マコママシリーズ
第一章 懐妊編 3
「お帰りなさい」
「ただいま」
真琴の妊娠が分かってから10日ほど経った。
バイトは店長が気を遣ってくれて、午後八時には帰るようにしてくれており、海藤の方も午後九時過ぎには必ずマンションに帰っ
てくるようになっていた。
どちらかが帰ってくると、どちらかは出迎えてキスをする。
そんな日課だったが、キスをする前に新たに加わったのは・・・・・。
「体の調子はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
「無理はしていないか?」
「海藤さん、心配し過ぎ」
真琴の言葉を聞きながら、海藤はそっと真琴の腹に大きな手のひらを当てた。
「・・・・・今日もちゃんと生きてくれていたか」
「・・・・・ちゃんと、お腹の中にいますよ?」
「そうか」
まだほとんど腹も膨らんでいないので、一見して真琴が妊娠しているとはとても思えないが、海藤はこうして毎日真琴の腹に手
を当てて鼓動を確かめる。
まだ動くことも無い我が子が、愛しい真琴の身体の中で確かに生きている・・・・・我ながら気が早いとは思うが、どうしても毎日
確信したかった。
「明日は病院か」
「はい。明日、もう一度ちゃんと検査して、それからは一応、二週間に一回は来るように言われているし」
「ここは寒い。リビングに行こう」
真琴の身体の事を思い、海藤はそっとその腰を抱いて促した。
真琴の担当の医師は、幸いにも都内で見付けることが出来た。
東京で、もう何人かの男の妊婦の出産に立ち会った人で、真面目で穏やかな雰囲気の初老の医師だった。
もう何例かあるとはいえ、まだまだ男の出産というのは異例なことだったが、その医師なら大丈夫・・・・・海藤は国内の医師を調
べさせた上で選んだ。
明日、その医師の元でもう一度精密検査をし、予定日などを聞くことになっている。
暖かいリビングに行く前に海藤はバスルームに寄って手を洗い、うがいをした後、真琴をそっと抱きしめてキスをした。
待ちかねたように交わすキスは少しだけ激しくて、真琴は照れ臭そうに笑う。
「これをしないと帰った気がしない」
笑いながら言った海藤はリビングに入るとコートを脱ぎながら聞いてきた。
「熱いミルクを飲むか」
「あ、俺入れます」
「座っていろ」
見た目にも実質的にも、まだ変化が無い真琴はつい何時ものように動こうとするが、海藤はそんな真琴を穏やかに制し、何で
も自分が率先してやってくれる。
ソファにちょこんと座った真琴は、クッションを抱きしめてクスクスと笑みを漏らした。
(海藤さん、今からいいお父さんになってる)
気恥ずかしい以上に、嬉しいと感じ、真琴はカップを持って現われた海藤に笑顔を向けて言った。
「ありがとうございます」
「・・・・・」
何時ものように目を細めてそれに答えた海藤は、スーツの上着を脱ぎながら聞いてきた。
「もう、どちらなのか分かるのか?」
「え?」
「男か、女か」
「あ〜・・・・・どうかな。聞いたら教えてくれるかもしれないけど・・・・・海藤さんは知りたいですか?」
「お前は?」
「俺は、知らなくてもいいかなって。どちらでも嬉しいし、生まれた時に驚く方が楽しいし」
弟が出来た時も、両親は性別を聞かなかったらしい。
上が男3人なので、今度こそ女の子がいいなと思ったようで、母親はピンクの服を大量に用意していたが、実際に生まれたのは
男で、家族は大笑いをしながらも嬉しくその赤ちゃんを受け入れたのだ。
弟の真哉は幼い頃の写真に写る自分がなぜかピンクや赤の服ばかり着ているのか不思議なようだが、それは家族達の楽しい
秘密になっている。
「あ、でも、用意するものとかあるんですよね」
しかし、現実的には男か女かで用意するものは違ってくる。
無難にどちらでも合うような白や黄色の服というのも考えるが、他にも色々と性別で違うものもあるだろう。
海藤に無駄遣いをさせない為にも知っておいた方がいいだろうか・・・・・そう眉を顰めて考え込んだ真琴に、隣に腰を下ろした海
藤は事も無げに言った。
「いや、俺も楽しみにしていよう」
「え、あ、でも・・・・・」
「色々想像しながら揃えるのも楽しいものだ」
海藤も自分と同じ気持ちでいてくれると分かった真琴の頬には笑みが浮かぶが、ふと・・・・・真琴は俯いてしまった。
こんな風に海藤も楽しみにしてくれているのだと感じるほど、もしもということがある怖さを感じるのだ。
「どうした?」
真琴のまとう空気が変化したのを感じ取った海藤が、肩を抱き寄せて聞いてくる。
少し、口篭った真琴だが、言うまではずっと待ってくれるだろう海藤のことを思って・・・・・口を開いた。
「今までは、俺は男だし、男が赤ちゃんを産むなんて考えたこともなかったけど・・・・・こうして、ここにいるんだよって言われて、信
じられないけど嬉しくて・・・・・」
その喜びが大きいだけに、もしも間違いだったらという不安感も大きくなっていた。
「本当は、赤ちゃんなんていないって、男が産むなんてありえないって・・・・・そう、言われたらどうしようか・・・・・明日、怖いんで
す」
「・・・・・」
「赤ちゃん、いなかったらどうしよう・・・・・海藤さんと、俺の・・・・・赤ちゃん・・・・・」
今にも泣きそうに顔を歪める真琴を更に強く抱きしめた海藤は、喜びと同時に生まれた不安に押しつぶされそうになっている真
琴に言い聞かせた。
「俺の一番は真琴だ」
「・・・・・」
「子供が出来て嬉しいと思うのは、お前が産んでくれるからだ。もし、今回の事が違うとしても、俺の想いに変わりはない」
「・・・・・うん」
頷いた拍子に、真琴の目からはポロポロと涙が零れる。
それでもそれは嬉し涙で、真琴はまだ大きくもなっていない自分の腹を何度も何度も撫で擦った。
「ちゃんと、ここにいてくれますように・・・・・」
「・・・・・」
「俺も、海藤さんも、待ってるからね?」
翌日の病院には、スケジュールを全てキャンセルした海藤が付き添ってくれた。
ほぼ1日掛かった検査の結果は・・・・・○。最初に出た検査はほぼ正しく、今4ヶ月。予定日は5月前後(男の出産の場合は
予定日に大きな幅があるらしい)、性別は、聞かなかった。
真琴は安心してまた泣き出してしまったが、周りに人がいるのも構わずに海藤は抱きしめてくれた。
その海藤の顔も、嬉しそうに笑っていた。
そして−
「お帰りなさい」
病院に行った翌日、何時もより早く帰ってきた海藤は、玄関先で小さな袋を差し出した。
「え?」
「見てみろ」
袋の中には小さな箱がある。その中には・・・・・。
「わ・・・・・可愛い!」
掌にのる様な小さな小さな赤ちゃん用の靴。黄色のそれは、男でも女でもどちらでも似合いそうだ。
「初めて履く靴は親が揃えないとな」
今から十分親バカになりそうな海藤の言葉に、真琴は嬉しくてギュッと小さな靴を抱きしめた。
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次回は海藤さんの伯父さん、菱沼さん登場。もちろん奥さんも同伴です。
その次にはマコちゃんの家族。マコちゃんも海藤さんもやることがたくさんあって大変そう。
でも、海藤さんが買った靴を履くのは・・・・・男の子と女の子、どちらでしょう?あ、双子というのは?(笑)