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(予想以上の仕上がりだな)
急な話で、もしかしたら女将も戸惑ったのではとも思ったが、どうやらかなり悪のりしたらしく、髪は付け毛までしてアップのように
見せている。
簪は舞妓の時のような煌びやかなものではないが、漆塗りの上品な物が日和の幼い容貌を返って引き立てて・・・・・秋月は目
を細めて言った。
「ご苦労だったな、女将」
「いえいえ。私もこんな可愛らしい娘が・・・・・いえ、孫がいたら楽しいと思いましたわ」
そう笑いながら言った女将は、一礼して座敷から出て行った。
でしゃばり過ぎない見事な引き際に感心した後、秋月は再び日和に視線を向ける。入った時に立った場所にそのまま、所在投
げに立ち尽くしている日和に、秋月は立ち上がって近付くとその顎を掴んだ。
「よく似合うぞ、日和」
「あ、秋月さん・・・・・」
「お前はやっぱり着物が似合うな」
「・・・・・あんまり嬉しくないんですけど・・・・・」
本当は色々と言いたいこともあるのだろうが、それを全て秋月にぶつける勇気は無いようで、それでも一言だけは言い返そうとす
る日和の小さな反抗心が心地良い。従順なだけでは恋愛は面白くないのだ。
(そう・・・・・これは恋愛だ)
日和がどう思おうと、秋月は日和を愛しているし、日和にも自分を愛してもらいたいと思っている。こんな風に鮮やかな一面を見
せられてしまったら、たとえ日和が嫌だと言っても、必ず自分のものにするつもりになった。
「・・・・・女、だったの?」
その時、少しきつい口調の声が聞こえた。
まだいたのかと、内心その存在を忘れていた秋月は、わざと見せ付けるように日和の頬に唇を寄せながら言う。
「もう、お前に用がないことは分かるな?」
これ以上、言葉で説明してやることは無いだろう。
自分と日和のこれだけ親密な姿を見せ付ければ、自分が邪魔な存在だと馬鹿ではない限り分かるはずだ。
だが。
「そんな何も出来ない小娘より、私の方があなたを喜ばすことが出来ると思いますわ」
「彩香」
「そんな小さな口で、あなたの雄々しいペニスを銜えることなんて出来ないでしょう」
女があからさまな言葉を言うと、秋月が抱いている日和の身体が揺れた。
羞恥を感じているのだと分かった秋月は、その羞恥を知らない女に対して冷めた眼差しを向けて言う。
「下の口が緩過ぎて、口でしか男を縛ることが出来ないお前にそんなことを言われるのは心外だな。日和は下の口で痛いほど
俺を締め付けてくれる名器の持ち主だ」
「・・・・・!」
白粉の厚い顔色は分からなかったが、その目が悔しそうにこちらを見るのは分かる。それでも、秋月は少しも心を動かされることは
なかった。
女の射るような眼差しが自分に向けられているのを感じた日和は、思わず自分を抱きしめている秋月の背中にしがみ付いてし
まった。
まさかここで何かをされるとは思わなかったが、それでも怖いと思ってしまったのだ。
「あ、秋月さん」
「ん?」
「あの・・・・・」
「このまま帰るか」
秋月はかなり機嫌がいいらしく、日和に向ける眼差しや声は甘くて優しいものだった。それが、先程目の前の女に向けられたも
のとはあまりにも違うので、日和の方がどうしたらいいのかと戸惑ってしまう。
(この人・・・・・きっと、秋月さんが好きなんだ・・・・・)
女の態度や行動は、少し押しが強い気もするが、秋月への想いが強く感じられた。
それが、もしも秋月の本意ではないとしても、もっと柔らかな言い方をした方がいいのではないだろうか。秋月の切り捨てるような
言葉は、自分だったらとても耐えられないくらいに悲しい言葉だ。
(・・・・・俺、何考えてるんだろ・・・・・)
自分自身は秋月の思いを拒絶しているつもりなのに、どうしてこんな、もしもを考えることがあるのだろうか。
「恋に、男女の違いはないと思いますよ。秋月様の表情が柔らかくおなりになっていたのは、あなたを見付けられたからなのねえ」
きっと、あの女将の言葉に自分は惑わされているのだ。
いきなり連れ出され、またこんな女みたいな格好をさせられて、それでも・・・・・なんて、考えられない。
