後編
目を丸くして自分を見つめてくる日和が可愛い。
秋月はふっと笑みを漏らすと、そのまま日和をソファの上に仰向けに押し倒した。
「え?あ、あの?」
こんな格好になっても、まだ日和は自分が何をされているのか良く分かっていないようで、ただ途惑ったように下から秋月を見るし
かしていないのだが、秋月の方はもうこのまま日和を自分の腕の中に捕まえたつもりになった。
「男を抱くのは初めてだが、後ろをしたことが無いわけじゃないからな。男も女もそこの形は同じだ、安心して力を抜け」
「ちょ、ちょっと、待って下さいっ。なん、か、今怖いこと・・・・・」
「ん?別に」
そう言いながらも、秋月の手は正確に帯紐を解き始めた。
着物姿の女を抱いたこともあるし、そのまま裾だけを捲ってという形も試したことはあるが、日和はそんな性的欲求を解消するだ
けの女達とは違うのだ。
ちゃんと肌と肌を合わせて、きちんと向き合って抱いてやりたいと思う。
それに、きっと今からするようなセックスを日和がしたことが無いのは明白に分かっているので、身体を傷付けないよう、そして恐怖
心を抱かせないようにしないといけない。
(他の男を欲しがるような淫乱にはさせないが、俺だけを可愛く誘うようには躾けないとな)
「日和」
「ま、待って!秋月さん!」
「その待ては・・・・・誘ってるんだろう?」
秋月は自分の都合のいいように解釈をした。
(嘘嘘!!なんでこんな・・・・・!)
日和は拘束された腕の中から必死に身を捩ろうとしたが、慣れない着物に足も自由に動かず、上半身も片手だけで押さえつ
けられている状態だ。
いったいどうしてこんなことになってしまったのか、日和は今回の秋月の誘いを断ることが出来なかった自分の気弱さを今更に後
悔するものの後の祭りだった。
「うわっ、ど、どこ触って・・・・・っ」
「ん?お前のいいところを探してる」
笑みを含んだ声で言いながら秋月がしているのは、乱れた胸元を開いて、直に日和の肌に触れていることだ。大きな、少し骨
ばった手が、まるで日和の感じる場所を探るかのように首筋から胸元をゆっくりと弄っている。
その感触がくすぐったくて身体を震わせた日和は、次の瞬間、足元の裾が大きく開かれたことに意識を向けた。
「やっ!」
秋月の膝が、ぐっと自分の足の間に入ってくる。
「!」
「おっ」
もう、形振り構ってはいられなかった。
日和は裾が乱れるのも構わずに大きく足を動かすと、その拍子に少しだけ身体を引いた秋月の胸をぐっと片足で蹴り、そのまま
ソファから下りて玄関へと走った・・・・・つもりだった。
「痛っ!」
しかし、中途半端に解かれた帯とずれてしまった着物の裾が足に絡まり、日和はみっともなくリビングから出る前にその場にこけ
て倒れてしまった。
「おい、怪我は無いか?」
慌てることも無く後を追ってきた秋月が腕を持って起き上がらせようとしてくれるものの、情けなくてたまらない日和は顔を見られた
くなくて目線を伏せたが、秋月は簡単に顎を掴んで自分の目線の前にと日和の顔を持ってきた。
「ん?・・・・・あ〜あ、可愛い鼻が真っ赤だぞ。打ったのか?」
「・・・・・」
「日和」
優しく声を掛けないで欲しかった。
こんな風に無茶苦茶で乱暴な真似をされようとしているのに、少しでも優しい言葉を掛けられるとそれにすがろうと思ってしまう。
「日和」
どうして、こんなに大事そうに、自分の名前を呼んでくれることが出来るのだろうか・・・・・。
逃げ出すことに失敗して気落ちしてしまったのか、日和は秋月がその身体を抱き上げても激しく暴れることは無かった。
ただ、その身体はまるで人形のように固くなってしまっている。
(バージンなら仕方ないか)
男にその言葉が当てはまるのかどうかは分からないが、十代の頃の数回を除いて、後はほとんど遊び慣れた大人の相手との関
係しか持ってこなかった秋月にすれば、この日和の反応はかなり新鮮な感じだった。
