マコママシリーズ
第一章 懐妊編 8
西原家の3兄弟が帰って数日後、海藤はスケジュールをやり繰りして真琴の実家に挨拶に行った。
「マコちゃん!久し振りだね!」
「マコ、お帰り!」
出迎えてくれた真琴の父は、真琴に良く似た面差しの、おっとりとした雰囲気で。
母親は少しふっくらとした明るい笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、ごめんね、久し振りで」
「元気そうで良かった。ああ、こちらが海藤さんだね?真琴が何時もお世話になっています」
「やだあ、マコの話よりもカッコイイ人じゃない」
あらかじめ、海藤の同行を伝えていたので、両親は大歓迎で2人を迎える。
学校に行っている真哉はいなかったが、長兄の真弓と次兄の真咲は共に休みを取ったようで複雑な顔をしながらも家で2人を
待っていた。
「急にごめんね」
「家に帰ってくるんだ、謝ることはないよ」
「う・・・・・ん」
優しく笑う父に、真琴は途惑った視線を向けて・・・・・そっと海藤を振り返る。
海藤は強く頷き返すと、頭を下げて挨拶をした。
「初めまして、海藤です」
海藤のことは、『真琴のバイト先に来ていた親切な社長』という説明しか聞いていなかった両親は、真琴が世話になっている
人だからと海藤を快く受け入れた。
しかし、その後、座敷に通された海藤は用意された座布団には座らず、畳の上に正座をして背筋を伸ばすと、誤魔化しや
遠回しをすることも無く、自分と真琴との関係を伝えた。
海藤の口から真琴と交際をしているということと、真琴が妊娠をしていること、そして近い内に籍を入れようと思っていることを
聞かされた両親。
突然に、思い掛けない話を聞かされた両親は、さすがに始めは信じられないようだった。
しかし、真琴が持参してきた兄弟に見せた物と同じ物を見せると、その事実を認めないわけにはいかなかったようだ。
・・・・・ただ、その後の反応は、海藤が予想していたものとはまるで違っていた。
きっと、息子に手を出した外道だと罵倒され、殴られることも覚悟していたのに、驚きから醒めた真琴の両親は大きな溜め息を
つきながら言った。
「マコ、玉の輿ねえ」
母親の彩(あや)がしみじみと呟き、
「マコちゃん、お嫁さんになるのか・・・・・淋しいなあ」
父親の和真(かずま)が苦笑した。
「でも、私、娘が欲しかったのよねえ。マコが赤ちゃん産めるんなら、すっごく楽しそうだし」
まるで、本当に娘を嫁に出すような2人の反応に、途惑ったのは真琴も同じだったようだ。
「俺、男なんだよ?それでも?」
「それは確かにびっくりしたけど」
「・・・・・お、怒らないの?」
「反対って・・・・・そうしたら子供はどうするの?」
「え、あ、だって・・・・・」
「確かに、何だか胸の中でモヤモヤするけど、でも・・・・・喜んで迎えてあげたいじゃない、赤ちゃん」
「母さん・・・・・」
「マコがお兄ちゃん達より早く相手を見つけるなんて思わなかったけど・・・・・おめでたいことでしょう?ねえ、お父さん」
「そうだよ。家族が増えるって事はいいことじゃないか。それも、いっぺんに2人もだよ」
おっとりとした和真の言葉に、海藤は胸が詰まるような気がした。
海藤自身、今まで家族という輪を自分とはかけ離れたものに思っていたぐらいなのに、初めて会った真琴の両親は、真琴の腹の
子供だけではなく海藤のことまで家族と言ってくれた。
それが・・・・・心が震えそうなほどに嬉しい。
その日の西原家の夕食は豪勢なものだった。
お祝いだからと赤飯を炊いた上に、真琴が好きなエビフライと卵焼き。
兄弟達が好きな唐揚げやポテトフライ。
そして、海藤や和真の為にと用意された刺身と煮魚。
彩が自分用だと言い張って一つだけ用意した小僧寿しのマグロ尽くし。
上の兄達が持ち込んできた野菜やパンも盛られて、全く統一性の無い夕飯になったが、海藤は自然と自分の頬が緩んでいる
のが分かった。
「海藤君は酒飲める?」
「ええ」
「親父、そいつザルだぜ」
言いつけるように口を挟んだのは真咲だったが、和真は苦笑をしながら息子をたしなめた。
「サキちゃん、年上の人に呼び捨ては駄目だろ?」
