのような面妖な箱の中に乗りこまなければならないのだ?」
「アルティウスったら、もう何度も言ったよね?僕の世界の乗り物に乗ってゆっくりとみんなと話すんだって。だから、ここの空間だけ
言葉も共通してるんだし・・・・・喧嘩なんてしないでね?」
「そなたが側におるのに、好んで争いなどせぬ。無論、相手がそなたに手を出すような事があれば容赦はせぬが」
「ぼ、僕なんかに手を出す人なんていないってば!」
杜沢有希(もりさわ ゆき)は、自分の夫であるエクテシア国の若き王、アルティウスの言葉に顔を赤くした。
普通の日本の高校生だった有希が、不思議な力に導かれて異世界であるエクテシア国に飛ばされてどのくらい経ったか・・・・・初
めは帰りたいと嘆いてばかりだった有希も、強引でありながら真っ直ぐな愛情を向けてくれるアルティウスを何時しか愛するようにな
り、結果、男でありながらアルティウスの妻、エクテシア国の王妃となった。
今の生活に不満など感じないほどにアルティウスに愛してもらっているが、やはり日本を恋しいと思う時もある。だから、今回の招
待状は思いがけずに嬉しく、こうしてやってきたのだが。
(アルティウスには刺激が強かったかも・・・・・)
アルティウスの生きる世界には、当然のことながら列車などない。
四角い部屋がそのまま動く事など信じられないのだろうが・・・・・と、有希がどうやってアルティウスを宥めようかと思った時、
「有希!」
部屋の中に、元気な声が響いた。
「やっぱり来てたんだ!」
部屋の中にいた有希を見て、嬉しくなった五月蒼(さつき そう)は、次に視界に入ってきたアルティウスを見て眉を顰めた。
一緒にいるとは思ったが、面白くなさそうな顔のアルティウスを見れば、自然と蒼も臨戦態勢になってしまう。
「アルも来てたんだ」
「私がユキを1人でなど寄越すはずがないであろう。お前こそ、まさか1人でノコノコと・・・・・」
「それこそ、私がソウを1人にするわけが無いでしょう、アルティウス王」
「シエン」
蒼は、大好きな声に思わず振り向いて笑顔を向けた。
不思議な力によって不思議な世界、バリハン王国に飛ばされてしまった蒼だが、そこの皇太子であるシエンと時間を置くこともな
く恋に落ちてしまった。
優しくて、カッコ良くて、頭が良くて。元の世界に帰れないという寂しさよりも、この人の側にいたいと強く思える相手に出会った自
分はとても幸せだと今では思っている。
そんな蒼は、同じ様に不思議な世界に飛ばされてきた有希を知り、実際に会うとたちまち意気投合して仲良くなった。
ただ、その有希の夫であるアルティウスとはどうしても合わないのだが・・・・・どうやら、シエンや有希は、意外と気が合っているので
はないかと思っていることを蒼は知らなかった。
「絶対に有希は参加してるって思ってたんだ」
「僕も、蒼さんと会えれば嬉しいなって」
「へへ、同じ気持ちだったんだ」
蒼はそう言って笑うと、今だ顔を顰めているアルティウスに視線を向ける。
「アルも、あんまり怒りっぽくならない方がいいぞ。こんな時くらい何も考えないでぱーっと楽しまなきゃ」
「・・・・・こんな怪しい箱の中にいて、そんなに暢気な事を考えるのはお前くらいだろう」
「アルティウス王、ここでは危険は絶対に無いのだし、割り切って楽しまれたらいかがです?ソウやユキ殿の世界の事を知る良い
機会かもしれませんぞ」
「・・・・・お前もソウの暢気さに感化されたな、シエン王子」
「・・・・・頭固い奴」
「ソウ!」
「ア、アルティウス、怒んないでっ」
慌ててアルティウスを宥める有希を見つめながら、蒼は自分の夫が臨機応変な考え方の出来るシエンで良かったとしみじみ思っ
た。
光華国の4兄弟と、その伴侶(予定も含めた)の合計8人は、広い部屋で久し振りに再会していた。
特に、蓁羅へ1人だけ行っている第三王子莉洸の姿に、その兄弟達だけではなく、長兄洸聖の許婚、悠羽も、第二王子洸竣
の想い人、黎も、歓声を上げて再会を喜んだ。
「元気そうで良かった!ねえ、洸聖様っ」