(これは、きっと気のせいだ・・・・・)
彩香の眼差しは、秋月に恋するというよりも日和への嫉妬の感情の色が強いように思う。
女というものは、他の女(この場合は日和だが)に目移りした男よりも、その女の方に猛烈な悪意が行くらしい。
しかし、当然ながら彩香にそんな感情を抱かせるほどに親しい関係ではなかったつもりの秋月は全く意に返さず、この修羅場をに
こにこ笑って見ていた呉服屋の店主に向かって言った。
「これは貰おう」
「ありがとうございます」
「それと、この簪と同じようなものはあるか?幾つか用意して欲しいが」
「なかなか物がいいものみたいで、多分お値段が張ると思いますが」
「いくら掛かっても構わない。日和に似合いそうなものを用意してくれ」
「甲斐!」
このままでは自分が無視されるとでも思ったのだろう、彩香は叫ぶようにその名を呼んだ。だが、その行動は返って秋月の感情
を荒立たせる。
「俺の名前を呼んでもいいと許したか?」
「だ、だって、ベッドでは・・・・・っ」
「寝ることしか考えられない低俗な女だな。今後一切俺の前に現れるな。もちろん、日和にもだ、いいな」
女だからと甘い顔を見せるつもりは無かった。
この手の気の強い女は、自分が蔑ろにされた理由を勝手にでっち上げて逆恨みをしてくるのだ。ここは言葉でも、そして目線でも
きちんと釘をさしておかなければならないだろう。
「余計な真似をしてみろ。その面、二目と見られないものにしてやるぞ」
「・・・・・っ」
それだけ言えば、後はここに残る用など無い。
秋月はそのまま日和の腰を抱くようにして座敷の外に出た。
「あ、秋月さん、どこに?」
「帰るぞ。ん?腹が減ったか?」
「あ、いえ、じゃあ、これ、着替えないと・・・・・」
「女将は仕事で忙しい。心配するな、着付けは出来ないが、脱がせるのは慣れている」
「・・・・・」
日和は何ともいえない表情になった。その意味は多分説明しなくても正確に分かったのだろう。
彩香の毒気にやられてしまったのか、日和はほとんど秋月に抵抗することなく付いて歩いてくる。これだけはあの女のおかげかもし
れないなと、秋月はただそれだけの感情しか彩香に抱くことは無かった。
迎えに来ていた車に乗せられ、そのまま日和は秋月のマンションへと連行された。
途中まで、ただ流されるままに秋月の言う通りについてきたが、マンションが近付くにつれてこのままでいいのかと思ってしまった。
しかし、今自分は振袖を着て、顔にはうっすらだが化粧もされているし、髪にも何か付けられている。
とてもこのまま家に帰ることは出来ず、かといって途中でどこかで自分で着替えるなんてことも出来なくて、日和はマンションに付い
たら真っ先に言おうと思った言葉を胸に抱いて、何とか秋月の後を歩いた。
「疲れたか?」
マンションのドアを開けて日和を中に招き入れた秋月は、心配そうにそんなことを聞いてきた。やっていることは強引なくせに、こん
な風に時々優しい面を見せるから困るのだ。
日和は流されないぞと言うように拳を握り締めると、秋月の顔を見上げて言った。
「着替えたら、帰りますから!」
「・・・・・」
「絶対、帰ります」
「・・・・・分かった」
意外にも、秋月は腕を組みながらそう言った。
もっと何か言われると思って内心戦々恐々としていた日和は、思い掛けずにそう言った秋月を拍子抜けしたように見つめた。
そして・・・・・その頬はたちまち赤く染まってしまう。
(お、俺、考え過ぎてた?)
マンションに来てしまったら、最終的にああいうこと・・・・・セックスをしてしまうと思っていたのは日和の勝手な思い込みだったのだろ
うか。
口では嫌だ嫌だと言いながら、もしかしたら自分は相当にエッチなのかと不安に思ってしまったが・・・・・。
「お前の言いたいことは分かった」
「・・・・・え?」
「それと、俺がしたいことは真逆みたいだけどな」
「あ、秋月さん?」
嫌だと叫びそうになる唇を強引に塞がれた。
秋月の舌は我が物顔に侵入してきて、日和の口腔内を愛撫して行く。気持ちは戸惑っているのに、秋月の愛撫に慣れた身体
は直ぐにそれを受け入れてしまい、日和は崩れそうになる足を必死で踏ん張ることしか出来なかった。
(こ・・・・・なのっ、嫌なのに!)