「・・・・・はい」
「ユミちゃん、ちょっとビール取って」
「はい」
既に20代も半ばの、見上げるほどに体格も立派な息子達だが、彼らもこの細身の父親には逆らえないらしかった。
大柄な男達が肩を竦めて従う姿はどこか滑稽だが、きちんと家族内の上下関係が定められていることが海藤の目から見てもよ
く分かった。
「さ、海藤さん」
「どうも」
そして、どうやらここの家族は真琴以外は皆酒豪らしく、少しも顔色が変わらないまま杯を重ねていく。
小学生の真哉までビールを一杯飲んで、真咲に頭を殴られているくらいだ。
「お前はまだ早い」
「いいじゃん!自棄酒だよ!」
「小学生のくせにっ」
「兄ちゃん達は少しは焦れよ!早くお嫁さんもらわないと、俺の方が追い越すからな!」
「はは、真君は将来有望だなあ」
「お父さん、笑ってる場合じゃないわよ。真、その一杯だけで止めておきなさい」
賑やかで楽しい家族の食事。
海藤は真琴が大勢で食事をするのが楽しいと言っていたわけを実感した。
幼い頃からこんな環境で育っていれば、確かに2人きりでは淋しい思いをしていたかもしれない。
(これからは倉橋や綾辻も呼ぶか・・・・・)
その日は真琴の実家に泊まる事になったが、海藤は真琴が眠った後、まだ起きていた和真に対して自分の本当の職業を伝
えた。
コンサルタント会社を経営しているのも事実だが、本来の身分は開成会会長という、ヤクザの組の組長だということを。
「・・・・・真琴は知っているんですか?」
「はい。会った当初から・・・・・」
「・・・・・そうですか」
まさか2人の始まりが強姦まがいから始まったとはとても言えなかったが、それ以外のことは出来るだけこの父親には話さなければ
と思ったのだ。
しばらく黙っていた和真は、やがて自分の前で正座をしている海藤に向かって苦笑しながら言った。
「正直に言って頂いて、ありがとうございました」
「・・・・・反対なさらないんですか?私がこんな・・・・・世間に背を向けるような組織にいることを知っても・・・・・」
「駄目だって言ったら、あなた真琴と別れてくれますか?」
「・・・・・いえ・・・・・申し訳ありません。それだけは・・・・・出来ません」
「そうでしょうね。こうして実家まで頭を下げに来てくれるくらいだし、あなたが真琴をどんなに大切に思ってくれているのかよく分
かります」
「・・・・・」
「それにね、真琴が妊娠したという驚きの方が大きくて、本当はあなたの職業のことを聞いてもピンと来ないんですよ」
真琴によく似た面差しで、和真は穏やかに言葉を続けた。
「それに、私は実際にあなたがどんなことをしているのか見たわけではない」
「・・・・・」
「あなたがたとえ法を犯すようなことをしても・・・・・最悪、人を殺めたとしても、それを私達が知るすべはないし、知りたくもあり
ません」
「・・・・・」
「真琴が笑っていてくれれば、私達はあなたを《いい人》だとずっと思っていられるんですよ。・・・・・多分、かなりエゴイスティック
な考えでしょうけど」
「・・・・・」
「これからも、それを見せないで下さい。私達家族を騙し続けてください。あなたがたとえどんな人でも、真琴を・・・・・真琴と子
供を幸せにしてくれるのなら、あなたの職業がどんなものであろうと私には関係ない。私達家族はあなたの味方でいられます」
「・・・・・」
「それが親というものではないかな」
少しずれてるかもしれないと言いながら笑う和真に、海藤はただ頭を深く下げるしかなかった。
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西原家3兄弟の次に両親の登場です。
穏やかながら、このパパはかなり奥の深い人です(笑)。
これを書く前から、次回の海藤&真琴の本編は、西原家を舞台にしたものを考えてました。「昔日〜」がシリアス過ぎたので、ちょっと明るいものにしたくて。
今回で両親の性格も分かったと思うので、じきに始まる本編の方も楽しみにしていて下さい。(もちろん本編は妊娠話はでません)
あ、人物設定に両方の両親も追加しました。書いておかないと名前忘れちゃうので(笑)。