「・・・・・」
着物姿で、小柄とはいえ男の日和の身体はそれなりに重かったが、日頃からジムで鍛えている秋月にとっては苦ではない。
大人しくなった事をいいことに、秋月は日和を寝室に連れて行った。
「・・・・・っ」
さすがに、ベッドを見た日和の反応は大きく、今更のように秋月の腕の中で身じろぐが、ここまで来て逃がすほどに秋月も甘い
性格ではない。そのまましっかりと日和の身体を拘束したまま部屋の中央まで進むと、キングサイズのゆったりしたベッドの上に
優しく日和の身体を横たえた。
「今からお前を抱くが」
「・・・・・っ」
「死ぬほど嫌なら、ほら、これで抵抗しろ」
そう言うと、秋月は自分のスーツの上着を脱ぎ捨てながらベッドヘッドの隠し棚から拳銃を取り出した。
初めて見るだろうそれに、日和は大きく目を見開く。
「俺も、生半可な気持ちで素人に・・・・・それも、高校生の子供に手を出そうなんて思っちゃいない。お前が俺を殺したいほど
抱かれることが嫌なら、遠慮せずこれで俺を撃て」
「で、でも・・・・・っ」
「大丈夫だ、素人のお前なら、どんなに至近距離でも致命傷になることは無い。ただ、日和、お前がその拳銃を取らないまま
なら、俺はこのままお前を最後まで抱くからな」
(そんなの・・・・・俺の方が不利だ・・・・・)
次々と着物の紐を解かれながら、日和は半泣きで秋月を見上げていた。
ネクタイを解き、シャツのボタンも大きく外した格好の秋月は日和の目から見ても大人の男で、その身体は自分よりも一回りも
二回りも大きく見えてしまう。
そんな秋月に力で勝てるとはとても思えず、かといって拳銃で撃てというのも随分乱暴な話だ。
「ああ、綺麗な身体だ」
「・・・・・っ」
何時の間にか、日和は着物を脱がされていた。足先の白い足袋だけが、薄暗い部屋の中でほの白く浮き上がっているのが分
かる。
「お、お願い、です・・・・・やめてください・・・・・」
この言葉が届くかどうか分からなかったが、日和はとにかく秋月に哀願した。何時もはあれほどに優しい男なのだ、何とか頼めば
止めてくれるのではないかという小さな希望は捨てられなかった。
日和の弱々しい抵抗の声にさすがに僅かに眉を顰めた秋月だったが・・・・・その直ぐ後に、口元に苦い笑みを浮かべて言った。
「悪いな、日和・・・・・俺は、もうお前を見付けたんだよ」
「あ、秋月、さ・・・・・」
「今更、お前の存在を俺の中から消すことは出来ないんだ」
「・・・・・」
「お前をくれ、日和・・・・・」
「ど・・・・・して・・・・・」
(そんな風に、俺に頼むんだよ・・・・・)
いっそ、ただ玩具のように、暴力的に・・・・・その方がまだ秋月を嫌いでいれるのにと、日和は唇を噛み締めた。
女のように柔らかくも無く、豊かな乳房や尻も無い、本当に華奢過ぎるほどに細い身体。
視線を下ろせば、下半身に付いている男の証。
今まで男に言い寄られても見向きもしなかった自分が、この少年の身体にこれほど惹かれるのはどうしてなのか、今でも秋月自
身はっきりとしなかった。
それでも、欲しいと、どんなことをしても手に入れたいと、半泣きの日和の顔から視線を逸らすことはしなかった。
「・・・・・っ」
宥めるように、まだ丸みの残る頬に唇を寄せると、それだけで可哀想なほどに震えている。
秋月はそっと日和の髪を撫でた。
「キスしたら、噛むか?」
「・・・・・か、噛む?」
「噛んでいいぞ」
そう言って唇を重ね、そのまま舌を差し入れた。
日和は眉を顰め、思わずというように秋月の舌に歯をたてようとしたらしいが、その感触が怖くなったのかそのまま秋月の舌を受け
入れることしか出来なかったようだ。
キスの途中の息継ぎさえも満足に出来ないような日和を見ながら、秋月の手は緊張でつんと立ち上がった小さな乳首を摘む。
「!」
多分、悲鳴を上げたのだろうが、それはキスのせいで僅かな呻き声にしか聞こえなかった。
