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列車が動き出した。
初めはそれぞれの部屋に落ち着いたが、真琴は直ぐにソワソワとし始めた。
(落ち着かないのか)
真琴が何を考えているのかは、海藤には良く分かる。まだ夜とは言えない時間、自分と2人きりの時間を過ごすよりは、友人達
と賑やかに騒いでいた方が楽しいのだろう。
「真琴」
「あ、はい」
急に名前を呼ばれた真琴が慌てて振り向いた姿に笑みを誘われたまま海藤は言った。
「この部屋に呼べばいい」
「え・・・・・」
「俺は構わないぞ」
「・・・・・ありがとうっ、海藤さん!」
早速立ち上がった真琴は部屋から出て行きかけたが、何を思ったのか引き返してくると、椅子に座っている海藤の前に立ち、い
きなりギュッと首に抱きついてきた。
「大好き、海藤さん」
「真琴・・・・・」
「行ってきます」
それは一瞬の事で、照れてしまったのか真琴は直ぐにドアを開けて外へと出て行く。
その後ろ姿を見送りながら、海藤は軽く自分の肩に触れて・・・・・笑みを零した。
太朗達を呼びに行こうと思った真琴は、部屋から出た途端誰かにぶつかって身体が後ろにひっくり返りそうになってしまった。
「うわっ」
「あ!」
しかし、その身体が床に倒れることは無く、誰かがとっさに真琴の腕を掴んで助けてくれる。
とっさの事に一瞬目を瞬かせてしまった真琴は、直ぐに自分を助けてくれた相手に視線を向けて礼を言った。
「ごめんなさいっ、俺、全然前を向いて無くってっ」
「こっちこそごめん、大丈夫だった?」
目の前にいたのは、茶髪にピアスをつけた、野生的な美貌の男だった。真琴はぶつかったのはその男かと思ったがどうやら違って
いたようで、同時にその後ろに同行者がいるのも見えた。
「今のは大輝(だいき)が悪い。ちゃんと前を見て歩かないからだぞ」
「ご、ごめん、廉(れん)ちゃん、壮(そう)ちゃん」
「ぶつかった人に謝らないと」
「う、うん、ごめんなさい」
「あ、ううん、俺も前を見ていなかったから」
そう言いながらも、真琴は何度も視線を動かさなければならなかった。
(お、同じ顔?)
自分を支えてくれた男とは違い、もう1人の男は黒髪で眼鏡を掛けていたが、その顔の作りは驚くほどそっくりだ。
そして、その男の側には、多分太朗と同じか、それよりももう少し幼い感じの少年が立っていて、申し訳無さそうに真琴に頭を下
げてきた。どうやらこの少年と真琴がぶつかったらしい。
「本当にごめんね」
「気を付けて」
口々にそう言いながら、2人の男は少年を間に挟んで歩き始めた。
「あんまりはしゃぎ過ぎるなよ、大輝。お前、はしゃいで疲れるとすぐ寝ちゃうし、そうなったら俺達と過ごず夜の時間が無くなる」
「そうだ、大輝。お前は俺達に付き合ってもらわないといけないんだぞ」
「分かってるって!でも、こんな列車に乗るなんて初めてだからっ」
話している雰囲気だけを聞けば、歳の離れた兄弟なのか、それともごく仲の良い友人なのか。
どちらにせよ、1人の少年を守るように2人の男がいるということだ。
(あんな子達も乗ってるんだ・・・・・)
もしかして、自分の知らない乗客がまだたくさん乗っているのかもしれなかった。
「結構、金持ちが乗ってるみたいだよ、紘一(こういち)さん」
「その言い方、下品だぞ、相馬(そうま)
「は〜い、ごめんなさ〜い」
本当に分かっているのかと、紘一はもう一度注意をしておこうと思ったが、あまりにも嬉しそうな相馬の顔を見ると、あまり口煩く
言うのも可哀想な気がした。
(最近は真面目に働いていることだしな)
ホストクラブ、『ROMANCE』の現No.1としての自覚も備わり、今や不動の地位にしつつある相馬。どんな金持ちの客も、若く
魅力的な客にも本気にはならず、同性で年上の自分に一途な愛情を向けてくる男。
強引に体の関係を持たされてしまったが、紘一はいずれ相馬も自分の思いの不毛さに気付くだろうと放っている。
それでも、何度も何度も好きだと言われると・・・・・。
(いや、そんなの気のせいだ、うん)
「ねえ」
「うわっ」
声を掛けられて顔を上げた紘一は、思った以上に近くにあった相馬の顔に驚いて思わずのけ反る。
その反応に、相馬は面白く無さそうに唇を尖らせた。
「なんだよ、そんな態度とらなくったっていいだろ」
「あ、ああ、ごめん、ごめん」
紘一は誤魔化すように笑うと、ポンポンと相馬の頭を撫でてやった。
(寝台列車かあ〜・・・・・ふふ、何だか淫靡な響きよねえ)
綾辻はほくそ笑みながら通路を歩いていた。
本当は一刻でも早く、自分と倉橋用に宛がわれた部屋に閉じこもっていたいのだが、真面目な彼は各部屋を回って何か不審な
物はないか、用はないかと動き回っている。
今回は自分達も招待される側で、人の世話などしなくてもいいのに・・・・・これはもう、倉橋の性格だから仕方が無いだろう。
「あ」
「これは」
向かいの通路からやってきた男・・・・・小田切は、綾辻の姿に頬を緩めた。
「ようやく会えましたね。あなたがいないとは思いませんでしたが」
「こっちこそ。あら、今回はワンちゃんが一緒?」
小田切の後ろにいた宗岡は、綾辻に向かって小さくお辞儀をすると大きな身体を華奢な小田切の後ろに隠した。
直接会ったことがあるのは過去に数回、それもちゃんと言葉を交わすというよりは目線を交わすだけの事が多かったが、どうやらこ
のワンコは自分のことが苦手らしい。
(ご主人様と一緒の苛めっ子体質が分かるのかしら)
少しからかってやりたい気もするが、小田切がいるこの場でそんな事をするほど綾辻も命知らずではない。倉橋に変な手を出
されないようにする為にも、ワンコには余り触れない方がいいような気が(自己防衛が働いたのか)していた。
「この後の温泉旅行にも」
「もちろん、同行させます」
「別の車両に警視庁の警部さんがいましたよ。一応、会わないようにしておいた方がいいんじゃないかしら」
「分かりました。ご忠告感謝します」
警視庁と聞いても全く動揺した風も見せない小田切に、彼は当然同行者については調べているんだなという事が分かった。
(これも、余計なお世話みたいね)
「じゃあ、また後で」
「いい旅を」
にっこりと笑って言う小田切に、綾辻も負けない笑顔で応えた。
他の組の人間に挨拶に行ってくると伊崎が出て行って、そろそろ15分。
楓は眉を顰めて窓の外の流れる風景を見つめていたが、どうにも我慢出来なくなって立ち上がった。
「遅い!」
(俺には1人で部屋から出るなって言ったくせに、自分は勝手に動き回って!)
