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真正面から訊ねると、さすがに日和は口篭ったように目線を逸らしてしまった。
(面と向かって嫌いだというほどには嫌われていないのか)
それでも、それだけだ。秋月は日和の真意を、日和の中で、自分がどの位置にいるのか知りたくて、秋月は胸元も露になってい
る日和から目を逸らさなかった。
「俺が男だからか?」
「そ、それは、やっぱり男同士でっていうの・・・・・変ですよ」
「だが、俺は女になれやしないし、お前が女だったらなんて思ったことはない。次は?俺がヤクザということか?」
「・・・・・普通、高校生がヤクザと知り合うなんて・・・・・ないです」
「何時、どこで、誰と出会うなんて、そんなの初めから決められるものじゃないだろ。俺が偶然お前を見て、目を引かれて・・・・・
欲しいと思った。そんなの、計算なんかじゃ出来ない」
「秋月さん・・・・・」
「他は?後、どこが気になる?」
日和が深く考える前に、秋月は次々と言葉を続けた。
日和が自分を好きになる為に何が必要なのか、何が問題なのか、今ここで言ってもらえれば全て叶えるつもりだ。自分にはそれ
だけの力も、金も、そして・・・・・情熱もあった。
「日和、言え」
「・・・・・」
「俺がお前の男になるにはどうすればいい?」
早く、言って欲しい。秋月は日和の肩を軽く揺すった。
(お、俺の、男なんて・・・・・)
そもそも、男の自分に男が付くことが間違いなのだと、日和は言いたかった。
常識では、男と女。そして、高校生同士。
男で、ヤクザの秋月と自分が恋人同士という関係になることは、本来全く考えも出来ない組み合わせだ。
それでも、日和が声を大きくして秋月にそれを訴えることが出来ないのは、あまりにも真っ直ぐな秋月の思いのせいだった。
「日和」
「・・・・・」
「日和、言ってくれ」
自分よりも大人の男である秋月が、こんな風に自分に懇願する姿など、とてもお芝居だと一笑に付すことは出来なかった。真っ
直ぐ見つめてくる眼差しはあまりにも真剣で、熱くて、理由などなくても駄目なのだと言いたい日和の口を開けさせてくれない。
「・・・・・」
日和が微妙に視線を逸らしていると、ちゅっと頬に秋月の唇が触れた。
「答えなければ、お前も俺を好きだと思うぞ」
「え?」
「こうして俺に反抗するのは、お前が羞恥を感じているからだと決める。それでもいいのか?」
「え、ま、待ってくださいっ」
(そんなの、急ぎ過ぎだよ!)
どうして秋月はこんな風に日和の答えを急かすのだろう。
「じゃあ、言え」
「あ、あの、あの、俺・・・・・」
ヤクザである秋月が怖いからという理由は既に小さくなっている。出会った当初は確かにその理由が一番大きかったが、この数ヶ
月付き合って(この言い方もおかしいが)きて、彼が誰彼問わずに暴力や権力を振りかざす人間ではないことが分かってしまった。
そう思ってしまうと、日和は一つ一つ新たな理由を考えなければいけなくなった。
男同士とか、歳の差とか。
しかし、そんなものは好きになってしまったら簡単に消えてしまう理由で、それに気付いた日和はますます秋月に対する自分の気
持ちが分からなくなってしまう。
好きなのか、嫌いなのか。
逃げたいのか、追い掛けられたいのか。
考えたくなくて、表面的な理由でただ秋月の手を拒絶しようとしていたが、こんな風に下手に出られたらそれさえもどうしていいのか
分からない。
「日和」
ただ、その言葉しか知らないように、自分の名前を呼び続ける秋月。そんな風に、名前を呼ばないで欲しい。そんな風に言われ
たら、言われたら・・・・・。
「日和」
「・・・・・い・・・・・」
「い?」
「い、痛かったから!」
こんな風に真っ直ぐに答えを求めてくる秋月に何かを応えなければならない。そう思った日和はとっさに、ほとんどどうでもいいような
ことを口にしてしまった。