「ああ。痩せ細っておったら、稀羅王にきつく申し入れをするつもりでいたが・・・・・どうやら杞憂に終わったようだ」
そう言った洸聖が稀羅を睨んだが、自分に対する莉洸の想いに自信を持っている稀羅は怯む事は無かった。
「莉洸は既に我が妻と同様。心配は無用だ」
「・・・・・まだ、婚儀は挙げていないだろう」
「身も心も、もう我が物だ」
「何っ?」
「兄上、莉洸のことは諦めた方がよろしいですよ。好き合った者同志、側にいるのならば手を出してしまっても仕方がないでしょ
う・・・・・ねえ、黎」
「こ、洸竣様」
告白はしているというのに、今だ黎の頑なな拒絶の為に容易に口付けも出来ない洸竣。それでもそれまでの、兄弟の中では一
番豊富な色恋事から意見を述べた。
洸竣としても可愛い弟の莉洸を、未知の国である蓁羅の、それもかなり年上になる男に嫁がせるのは面白くは無いが、自分自
身身分など関係なく、少年の黎に恋をした今では、人の色恋に文句など言えなくなっていた。
「稀羅王は優しくしてくれますか?」
そんな中、素朴な疑問だが、それでも一番肝心なことを聞いた悠羽を凄いと思った者は何人いるだろうか。
言われた莉洸は顔を赤くしてなかなか答える事が出来ない様子なので、悠羽は稀羅の方を振り返った。
「稀羅王、莉洸様を大切にして頂いていますか?」
「無論だ。私が望んだ花嫁だからな」
「稀、稀羅様っ」
「悠羽殿は凄いね」
「え?洸竣様、それってどういうことですか?」
「稀羅王と堂々と渡り合えるのは悠羽殿くらいかな。我が国の親善大使になって頂いた方がいいんじゃない?兄上」
「悠羽は光華国の外にはやらんっ」
言い合う兄達をじっと見つめていた洸莱は、少し離れた場所で皆の話を聞いているサランの側に行く。
「・・・・・」
「・・・・・」
何を言うでもなく、ただ隣に腰を下ろす洸莱をちらっと見上げたサランは、そのまま視線を悠羽へと戻す。
それでも身体が避けようとせず、そのままじっとそこにいるサランに十分満足して、洸莱は賑やかな兄弟の談笑(?)を静かに見つ
めていた。
古都千里(こみや ちさと)は、懐かしい日本の街並みを見て思わず溜め息を付いていた。
(このままこっちに帰れないのかな・・・・・)
ここまで来て、こんな列車に乗れるくらいで、このまま家に帰れれば何の問題もないのだが、招待状にはこの列車に乗る一時だけ
の帰国としか書かれてなかった。
それに・・・・・。
「・・・・・」
千里の目の前には、とても現代の日本では考えられないような服装の人物がベッドに腰掛けている。
この男にとっては信じられないような風景のはずなのに、表情的には何時もと変わらない気がした。
(・・・・・一応、声を掛けないと駄目かな)
この列車に乗る事を一応許してくれたのだ(そもそも許しがいるのが面白くないのだが)、千里はチラッと男を見て言った。
「彰正(あきまさ)、変な感じ?」
「何がだ」
「ここが、未来の日本だってこと」
「私が統治する世の遥か未来を見るのはなかなか面白い。それに、ちさとが機嫌良く私の側にいることも嬉しいしな」
「・・・・・」
(こ、こんな時に言うことじゃないだろっ)
この男、千里は彰正と呼び捨てにしているが、本来は昂耀帝(こうようてい)という、平安時代の日本に似た(千里も詳しい知
識が無いので自信が無いが)世界の帝という立場の男だ。
訳が分からないままそんな不思議な過去の時代に迷い込んだ千里を、強引に抱いて自分の妻としようとしているこの男に対して
は不満しか持っていないのだが、心のどこかで気を許し始めている自分がいることも感じている。
誰も味方がいない不安な未知の地で、情熱的に自分に愛を告げる傲慢なこの男に、少しだけでも手を伸ばそうとしている自
分が嫌だった。
「ちさと」
「・・・・・何」
「この乗り物は何の力で動いているのだ?」
「何って、電気と・・・・・って、分かんないか。不思議な力で動いてると思ってればいいんじゃない」
そう言うと、千里は昂耀帝からわざと視線を離して再び窓の外を見つめた。
「タマの国かあ。出来ればこの箱の外に出たかったな」
