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ラディスラスは恐ろしい勢いで流れる外の風景を見つめながら、世の中にはこんなにも早く走れる乗りものがあるのだなと感心し
ていた。
普段、珠生が話す言葉の端々には余り文明に付いてのものがなかったので、こうして自分の目で確かめる事が出来るのはいい
機会だと思う。
「ん?」
そんなラディスラスの目に、変わった服を着た人物が映った。
身体にピッタリとした上着は踵近くまである長さで、寒いのではないかと思ってしまうほど薄い感じだ。華奢な手首と首に輝く宝飾
を身に付けているが、目利きと自負するラディスラスから見ても相当な高いものだろう。
そして・・・・・その容姿は、かなり美人だ。黒髪は肩くらいの長さで揃えてあり、濡れたような黒い瞳と合わさって神秘的な美しさに
見えた。
「1人で大丈夫か?」
「え?」
いきなり声を掛けたラディスラスに、その人物・・・・・どうやら男らしいが・・・・・戸惑ったような視線を向けてくる。
ラディスラスは安心させるように笑い掛けた。
「美人が困っていると助けたくなるんだ。1人でこんなとこにいて、いったいどうしたんだ?」
「あ、いえ、僕は今・・・・・」
「ユキ!」
「あっ」
「?」
威圧感のある声に振り向くと、1人の男がズカズカとこちらに向かって歩いてきていた。
長い黒髪をたなびかせ、しなやかな筋肉を見せ付けるような薄着ではあるが、身に付けている装飾はどれも高価そうな物で、この
男が高い身分の人物なのだろうという事は直ぐに分かった。
「ソウの空腹の為にそなたが動くことはないであろうっ。こんな怪しい男になど掴まりおって!」
「・・・・・」
(そっちも、十分に怪しそうだけどな)
言葉遣いからして、どうやら男は身分の高い、多分貴族か王族だろう。
綺麗な少年を乱暴に抱き寄せた男は、見下すような目でラディスラスを見つめてきた。
「ユキに何用だ」
「何用って、ただ困ってたみたいだから声を掛けただけだが」
「・・・・・本当か?ユキ」
「うん。食堂車・・・・・えっと、食事を出してくれるところがどこだったか分からなくなって・・・・・心配掛けてごめんなさい、アルティウ
ス。でも、この人は親切に声を掛けてくれただけで、僕に何かしたってことはないんだよ?あの、いきなり怒鳴ってすみません。彼、
心配性なので・・・・・」
「君が謝ることはないって。まあ、保護者が来たんなら問題はないだろうし」
「私は保護者ではない。この者の伴侶だ」
「・・・・・伴侶って、結婚・・・・・してる、とか?」
「お前に言う必要はないであろう。行くぞ、ユキ」
「あっ・・・・・ごめんなさいっ」
あっという間に立ち去っていく2人を見送りながら、ラディスラスはほっと溜め息を付く。
(あんな男が側にいたんじゃ大変だろうな〜)
妬きもちやきの男は情けないなと、まるで人事のように思ってしまった。
(うわ・・・・・あんな顔、俺見たことないぞ・・・・・)
こっそりと、小さな覗き穴から中を覗いていた昂也は、目の前の光景が信じられなかった。
これは夢ではないのかと、もっとよく見ようと背伸びをした時、
「おい」
ぽんっと肩を叩かれた昂也は、思わずビクッと身体を揺らして振り返る。
そして、そこに立っていた相手を見て飛び上がった。
「トーエン!」
「昂也っ」
久し振りの再会に、昂也はまるで猿の子供のように龍巳東苑(たつみ とうえん)に抱きついた。
同い年なのに、見た目も、そして性格も、まるで大人と子供ほどに違いのある(どちらがどちらかは言わないが)2人だったが、お互
いにお互いが無いものを認め合い、もうずっと側にいることが自然な間柄になっていた。
今は人間界と竜人界に離れて暮らしているが、お互いに持っている感情は変わらない。