男なのに男に抱かれることは間違いだ。いや、仮に本当に好き合っていればそんな関係もありうると思うが、自分と秋月の関係
は違う。
奪う者と、奪われる者。
どう考えても対等な関係ではない自分達が、こんなことをしていいはずがない。
「・・・・・やっ」
ようやく、秋月の唇が離れたのに、日和は拒絶の声を上げた。
しかし、秋月は全くその声に構うことなく、日和の唇から離れたそれを大きく開いた襟元へと移して行く。
「ふ・・・・・っ」
くすぐったく、濡れた気配に背中がゾクゾクして、日和はとうとう足から力が抜けてしまった。
しかし、その身体は秋月がしっかりと受け止めてくれ、そのまま腰を抱えるように寝室へと連れて行かれる。日和はよろよろとした
足取りで引きづられるしか無かった。
秋月は、暗かった寝室のルームライトを灯した。
白いシーツの上に広がった鮮やか振袖と、白い日和の顔が浮き上がる。
「日和」
「・・・・・」
愛しげに名前を呼べば、困ったような眼差しが向けられた。
恐怖や嫌悪の表情は見られないが、その中に自分への想いを読み取ることは難しい。秋月は一瞬指先を止めたが、直ぐに思い
直したようにそのまま帯の紐を解き始めた。
「あ、秋月、さんっ」
「苦しいだろう?」
「く、苦しい、けど、あの、普通に脱がせてくれたら・・・・・」
「この方が楽しいじゃないか。ああ、女将は襦袢まできちんと着せてくれているのか・・・・・なんだか卑猥な眺めだな」
「卑猥って・・・・・っ」
「ほら、腰を上げて」
日和はどうしようかと悩んでいたらしいが、どちらにせよこのままでは家に帰れないと思ったのか、素直に秋月の言う通りに身体を
動かす。
(身体だけなんてって・・・・・思っていたくせにな)
それでも、愛しい身体を目の前にして、手を出さないでいるほど自分は理性的な男ではない。
その時々で日和の顔や身体に軽いキスを落としながら、秋月は先に宣言した通りの鮮やかな手付きで振袖を脱がしていった。
(着替えるだけ、着替える・・・・・だけ)
どう考えてもこの先を想像してしまう自分の思考を必死で誤魔化しながら、日和は秋月の言う通りに身体を動かして着物を脱
がされて行く。
きつい帯を解かれ、重い振袖を脱がされると、さすがに身が軽くなって思わずほっと溜め息をついた日和は、残された襦袢の紐に
自分で手をやった。ここまできたら自分でも出来る。
「あっ」
しかし、その日和の手は秋月に止められた。
「・・・・・あの?」
「最後まで俺が脱がす。お前はただそこに寝ていればいい」
「こ、子供じゃないんですから、自分で出来ますよっ」
「何かしたいのなら、アンアンと可愛い声で啼いていろ」
とっさに、言い返す言葉が出なかった。
それを肯定と取ったのかどうか、秋月はコロリと日和の身体をうつ伏せにすると、いきなり薄い桜色の襦袢の裾を捲りあげてきた。
「ちょっ!」
下着はちゃんと付けているが(女将は脱いだ方がいいとずっと訴えていた)、こんな風に襦袢を乱されるとさすがに恥ずかしくてた
まらない。
日和は必死になって足を閉じようとするが、秋月は暴れてむき出しになった足に舌を這わしてきた。
「!」
ビクッと飛び跳ねた身体を押さえ込まれ、そのまま一気に下着を脱がされた日和は、いきなり尻に湿った感触を感じてしまう。
振り向いて確かめなくても、それが何かは嫌というほど分かっていた。
「や・・・・・めて・・・・・っ」
このままでは何時もと同じだ。秋月は強引に日和の身体を開き、日和は流されるまま秋月を受け入れることになってしまう。
いつもなら、ここまでされたらとうに諦めていた日和だが、なぜか今日はこのまま抱かれるのは嫌だった。昨日の夜から、秋月の心
配をして、男のマンションまで来てしまった自分の気持ちをはっきりと見つめないまま、秋月に抱かれることはしたくなかった。
「秋月さんっ」
何時も以上にゴネる日和をどう思ったのか、秋月は日和の身体から顔を離すと、そのまま身体を仰向きに返して・・・・・じっとそ
の目を見つめてきた。
「俺が、嫌いか?」
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