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秋月のマンションに行く前にコンビニに向かった日和は、そこで食パンとハム、そして肉まんを買った。
「腹減ってるのか?」
「ちょっとだけ。凄く美味しかったけど、何だか身体のどこに入ったんだか分からなくて」
それだけではない。思いがけず舞妓姿になってしまい、小関と対面したことは肉体以上に精神が疲れてしまったのだ。
そのせいで食事も何を食べたのか記憶が曖昧なほどで、改めて食べるほどでもないが少しだけ腹に入れたい気分だった。
「食パンは朝食用。ご飯じゃなくてもいいですよね?」
何度か遊びに行った秋月のマンションは、男の1人暮らしのせいかろくな食べ物は無い。
泊まりにいくたび、翌日の朝に秋月の部下が朝食の差し入れをしてくれることも多く、人に世話をされることに慣れていない日和
は申し訳なくて、それならば最初から自分が用意すればいいと思ったのだ。
一応、簡単な料理なら作れるし、秋月はきっと文句を言わないだろう。トーストにハムエッグならば早々失敗もないしと振り向け
ば、秋月は珍しくポカンとした表情で自分を見下ろしていた。
「・・・・・」
「秋月さん?」
「・・・・・お前が作るのか?」
「そうだけど・・・・・いや?」
別に食べて死ぬわけはないが、ちゃんとしたものを食べたいのだろうか。
日和が仕方が無いかと呟きながら食パンを棚に戻そうとすると、伸ばした手を秋月がパッと掴んだ。
「え?」
「買うぞ」
「あ、うん」
(そんなに堂々と宣言するほどのことでもないんだけど・・・・・)
買い物カゴを持ってレジに並ぶ秋月の姿は、普段の彼からはあまり想像がつかない。
(それでも、カッコいいけど・・・・・)
いい男は何しても得だなと思いながら、日和は焼きプリンを手にして秋月の傍に駆け寄った。
マンションに着くと早々、日和は外泊の電話を家に入れている。今日は誰と一緒なのかは予め言ってあったらしく、駄目だとは
言われていないようだ。
その代わり、
「分かってるって、迷惑なんか掛けないよ」
自分に対して気遣っているらしい親にそう言い返している日和を見て笑みを浮かべながら、秋月はキッチンに買い物袋を無造
作に置いた。
「食パンは朝食用。ご飯じゃなくてもいいですよね?」
多分、日和はその言葉にどれ程の威力があったかなど知りもしないだろう。
わざとらしく自分の関心を引くために手料理を作ろうとした女達とは違い、日和はごく自然に日常の一コマとしてそれを口にした。
多分、日和への愛情も自分の目にフィルターをかけているのだろうが、それでもこの青年が自分にとって特別な存在なのだと十
分自覚出来る。
「・・・・・はあ〜」
その間に電話を終えたらしい日和が、携帯を持ったまま溜め息をついた。
「何て言われたんだ?」
「秋月さんに無理言ったんじゃないかって」
顰めた眉が、本当に不本意だと訴えかけてくる。
「はは」
確かに、自分は日和の母や姉に良い目で見られていることは自覚していた。自分の本当の生業を話していないということはあ
るものの、それでも今の段階で日和との付き合いを反対されないのは助かる。
いや、そもそも、彼女達が自分達の関係をどんなふうに思っているのか分からない。まさか、身体の関係まであるとは思ってもい
ないだろうが・・・・・。
「母さん、俺のことまだ手間の掛かる小学生って思ってるんじゃないかな」
「・・・・・そんなことあるはずないのになあ」
そう言いながら、秋月は後ろから日和を抱きしめた。少し背が伸び、身体も柔らかな線が少なくなったが、それでもしなやかさは変
わらない。
秋月にとって十分劣情を感じるその身体を手で確かめながら、首筋をちゅっと強く吸った。
「・・・・・っ、いたっ」
「悪い」