「・・・・・日和?」
一瞬、それが何のことだか分からなくて、秋月は思わず聞き返してしまった。
「痛い・・・・・って?」
「は、初めての時、俺、凄く痛くて!あ、あれって、やっぱり男同士だったからですよね?相手が女の子だったら、そんな思いはし
ないはずだったろうし・・・・・」
「・・・・・」
「だから、俺、あの・・・・・痛いの・・・・・嫌、だ・・・・・し・・・・・」
次第に小さな声になって行く日和をじっと見つめていた秋月は、自分の顔が次第に笑み崩れて行くことを自覚してしまった。
こんな可愛い理由など、秋月にとれば障害でもなんでもない。確かに初体験は日和にとっては衝撃的で、痛みもあっただろうが、
それと同時に確かな快感も経験したはずだ。
いや、それから自分達は何度抱き合ってきただろう。今では秋月の愛撫に素直に身を委ねる日和の身体は、既に秋月仕様に
変化している。
とっさに出てしまった理由だとしても、原因を聞いて、その答えとして言ったのならば、それを解消すれば日和が秋月のことを好きに
ならない障害は取り除かれたことになるだろう。
(可愛い奴)
可愛くて、子供で。卑怯で、優しい。
けして素直なだけの子供ではないが、それでも無意識のうちに秋月に心の抜け道を指し示してくれる。
同情でも、絆されただけでも、全く構わなかった。自分の手の中に入れてしまったら、後はもうこちらの思い通りだ。
「分かった」
「・・・・・あ、あの・・・・・」
「初めにお前を無理矢理抱いてしまったことは確かだ。それについては謝る、すまなかった」
「・・・・・」
こんな風に頭を下げられると思わなかったのか、日和の目が驚いたように瞬いた。
その子供じみた仕草に笑い、秋月は更に言葉を続けた。
「今日から、さっそく努力する」
「え?」
「お前が良くて良くて善がるまで感じさせて、痛みなど絶対に与えない」
「ええ〜っ?」
秋月は笑みの形になった唇を日和の首筋に落とすと、そのまま味わうようにペロッと下から舐め上げた。
(なんで?なんで?どうして〜っ?)
いったい自分の言葉の何で、秋月の態度は急変してしまったのだろう?
確かに頼りない理由ではあったが、セックスの最中に感じた痛みというものは、今だに日和の頭の中から消えることはなかった。
何度も抱かれ、今では不本意ながらも快感を感じるようになってしまった身体だが、それでも、あの強烈な記憶はそれ以上に強
い。
男とか、ヤクザとか、それらの理由で秋月が諦めないのならば、感情という目に見えない理由で秋月に諦めてもらえたら・・・・・そ
んな風に思っていた日和の考えは、全く裏目に出てしまったようだ。
「日和」
「あ、秋月さん、待って・・・・・っ」
「待てない。早くお前の身体に快感を覚えさせないといけないからな」
「・・・・・!」
(か、快感って、快感って、変だろっ?)
大体、自分はまだ高校生で、こんな風に大人の男とセックスをしていいはずがない。確か、18歳未満の未成年と不純異性、
いや、同性交遊をするのは犯罪じゃないだろうか。
「お、俺、っ、18歳未満ですよ!」
今までセックスしてきて、今更こんなことを思い出すなんて自分は馬鹿なのだろう。
しかし・・・・・、
「愛があればいいんだよ」
秋月はあっさりとそう言い切り、彼の言う愛の行為へと日和は流されてしまうことになってしまった。
秋月は既に乱れていた襦袢を大きく肌蹴け、日和の身体は辛うじて腕に襦袢が引っ掛かっている状態になった。
艶かしいのに、どこか被虐的で、秋月はそのまま淡い色の乳首をそっと指で摘む。
「うあっ」
「・・・・・痛くはないだろう?」
「あ・・・・・っ」
自分がどんな声を出したのか気付いたのか、日和は慌てて唇を噛み締めて誤魔化そうとしたが、秋月はそんな日和の態度さえ
可愛いと思えた。
いや、この身体に触れて、気持ちが落ち着いたのかもしれない。
(まさかと思うが、俺は・・・・・欲求不満だったのか?)