楓も子供ではなく、ヤクザの世界の上下関係は分かっているつもりだ。今回は日向組よりも上の位置にある組関係の参加者
が多く、幾ら無礼講とはいえ挨拶だけはしておかなければならないという伊崎の気持は理解出来るものの、1人で放っておかれて
楽しいわけがない。
「・・・・・よし!」
楓は立ち上がった。
この部屋からそう遠くない真琴か太朗の部屋へ遊びに行くことを決め、わざと置手紙もしないまま部屋を出て行くことにする。少し
でも自分に心細い思いをさせた伊崎への意趣返しだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
部屋の外の廊下には、幾人かの客が大きな窓から外の景色を楽しんでいる。
その中に、どこかで見たことがある顔があった。
「・・・・・」
(どこで見たんだろ)
「わ・・・・・」
(芸能人みたいだ)
郁は向かいから歩いてくる人物を見て思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
多分・・・・・男だと思う、中世的なその容貌はけして頼りなげなという感じではなく、きっちりと一本線が入った鮮烈な印象だ。
芸能人にもこんなに美しく整った容貌と存在感の人物はいないなと思いながら、思わず隣でのんびりとコーヒーを飲んでいた日高
の腕を掴んでしまった。
「日高さんっ、前っ、前見てくださいっ」
「ん〜?」
「ほら、すっごく綺麗な人ですよっ」
声を潜めているつもりだが、興奮のせいかどうしても声は大きくなってしまう。
そんな郁の言葉に何気なく視線を向けた日高も、さすがに目を見開いて口笛を吹いてしまった。
「・・・・・」
その態度に何かを感じたのか、綺麗な青年は眉を顰めてきつい視線を向けてくる。その仕草もまるで流れる絵のように美しくて、
郁は謝ることも忘れて見入ってしまった。
「・・・・・ねっ?」
「ああ、確かに結構な美人だな」
声優というジャンルながら、一応芸能界の端にはいる郁は、綺麗な芸能人というのにも会ったことがある。確かに皆選ばれてテ
レビに出ているので綺麗なのだが、どこか人工的な美しさと感じてしまうところもあった。
しかし、今すれ違った青年は天然・・・・・その存在自体が眩しい。
「一般人ですよね?あんなに綺麗な人っているんですねえ〜」
「まあな。でも、俺は可愛い方が好きだけど」
「え?」
「抱きたいって思うのは、目の前の子だな」
「・・・・・っ」
(こ、こんな場所で何言うんだろっ)
とても同じ日本人とは思えない日高のアプローチに、郁は慌てて赤くなった顔を背けるしか出来なかった。
「お腹すいちゃったな〜」
「何か持って来させるか」
「ううん、俺、自分で行く!」
大人しくしているのにも飽きていた太朗は、上杉にそう言うとさっさと部屋から出て行った。
とにかくこの車両の中でなら自由に歩いてもいいという許可は貰っていたので、太朗は弾んだ足取りで通路を歩く。
「・・・・・あ、どっちに行こう?」
食堂車があるとは聞いていたが、それが前後のどちらかなのか聞いていなかった。思わず立ち止まってどうしようかと視線を彷徨わ
せていた時、
「あ、あの、どうかしましたか?」
掛けられた声に振り向いた太朗は、そこにいた自分と同じ年頃の少年に思わず頬を綻ばせかけたが、その後ろに視線を向けた
途端、思わず、
「が、外人っ?」
と、典型的な日本人の叫び声を上げてしまった。
褐色の肌に、意思の強い深い海の色の瞳。その容貌は若々しく、そしてエキゾチックな美貌の主・・・・・明らかに外国人だ。
「え、えっと、あ、アイアム・・・・・」
「日本語は分かるよ、ボーイ」
「・・・・・」
いかにも外国人な外見からは考えられないような流暢な日本語。そういえば、アレッシオもイタリア人なのに日本語が完璧だ。
(お、俺って負けちゃってる・・・・・?)
最近の外国人は日本語も勉強してるんだなと、いまだ英語の成績が地を這っている太朗としては、なぜか勝負もしていないのに
完敗した気分になってしまった。
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ヤクザ部屋と社会人部屋混合の話。今回は社会人部屋の短編、「reset」と「恋愛の正三角形」の方々も登場です。
次回はまた、怪しいファンタジー部屋車両へ(苦笑)。