言葉に応えるように、たった今吸った場所を舌で舐めあげる。綺麗に付いたキスマークは、今の時期に着る服ではなかなか隠せ
ない場所にあった。
(気付いたら怒るだろうな)
それでも、案外抜けている日和が気付くことは無いかもしれない。
人知れず所有の証として存在し、そのまま消えてしまうだろうと考えると寂しくて、これが消える前にまた、痕をつけたいと思った。
これからは今までよりもずっと側にいることが出来るし、こうした痕を日を置かずに付けることも出来るはずだろう。
「日和」
「な、あ、あの」
日常から、淫靡な空気へと変えることは得意だ。日和の服のボタンに手を掛け、耳たぶを唇で食もうとした秋月は、
「あっ、に、肉まん!」
「・・・・・肉まん?」
さすがに、その言葉を聞いてセックスを仕掛け続けるということは出来なかった。
ここまで来たからには覚悟は決めていた。
大学受験という自分の都合でずっと秋月に迷惑を掛けてきたことも分かっているし、今日は出来るだけ自分からもサービスをしな
ければと決めていることはさすがに秘密だが。
それでも、いきなりというのはやはり恥ずかしく、日和は丁度買ってきた肉まんを理由に何とか秋月の腕の中から逃れた。
「・・・・・お前、肉まんと俺とどっちが大事なんだ?」
「えー・・・・・も、もちろん、秋月さん?」
「俺に疑問で答えるな」
軽く頭を小突かれたが、笑っている秋月はどうやら怒ってはいないようだ。
日和が肉まんを温めて食べている間にまめに風呂の用意もしてくれて、十数分後にはもういいだろうと浴室に連行されてしまっ
た。
「えっと・・・・・一緒に?」
「その方が時間も短縮出来る」
「・・・・・恥ずかしいな〜って・・・・・」
「お前の身体の中で見ていない場所は無いし、味わっていない場所も無いぞ」
「・・・・・っ」
(そ、それって、エッチ過ぎないっ?)
深読みし過ぎる自分が悪いのかもしれないが、このまま秋月と一緒に風呂に入るのはちょっと遠慮したい。今までも、何度か一
緒に入ったことがあるが・・・・・まともに身体を洗うという、本来の目的を達成出来たことが無いのだ。
「あの・・・・・」
「ん〜?」
生返事を返しながら、秋月の手はどんどんと日和の服を脱がしていく。
「・・・・・」
「・・・・・」
(・・・・・諦めるしかないか)
多分、何を言っても秋月は手を止めることはないだろう。日和は内心溜め息をつきながら、とにかく先ずはちゃんと身体を洗おうと
改めて強く思った。
ピチャ
浴室の中で、湯が揺れる音が響く。
大人2人でも十分余裕のある浴槽の中には、逞しい大人の男と、それよりも細身の、まだ大人になりきらない身体が重なり合っ
ていた。
「んっ、ちょっ、まっ」
パシャッ
「ま、って・・・・・っ」
湯の音の合間に、日和の頼りない声が聞こえる。どうしてそんな声を出すのか、その原因である秋月には十分分かっていた。
素肌同士で、滑らかな日和の尻が自分の腰の上に乗っていて。胸をいじるたび、その尻が腰の上で揺れて、自然に秋月のペニ
スを刺激する結果になってしまっていた。
「日和」
湯に当てられたわけではないが、秋月の口調も熱っぽくなって、日和はそれだけで感じるように首を竦めた。
「気持ちがいいのか?」
「んっ、やっ」
「いや?嘘をつくな、ここはもう・・・・・」
もう一つの手を伸ばして、既に勃ち上がったペニスを掴んでゆるくこすってやると、日和はさらに高い声を上げて嫌だと訴えてくる。
その言葉が、本当の拒絶でないことは分かっていた。嫌ならば、こんな風に素直に身体を預けてこないはずだ。
「はっ、はっ」
「日和」
「み、み、やっ」
その言葉通り、止めてやるつもりは全くない。返って、日和が耳や背中が弱いことを熟知している秋月は、そのまま背筋に沿っ
て舌を這わせ、肩甲骨に軽く歯を立てた。