関西への出張で1カ月あまり、この甘い身体を味わうことが出来なかった。電話は掛けて、その声は聞いたが、何時も怯えたよ
うに話す日和に甘い言葉を掛ける隙はなく、何時も短めな、近況を訊ねるくらいのものだった。
もちろん、その間は他の女を抱くこともなく(接待は勧められたが断った)、それでも、秋月自身若い頃でもないのでそれほど欲
求が溜まっているとは思わなかったが・・・・・。
「身体は正直なのかもな」
「・・・・・んっ」
「・・・・・」
(身体だけでもと思っていたのを・・・・・煮詰まっちまって、変なことを考えた)
心が欲しいと思ってしまったのは、それだけ秋月が日和を本気で愛するようになったからだが、所詮、ヤクザな自分に普通の高
校生が似合うことはないのかもしれない。脅して、身体で縛り付けて・・・・・誰が見ても、秋月の方が加害者で、日和は絶対に
被害者の立場のままでいさせた方がいいのかも・・・・・しれない。
「お前みたいな奴が、俺のものになるなんて・・・・・あるはずないよな。愛しているのは、俺だけでもいいか」
最初に、秋月が強引に奪ってしまったのだ。それは、けして消えることはない。
結局、ここに、こうして日和がいるということだけでも、満足した方がいいのだろう。
「感じろ、身体だけでも」
「はっ・・・・・!」
秋月は空いた手で、日和のペニスを握った。
ペニスは既に勃ち上がりかけていて、日和は自分が、いや、自分の身体が浅ましくも秋月の愛撫を待っていたのだと思い知らさ
れてしまった。
「お前は気持ちよさだけ感じてろ」
「だ、だめ、だめ・・・・・っ」
「お前は駄目じゃない。駄目なのは、俺だ」
「・・・・・」
(秋月・・・・・さん?)
秋月の口調が微妙に変わったのに気付き、日和は戸惑ったようにその顔を見上げた。
ついさっきまで、あんなに懇願するように日和の答えを求めていたくせに、今はもうそれ以前の、何もかも悟りきったような目をしてい
る。まるで、日和は永遠に自分の手には落ちてこないとでも言うように・・・・・。
(・・・・・勝手・・・・・だ)
日和をこんなに混乱させて、動揺させて、それなのに秋月は自己完結をしてしまったのだろうか。
それはそれで、なんだか悔しいし、許せない。
答えも出せないような子供なのだと、馬鹿にされている気がする。
「あ、秋月さ・・・・・ま、待って!」
「日和?」
「急ぎ、過ぎ!」
日和は秋月の胸を精一杯の力で押し返すと、なんとかベッドの上に座り直した。
自分の乳首が感じて勃ち上がっていることも、ペニスが濡れてしまっていることも、それを秋月の目から隠すことも忘れて、日和は
不思議そうな顔で自分を見ている秋月に叫ぶ。
「お、俺っ、何も、言ってない!」
「・・・・・答えは聞いた」
「・・・・・」
「痛かったから嫌なんだろう?あんなふうに乱暴に抱いてしまった俺を許すことは出来ない・・・・・違うか?」
「そ、です、けど、でもっ」
本当にそれだけの理由ならば、それ以降にセックスは全て苦痛でなければならないはずだ。だが、日和の身体は、今のように秋
月を受け入れている。痛みなど忘れたように喜んでいる。
それは、本当に慣れたからという理由だけだろうか。
(・・・・・俺はっ、そんなに単純じゃないっ)
今更日和は何を言おうとしているのか。
今言ったことは全て聞かなかったことにして、何時ものように身体の快感だけを感じ取ればいいのに・・・・・そう、させたいと思ったの
に、それさえも嫌だと言うのか。
「日和」
「お、俺はっ」
「・・・・・」
「・・・・・俺はっ、嫌いって言ってませんよ!」
「・・・・・は?」
「た、確かに、秋月さんは変な人だと思います!男なのに、男の俺を抱いたり、何時も変な着物を着せたり!でもっ、俺はヤク
ザの秋月さんに脅されたつもりはないし、優しくされてるってことも分かってます!」
「・・・・・」
「でも、俺、こんなこと、初めてで、誰にも、好きだって言われたことなんかないのに・・・・・っ」
こんなに急に、愛情の是非など問われても、答えが簡単に出るはずもない。
それなのに、簡単に答えが出せない日和の気持ちを無視して、秋月は勝手に全てを自分の中で解決しようとしている。それが、
悔しかった。
「全部1人で決めるなよ!馬鹿!」
思わずそう怒鳴った日和は、呆気にとられている秋月にぶつかるようなキスをしてやった。
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