「そんなの駄目だって!招待状には書かれてなかったんだし!」
「まあ、それは今回諦めるしかないだろう。それよりも誰も邪魔者がいないこの場所でタマと2人きりってとこもいいし」
水上珠生(みなかみ たまき)はヌケヌケと恥ずかしい事を言うラディスラス・アーディンに対してとっさに文句を言ったものの、顔が
熱くて仕方が無かった。
ラディスラスのいい加減な軽い言葉には慣れているはずなのに、異世界で聞くのと、自分が日常を過ごしていたこの日本という地
で聞くのとは訳が違うようだ。
(う・・・・・恥ずかしい)
「と、とにかく、俺は久し振りの日本の風景を堪能したいんだからねっ?」
「この寝台、寝心地がいいな」
「はあ?」
「2人で寝るのには十分な広さだし、柔らかさも気持ちがいいし・・・・・タマ」
「うわっ!」
いきなり腕を引っ張られた珠生はそのまま、列車の中にあるベッドとしてはかなり広いそれに仰向けに押し倒されてしまった。
あまりに突然な事にされるままだった珠生は、真上から自分の顔を見下ろしてくるラディスラスに強張った笑みを向ける。
「な、何?」
「このまま、楽しい事をしないか?」
「た、楽しい事って・・・・・」
「タマの身体が喜ぶ事」
もちろん俺の身体もなと言いながら笑うラディスラスに、チュッと軽く口付けをされた珠生は、ようやく体のこわばりが解け、
「このエロオヤジ!」
そう叫びながら、ラディスラスの腹を膝で蹴りつけた。
「痛・・・・・っ」
「自業自得!」
こんな場所で何を考えているんだと思いながらも、一瞬受け入れようとした自分の身体が信じられない。あの異世界ならばとも
かく(そう考えるのも嫌だが)、日本では絶対にエッチな事はさせないぞと、珠生は荒い息の中憤然と決意していた。
行徳昂也(ぎょうとく こうや)は、チロッと自分の目の前に座る男を見る。
(何で、俺、こいつと一緒にいるんだろ?)
絶対に人選ミスだと思った昂也は、ここにいるのが江幻や紫苑だったら楽しかったのにと考える。蘇芳も、意外にこの状況を難な
く楽しみそうな感じもするが、あの男は少し気を抜くとエッチな事を仕掛けてくるので、ベッドがあるこんな場所で2人きりになるの
はとんでもない事だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(目くらい、開ければいいのに)
人間界に来ることが決まって、何時の間にかこの列車の中に案内された時から、目の前の男、竜人界の皇太子で、次期竜
王となる紅蓮はずっと目を閉じたままだ。
そんなに、見るだけでも人間界が嫌いなのかと寂しくも思うが、しばらくは(広いとはいえ)この列車の中の部屋で2人なのだと思
うと、このままではあまりにも味気無い気がした。
「なあ、グレン、ちょっとは目を開けたら?」
「・・・・・」
「コーゲンの玉を使わなくったって会話が出来るんだからさ、こういう機会にお互いの事をもっと・・・・・」
「こんな所でまで江幻の名を言うな、不愉快だ」
「何だよ、それ!俺にとっては、あんたよりもコーゲンの方が頼りになるんだから、名前も言っちゃってもしかたないだろっ」
「そんな言葉で済ませるとは、人間というものは底の浅い生き物だな」
「・・・・・ムカツク!」
普通に会話が出来たとしても、やはり紅蓮とは話が噛み合わない。最初から敵意を含んだ眼差しで見ている相手と、偏見も
無く接してくれて助けてくれる相手とでは向ける思いも違うのが当然なのに、紅蓮はそんな事も分からないのだろうか。
(そっちこそ、何でもかんでも人間というものはって・・・・・ワンパターンなんだって!)
本当は思いっきり面と向かって文句を言いたいが、日本人の性なのか場の空気というものをどうしても考えてしまい、昂也は口の
中でブツブツ言いながらも再び窓の外へと視線を向けることにした。
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怪しいファンタジー部屋御一行の車両。
これからどうやって絡ませるんでしょう(汗)。あ、もちろん、ファンタジー部屋の中でだけですが。