マコママシリーズ
第一章 懐妊編 4
そして、また数日後−
「水臭いじゃないか、マコちゃん!!」
「うわっ」
昼過ぎ、珍しく海藤が帰ってきたかと思うと、彼は1人ではなかった。
ドアを開けるなり、ガバッと真琴を抱きしめてきたのは海藤ではなく・・・・・。
「お、伯父さん?」
「久し振りだね、マコちゃん!」
「あ、はい、お久し振りです」
「お正月も来てくれなくて淋しかったよ。どうせ貴士の奴が離さなかったんだろうけど、そういう時はマコちゃん1人だけでも来てく
れていいんだよ?無愛想な息子よりも可愛いお嫁さんの方がいいからね」
突然現れた海藤の伯父、元開成会会長の菱沼辰雄の姿に初めは驚いた真琴だったが、手放しに向けられる好意に自然
に顔も笑顔になった。
菱沼は初対面の時から真琴を気に入ってくれていて、優しく接してくれた人だ。
妹の子供である海藤のことも自分の本当の子供同様愛してくれている人で、男同士で愛し合った自分達の事も笑って認めて
くれた力強い味方の1人だ。
そんな菱沼とは反対に、初対面から厳しく接してきたのが菱沼の妻、涼子だった。
聡明な彼女は、男同士で結ばれた自分達の未来を考えてくれて、真琴に対しても、海藤に対しても、世間は甘くないという
ことを教えてくれた。
言葉はきつくても海藤の事を思って言ってくれていると分かった真琴は、涼子を人間として好きになったのだ。
2人は今軽井沢の別荘地に居を構えて暮らしているが、今日は一緒ではないのだろうか?
「あの、りょ・・・・・」
「辰雄さん、そんなに乱暴にして何かあったらどうするの」
真琴が尋ねる前に、呆れたような声が菱沼の後ろから聞こえてきた。
「でも、君も嬉しいんだろ?貴士の子供を抱けるって、泣いていたじゃないか」
「・・・・・諦めてましたからね。貴士の本気の相手が男の子だと知ってから、貴士の子供を抱くことは出来ないだろうと思ってた
から・・・・・お久しぶりね、真琴さん」
「こ、こんにちは」
頭を下げた真琴に、今日はすっきりとしたパンツスーツ姿の涼子が艶やかに微笑んだ。
「まさか、子供が出来るなんて思わなかったわ」
「お、俺もです」
「それで?籍は入れたんでしょうね?」
「え、え〜と」
口ごもった真琴をじっと見ていた涼子は、すっと海藤を振り返った。
「貴士、籍は入れてないの?」
「はい、まだ」
「何考えてるの、あんたは!自分の子を私生児にするつもりっ?」
「りょ、涼子さんっ」
籍を入れるのを渋っているのは自分の方だと言おうとした真琴だったが、海藤はそんな真琴を制すと自分が頭を下げた。
「申し訳ありません。籍の方は、子供が生まれるまでには必ず」
「・・・・・」
涼子はじっと海藤を見つめた。
「貴士、他のどんな理由があろうとも、お腹の子の父親はあんたなのよ?全ての責任はあんたの肩に掛かるということを覚悟
しなさい」
「はい」
海藤には涼子の気持ちが良く分かった。
子供が出来たということで直ぐに行動を取らない海藤ではない。その海藤がまだ法的な手続きをしていないということは、止め
ているのは真琴の方だろうと見当をつけたのだろう。
そんな真琴の迷いを消す為にも、海藤を厳しく叱咤して見せた。
多分、真琴の心は揺れたはずだ。
真琴にとっては少し強引過ぎるやり方かもしれないが、涼子の思いはきっと伝わるだろう。
とにかく、玄関先で立ち話は真琴が辛いだろうからと、一同はリビングに落ち着いた。
「あ、あのお茶を」
「コーヒーを頂くわ。手伝うから教えてね」
座っていろと言われない方が落ち着くので、真琴は涼子と共にコーヒーを入れる。
海藤から帰ると電話があったので、一応沸かしていたのが役にたった。
「ああ、ありがとう、マコちゃん、涼子さん」
2人に向かってにこやかに礼を言った菱沼は、さてとというように海藤を見た。
「本当は、ベビーベットとか、べビーカーとか、服とか靴とか色々買って持ってきたかったんだが、涼子さんはそんな物は親が買う
ものだって言ってね」
「当たり前でしょう。それぞれ好みだってあるだろうし、選ぶ楽しみだってあるじゃない」
「うん。だから、まあお祝いとしてこれを受け取って欲しいんだが」
菱沼が内ポケットから取り出したのは白い封筒だった。
「はい、マコちゃん」
「え・・・・・」
真琴は海藤を振り返った。
「伯父貴の気持ちだ、受け取っておけ」
「う・・・・・ん」
(一万円、くらいだよね)
薄いその封筒に幾らも入っているはずが無く、真琴は気持ちとしてありがたく受け取った。
「男か女か、どちらかもう分かってるのか?」
「いえ、生まれた時の楽しみにしておこうと」
「ああ、それはいいな。どちらでも、2人に似れば可愛い子供だろう。今から楽しみだね、涼子さん」
「ほんと」
まるで本当の祖父母のように(2人共若く見えるので申し分けないが)喜んでくれる2人を見ていると自分も嬉しくなってくる。
真琴は海藤の隣に腰を下ろすと、その横顔を見上げた。
(海藤さんも嬉しそう・・・・・)
柔らかな笑みを浮かべる海藤の顔を見るのが、真琴もとても嬉しかった。
せめて夕食を一緒にと、帰る2人引き止めようとしたのだが、
「久し振りに東京に出てきたから今からデートするんだよ」
ウインクをしながら言った菱沼と、腕を組んで笑った涼子を見送った真琴は、はあ〜と溜め息をついた。
「なんだか、羨ましいな」
「ん?」
「・・・・・俺達も、歳をとってもあんな風に腕を組めるかな」
「当たり前だ。俺の隣にいるのはずっとお前だと決まっている」
改めて言葉にされるとくすぐったくて、真琴は気恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにテーブルに置かれた封筒を手に取った。
2人からの大切な気持ちだし、使わずにちゃんと取っておこうと思ったのだ。
すると、海藤が横からそれを取って中を覗いた。
「海藤さんってば・・・・・?」
「・・・・・やっぱりな」
海藤が持っている物に不思議そうに視線を落とした真琴は、次の瞬間えっと大きく叫んだ。
「こ、これって、小切手だったんですかっ?」
真琴が1万円くらいだと思っていた封筒の中身は、同じ1枚でもその重みは明らかに違っていた。
額面は・・・・・なんと一千万円だ。
「な、こ、これ、どうしよ!海藤さん!早く追いかけて返さないと!」
「無理だな」
「無理って・・・・・」
「一度受け取ったものを返すと伯父貴の顔がたたない。これはありがたく受け取って、お礼に2人揃いの着物でも贈ろう」
「き、着物・・・・・」
海藤が言う物が、真琴の想像しているもののどれくらい倍になるのか・・・・・真琴は想像するだけでも怖くなった。
(・・・・・今度からは絶っ対、中身を確かめてから受け取ろう・・・・・)
後々のことを考えると、それが一番確実な方法だろう。
まだ生まれる前からこんなに疲れるなんてと、真琴は案外に孫(?)にはメロメロの菱沼夫婦を思って先が思いやられるような気
がしていた。
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相変わらず熱々の菱沼ご夫婦。彼らは今からジジババ馬鹿を炸裂中です(笑)。
とにかく、いい着物を買ってやってください、海藤さん。