大学生の日和が他人の前で服を脱ぐ機会などあるはずが無く、いくらここに歯型やキスマークを付けても牽制にならないことは
分かっていたが、それでも秋月はこの甘い身体を抱くたびに痕をつけずにはいられないのだ。
(これは俺の、俺だけのものだ)
パシャッ
足掻くように足を動かすので、湯が波立ち、日和だけでなく秋月の顔や髪まで濡らしてしまう。
広いとはいえ湯船の広さは限られているので、自由に動けないもどかしさに日和は焦れているようだが、秋月は煌々と明かりがつ
いているこの場所で日和の身体を堪能するのは楽しかったし、ここだからこそある種大胆に日和を促すことが出来た。
「・・・・・」
「うわっ」
後ろ向きに抱いていた日和の身体を浮力を使って簡単に向きを変えさせ、そのまま自分の腰に跨るように座らせる。
腰から上は湯から出てしまい、胸を突き出す格好になったしまった日和に秋月は笑い掛けた。
「熱いのか?肌が真っ赤だぞ」
「あ、秋月さん、この恰好、やだっ」
「どこが?下は見えないぞ」
「そ、それでも・・・・・っ」
居心地悪そうに揺らした尻の下、自分のペニスも頭をもたげ始めている。まさか、解さないまま挿入するつもりはないが、それで
も日和の尻の狭間を意味深に擦るその存在が、この後の行為を想像させてしまうようだ。
「こわ、い」
「日和」
震える声に本当の恐怖を感じ取り、秋月は宥めるように頬に手を触れさせる。もう少し、啼かせてやりたかったが、これ以上する
と本当に泣きそうだ。
「上がるか」
「・・・・・」
その言葉に同意するように秋月の首に腕を回し、首筋に頬を寄せてコクコクと頷いている。
ザバッ
秋月はそのまま日和の身体を軽々と抱き上げた。
「・・・・・っ」
日和は落とされないようにとますます必死に自分に抱きついて来て、秋月はその子供っぽい仕草に口元を緩めながらそのまま浴
室を出た。
(お、怒ってないのかな・・・・・)
多分、秋月は風呂場でセックスをしようとしたのだと思うが、それを拒絶してしまった自分のことをどう思っているのか気になって
仕方が無い。それでも、明るい光がある中、湯の中という不安定な場所でセックスをするのは怖かった。
「・・・・・」
(・・・・・優しいんだよな)
何時だって俺様な言動で日和を振りまわすくせに、根っこの部分では秋月は何時も自分に甘いと思う。
今だって、濡れた身体のまま寝室に連れて行かれるかと思ったが、ちゃんと脱衣所で一度下してくれると、身体をタオルで拭いて
くれた。
自分でも出来ることをされて、何だか子供に逆戻りした気分になってしまうが、それでも心地良いと思ってしまうのは自分もかな
り秋月に毒されているということか。
「今から汗をかくし、無駄なことかもしれないけどな」
「・・・・・っ」
そんな意地悪を言うくせに、身体を拭いてくれる手も、見つめてくる眼差しもやはり優しい。
「よし、いいな」
自分は腰にタオルを巻いたが、日和には何も着せてくれないで再び抱きあげられた。
「歩けますよっ」
「駄目」
「秋月さんっ」
「甘やかせろ」
「・・・・・っ」
(ひ、卑怯だっ)
そんなふうに言うから、自分は最後は秋月の行動を受け入れてしまう。それがどんなに横暴でも、恥ずかしくて仕方が無いことで
も、結果的に秋月が絶対に自分を傷付けることはないと信じているからだ。
(・・・・・好きなのかなあ)
秋月への自分の思いがどんどん変化していっているのが分かる。
一方的に与えられるものから、自分から受け入れるように・・・・・なんだか、秋月の術中に完全に嵌まっているようで悔しいが、な
んだかんだで絆されている自分が嫌では無くなっているのも確かだった。
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