「お前、何時の間にかすっごい力使えるようになったんだって?」
「え?」
「さっすが、俺の一番の子分だなっ、トーエン!」
知らずに、くしゃっと子供のように喜び満面で顔を崩す昂也に、龍巳も歳相応な笑みを浮かべた。
「そんな事・・・・・俺よりも昂也の方が凄いよ」
「俺?」
「言葉も通じない、全く知らない世界でちゃんと暮らしてるんだから」
「ああ、まあ、何となくっていうか、強引にっていうか・・・・・取りあえずは何とかやってるんだけどさ。なあ、トーエン、あっち見ろよ、
珍しいの見れるから」
「珍しいの?」
「ほら、あれ」
そう言いながら、昂也が部屋の中を指差すと、龍巳も興味深そうに視線を向けた。
久し振りに再会した弟、碧香(あおか)を抱きしめたまま、紅蓮は碧香以外には聞かさないような気遣いを込めた優しい声で
労わった。
「慣れない人間界で、身体は大丈夫か?」
「はい。兄様もお元気そうで良かったです」
「食事は?人間界の物は口に合うか?」
「大丈夫です。東苑・・・・・お世話になっている方がとても良くしてくださっていて、困っている事は一つもありません」
「・・・・・」
何を聞いても、碧香の口から人間界に対する不満は出てこない。
(・・・・・何を気遣うことがある?)
紅蓮からすれば、自分達よりも格下である人間が自分達に畏怖を抱いて尽くすのは当然で、碧香が世話になっているという意
識を持つことなどないのだ。
「碧香」
紅蓮はじっと、愛しい弟を見下ろす。
美しい金に近い銀髪、深い碧色の目も、竜人界にいた時から比べても少しも遜色はなく、むしろ瞳の輝きは以前よりも増してい
るようにさえ見える。
自分の後を追いかけてきて、兄様、兄様と慕っていた碧香。大人しくて、自分から何かをするというよりも、影で竜人界の繁栄を
祈るという大人しい性格だった碧香は、今しっかりと自分の意思で立っているように感じた。
「・・・・・早く、お前を呼び戻せねばな」
「兄様、私は・・・・・」
「お前もそう思うだろう?」
相変わらず自分よりも遥かに華奢な身体を強く抱きしめながら言うと、碧香は何も応えずにただ兄の背中に背を回す。
その行動が、碧香も同じ思いなのだと紅蓮に伝えてくれたような気がした。
「兄様、兄様も昂也を労わって差し上げてください。慣れない竜人界で、それでも昂也は賢明に私達の思いに応えようとしてく
れているのです、どうか、優しく・・・・・兄様」
「・・・・・あれは、私に堂々と意見を述べ、反発してくる。それに、私が労わらなくとも、あれには他に取り巻きがいるようだし、私
など必要はないだろう」
改めて口にすれば全く面白くはない。
本来、コーヤを竜人界に呼び寄せたのは自分で、コーヤが頼る相手は自分しかいないはずだった。
だが、あの人間は自分で勝手に動き回り、何時の間にか数多くの協力者を得ている。全く自分を必要としない現状に、紅蓮は
苛立ちも感じていたが、それを可愛い弟に見せることは出来なかった。
「碧香、お前は私の唯一の兄弟。お前が早く私の元に戻ってくるのを待っているぞ」
「・・・・・な?」
面白いだろうと言われて、くしゃっと笑った顔を向けられても、龍巳は何と応えていいのか分からなかった。
(ちゃんと聞いていたのか?昂也)
客観的に聞いていると、碧香の兄は昂也に対してあまりいい感情を持っていないようだ。当事者ではない龍巳がそう思って、思
わず眉を顰めてしまうくらいなのに、昂也はなぜこんな風に笑っていられるのだろう。
「お前・・・・・本当は結構辛いんじゃ・・・・・」
「ばっかだなあ、トーエン。俺が自分が嫌なことを我慢するタイプじゃないって知ってるだろ?」
「それは、まあ」
昂也は小さな頃から小柄で、一見苛められるタイプに見えるのだが、身体以上に大きな意地と、抜群の運動神経で、自分よ
りも大きな子供達の上に立ってガキ大将になっていたくらいだ。
