マコママシリーズ
第一章 懐妊編 2
今の時代、男の妊娠というのも絶対に不可能だということはなくなったようだった。
現に海藤が直ぐに倉橋に調べさせると、この東京でも既に10人単位の男の出産があったらしい。世間でもそれはあくまでも異
例な事ながら、既に世の中では稀有なことでは無くなりつつあるようだ。
「ところで、真琴さんの具合はいかがですか?」
倉橋の言葉に、海藤の頬が綻んだ。
「体調不良の原因が分かったからかえって調子がいいようだ」
海藤としては、絶対に間違いが無いように安静にしていて欲しかった。
大学は1年や2年休んでも全然構わないし、バイトなどは今直ぐにでも辞めて欲しいくらいだった。
しかし、真琴は無責任なことは出来ないからと、今日も夕方からのバイトに出掛けるようになっている。
(まあ、安定期らしいが・・・・・)
驚いたことに、真琴の妊娠は既に4ヶ月目に入ろうとしているらしい。全く腹は目立たないので本当なのかどうかは分からない
が、男の出産の場合は女のそれよりも小さく生まれるのが常のようだ。
それに妊娠期間も短く、8ヶ月に入れば何時出産してもおかしくないとのことだった。
「入籍の方は?」
話がそちらに向かうと、海藤は眉を顰めて難しい表情になった。
「真琴が渋ってる」
「まだですか?」
「変なことを気にして・・・・・」
海藤の子供を生むということになっても、真琴はまだ気持ちを迷わせていた。
もちろん、子供を生むことには迷いは無い。絶対に無いことだと始めから考えていたが、こうして神様の気紛れでも海藤の子供
を生めることになったのは単純に嬉しいらしかった。
しかし、自分があくまでも男ということで、海藤にはいずれちゃんとした女と結婚した方がいいのではないか、その為には籍など入
れない方がと思っているのだ。
「法律が変わるそうですよ。2人の間に子供が出来た場合に限るが、同性婚も認めると。少子化の歯止めにもなりますしね」
「・・・・・法律が変わるまで待つか。きちんとした整備が出来れば、真琴の気持ちも決まるだろう。今は変に気持ちを動揺させ
たくない」
「マコ、大丈夫か、お前」
「え?」
厨房とレジを慌しく行き来する真琴に、古河が心配そうに声を掛けてきた。
真琴のバイト先である宅配ピザ屋《森の熊さん》での真琴の指導員でもある古河は、今日ロッカーで会った時も様子がおかし
かった。
穴が開くかと思うほどまじまじと見つめられ、その後深い溜め息をつかれた。
その態度が気になっていた真琴は思い切って聞いてみた。
「俺、どこか変ですか?」
自分では気付かないが、妊娠しているという状態は他の人間の目から見ればどこか変わって見えるのだろうかと、真琴は少し
不安になったのだ。
海藤の子供を妊娠したことは少しも後悔はないが、男同士の子供と偏見の目で見られたら嫌だと思ったのだ。
「連絡があった」
やがて、真琴の視線に根負けした古河が口を開いた。
「連絡?」
「・・・・・海藤さんから」
「え?」
思い掛けない名前を出されて、真琴は一瞬で耳まで真っ赤になる。
「・・・・・妊娠してるって・・・・・本当か?」
「!」
『本当ならばバイトも辞めて欲しいんだが、そうはいかないと頑固でな』
携帯の表示に海藤の番号が出た時(一応登録はしている)、いったい何の用だとしばらく出るのを躊躇ったぐらいだった。
その上で真琴の妊娠を知らされた古河は・・・・・絶句するしかなかった。
最近、世界で、日本で、男が妊娠するらしいという話は聞いたことがあった。
しかし、それは極稀なことらしいし、第一古河は男と付き合うつもりは無いので全く未知のことだと思ってはいたが、心のどこかで
は真琴はそうなのだろうかと思いはしたのだ。
思いはしたが、まさかそれが現実になるとは思ってもみなかった。
「・・・・・ほ、本当、です」
顔は真っ赤になったが、それでも真琴はきっぱりと頷いてみせる。
「もちろん、その、相手は海藤さんだよな?」
「・・・・・はい」
「大丈夫か?」
男同士というハンデの上、相手の海藤はヤクザだ。
幾ら人間的にいいとしても、社会的にはどうしても差別されるだろう。
「大丈夫です。俺だって、男で妊娠とか、出産とか、ちょっと怖い気もするけど、海藤さんの赤ちゃんを自分が産めるってことは
凄く嬉しいんです」
「マコ」
「誰に変だって思われてもいいんです。海藤さんが嬉しいって言ってくれてるから・・・・・。でも、出来れば、古河さんにも良かっ
たなって言ってもらいたかったですけど・・・・・」
ここの職場が大好きだったが、迷惑を掛けるならば今辞めた方がいいのかもしれない。
そう思った真琴が口を開き掛けると、ポンッとその頭を軽く叩いた古河が苦笑しながら言った。
「マコがいいならいいよ。俺だって、あの人が本当にマコの事を大切にしているのは良く知っている。男から見ても、カッコいい人
だし・・・・・」
職業がちょっと特殊だけどと笑う古河の顔は、お世辞や出まかせを言っているようには見えなかった。
「会社に産休申請してみるか」
「こ、古河さんっ」
「まあ、初めてのことだけど、ここが系列店で一番売り上げがいいのは間違いなくマコのおかげだし、このまま辞めさせたら他の
バイト達から文句が出るのは必至だしな」
「・・・・・」
「元気な子を産めよ。そして、また戻って来い」
「あ、ありがとうございますっ」
「よし、じゃあ、今日出勤している奴らだけでも先に発表するか」
「え?」
早くにこした事はないと、古河は店長以下今日の出勤してきたバイト達全員に、真琴の妊娠を知らせた。
もちろん、その反応は凄まじかった。
真琴の背後にいると認識されていた魔王が恋人で、さらにそういう関係なのかと、信じたくなかった者が大多数を占めていたの
だ。
ここでの真琴の人気はバイトや客の間では絶大で、機会さえあれば自分が真琴と・・・・・そう思っていた人間も多かった。
だからこそショックは凄かったが、誰もが『気持ち悪い』などという蔑みの言葉を言わなかったのが真琴には嬉しかった。
「妊夫さんだし、立ち仕事は可哀想だなあ」
「絶対辞めるなよ?元気な子を産んだら絶対に戻って来い」
「ああ〜、俺たちのマコちゃんが〜〜」
「くそお〜、俺ももっと早く・・・・・っ」
口々に言ってくれる言葉の一つ一つが嬉しい。
真琴は目に涙を浮かべながらも、深く頭を下げて言った。
「ありがとうございます・・・・・」
(ここにいれて・・・・・本当に嬉しい・・・・・)
他人からのやっかみ混じりの祝福を笑いながら受け取った真琴は、そっと腹に手を当てて呟いた。
「いいことばかり運んで来てくれて・・・・・ありがとうね」
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熊さんたちも登場です。
彼らのアイドルマコちゃんの懐妊はショックでしょうが、皆ちゃんと祝福してくれました。
それに、人妻というのも・・・・・モエますしね(笑)。