自分では意識して見ることも触れることもない、骨ばった身体。
ただ、体育や修学旅行の時、同級生と比べても小柄で細い自分の身体は情けなく、日和は親に頼んで毎日牛乳を飲んでい
るくらいだった。
「そんなので背が伸びるわけないじゃん」
双子の姉はそう言って笑っていたが、そうでなくても姉とよく似た顔と女のような名前のせいで、男として人並みにはなりたいと日
和はずっと思っていたのだ。
それが・・・・・今同じ男に組み敷かれている。
情けなく足を大きく開かれ、感じている証のように勃ち上がってしまったペニスを震わせている。
感じているなんて認めたくないのに、巧みな秋月の手淫によって、まっさらだった日和の身体は、一瞬のうちに快感の波に飲み込
まれてしまったのだ。
クチャクチャ
耳を塞ぎたいほどの水音が、自分が零している先走りの液のせいだとは信じたくなかったが、日和の身体は与えられる快感に
抗うことも出来ずに、むしろ貪欲に貪るかのように身体を揺らしていた。
「日和、力を抜いていろよ」
「ぇ・・・・・?」
(な・・・・・に?)
どういう意味で言われたのかも分からないまま荒く息をついていると、少し間を置いて、信じられない場所にひんやりとした感触が
あった。
「な、何?」
「慣らさないとな」
「あ、秋月さん、待ってっ」
急がないでくれと言いたかった。自分のことを想ってくれているのなら、少しでもいいから時間が欲しいと言いたかった。
しかし、喘ぐ息の下ではそんな短い言葉さえ言えないままで、日和は言葉の代わりに秋月の腕をとっさに掴んでしまった。
「日和」
「ま・・・・・て・・・・・、おねが・・・・・」
「・・・・・悪いな、待ってやりたいが、俺に全然余裕がないんだ。お前を、全部自分のものにするまで、俺が安心出来ない」
「そんなの・・・・・っ」
「日和」
見下ろしてくる男の顔にも、自分が掴んでいる腕にも、うっすらと汗が滲んでいるのが分かる。
必死なのは自分だけでなく、余裕たっぷりに見えるこの大人の男もなのかと、日和はなぜか・・・・・半泣きのまま笑ってしまった。
「日和?」
「あ・・・・・とで、殴らせて・・・・・下さい」
それぐらいで男に抱かれたショックが消えるはずがないが、一矢報いたいという思いは多少は解消されるだろう。
駄目だと言っても結果的に抱かれてしまうなら、少しでも自分の出す条件を秋月に飲ませたいと思った日和の気持ちが分かっ
たのかどうか、秋月は一瞬驚いたように動きを止めたが、次の瞬間日和の腰をすくい上げるようにして抱きしめてきた。
「ああ、何発でも受けてやる」
「・・・・・」
(も・・・・・だめだ・・・・・)
自分の事なかれ主義がこんなところにまで発揮されるとは思わなかったが、痛いことはやっぱり嫌だし、怖いことも・・・・・出来れ
ば避けたい。
もしかしたら・・・・・いや、きっと後でこの自分の決意を後悔することになるかもしれないが、今の日和はこれで一杯一杯だった。
「日和、愛してる」
「・・・・・っ」
(そ・・・・・れっ、俺なんかに言う言葉じゃないでしょっ)
秋月ほどの男なら、たとえヤクザでも自ら望んで抱かれたいと思う女の人はいくらだっていると思う。
それなのに、そんな秋月は子供の、それも男の自分を選んだのだ。
(きっと・・・・・馬鹿なんだな、この人・・・・・)
自分と同じように、きっと秋月は後になって後悔するだろうと思う。日和になんか手を出すんじゃなかったと、苦い顔をするかもし
れない。
それならそれで、いいじゃないか。
(ザマーミロ、だよ)
何発でも殴っていいと言った秋月だが、きっと自分にそんな体力は残っていないと思う。
それならば、絶対に後でこの言葉を投げつけてやろうと、日和は心の中で強く決意していた。
end?
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