言いたいことも言わずに我慢しているとはとても思えなかった。
「確かに、誰かに好かれていないのはあんまり面白くないけどさ、俺だって言いたいことはバンバン言ってるし、お互い様って感じ
なんだよ」
「・・・・・」
「一応、今はこれでバランスが取れてるからいいんじゃないかな」
「お前、本当に前向きだな。尊敬するよ」
「親分だからな、俺は」
笑う昂也につられて龍巳も笑い、昂也に追いつくのはまだ先だなと思ってしまった。
ラディスラスがちょっと散歩をしてくると言って出掛けて、もうかなり経ったような気がする。
実際はそうでもないのかもしれないが、彼の世界に無いこんな列車の中を動き回っていて何かあったら大変だ・・・・・そう、心の中
で言い訳をこじつけた珠生は、自分も部屋から出てラディスラスの後を追った。
「ラディ、どこ行ったんだろ?」
そんなに遠くには行っていないと思うけどと思っていた珠生は、丁度向かいからやってきた2人連れと通路でかち合ってしまった。
「あ」
「申し訳ない」
向こうが2人連れなので、思わず珠生が端に寄って道を譲ると、連れの1人、ラディスラスと変わらない長身の男が、綺麗な青い
瞳を細めて礼を言ってきた。
「い、いいえ」
「ソウ、先にどうぞ」
「うん、ありがと、シエン」
「・・・・・」
(うわ・・・・・ラブラブ)
どう見ても男同士なのだが、お互いがお互いを見る目が違う。
柔らかな物腰の男に大切にエスコートされている少年は自分よりも少し年下に見えるが、男を信頼しきっている眼差しを向けて
いるし、男も愛情たっぷりの眼差しを返している。
「シエン、列車に乗るなんてこの先ないんだからタンノーしておかないと」
「ええ。せっかくのソウの世界ですからね。でも、その食料を持って早くユキ殿の部屋に行きたいのでしょう?」
「だ、だって、有希がアルに変なことされてたら可哀想だし!」
「ソウ、あれは愛し合う行為なのですから変なことではないですよ?私達もしていることで・・・・・」
「シ、シエンッ、廊下で話すことじゃないよ!」
まだ通路にいる 珠生の事を気にしたのか、少年は男の腕を掴んで足早に立ち去っていく。
その様子を呆気に取られたように見送った珠生は、思わずというように呟いてしまった。
「・・・・・いいなあ」
大事にされているあの少年を、何だか羨ましく思ってしまった。
千里は重ねて着ている着物を思わず1枚脱いでしまった。
(暖房効いてるのに、これだけ着込んでいたら暑いって)
だが、千里とすれば体温調整の為の当たり前の行動が、側にいた男にとっては違う意味に思えたらしい。
「ちさと」
「うわっ」
いきなり真上から圧し掛かるようにベッドに押し倒され、千里は思わず声を上げてしまった。
「な、何するんだよっ!」
「まだ陽も落ちてはおらぬが、そなたが誘いを掛けてくれれば我が身も熱く高鳴るもの。この柔らかな床の寝心地を共に確かめて
はみないか?」
「はあ?」
千里にとっては滅茶苦茶な論理だとしか言えないが、男・・・・・昂耀帝からすればごく当然の成り行きのようだ。
合わさった胸元に手を差し込み、キスを仕掛けてくる男を呆気に取られて見上げていた千里は、薄い唇が重なった瞬間ハッと我
に返ると、
「どスケベ!!」
叫びと同時に、昂耀帝の頬に容赦ない一発を食らわした。
「ちさと?」
「こんなとこで、こんな時間からなにするんだよっ!」
「・・・・・それならば、ここではなく、違う時間ならば良いということか?」
「・・・・・あげ足とるな!」
顔を真っ赤にして怒鳴った千里は、脱いでしまった着物を慌ててかき寄せて、情けないが女のように胸元に抱き寄せてしまった。
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今回は竜チームが出張った感じで。
次はまた現代チーム・・・・・。