マコママシリーズ
第ニ章 出産編 1
「大丈夫、ちゃんと育ってるよ」
カルテを見た真琴の担当医である初老の医師は、にっこりと笑いながら言った。
既に何時産まれてもおかしくない産み月に入っており、今真琴は3日に1度の検診を受けている。
男の身体での出産というリスクを考え、病院側も万全の体制をとっていたが、医師はそれよりも毎回真琴の相手(この場合腹
の子の父親という立場だが)がきちんと付き添っていることに感心していた。
まだまだ男の妊娠が希少な時。
妊娠をした男達はほとんどが同性の恋人持ちであるし、妊娠したことへの喜びはあるものの、世間では認められない関係に両
方が揃って病院に来ることは稀だった。
しかし、このカップルは男女の夫婦以上の結び付きがあるように、男は必ず付き添い、一緒に医師の話を聞く。
だんだんと目に見えて腹が膨れてくる相手に対して、どんな奇異な目を向けられても全身で守っているようだ。
この2人ならば、きっと誰よりも子供を幸せにするだろうと、医師は安心して出産に向けて準備をしていた。
「あの、先生、聞いてもいいですか?」
「なんだね?」
「俺、男ですよね?赤ちゃん、どこから産むんでしょうか?」
不安そうな顔をしながら訊ねた真琴に、医師は一瞬呆気に取られてかのように目を見開いた。
しかし、次の瞬間、苦笑を零しながら優しく言う。
「今までの説明では分かりにくかったかね?」
「そ、そんなことはないんですけど・・・・・やっぱり大丈夫かなって思って、何度も聞きたくなっちゃうんです」
恥ずかしそうに言う真琴に、医師は少し考えた後、手元のメモに簡単に絵を描いた。
「前にも言ったけど、男の身体に子宮が出来た原因は、今もって解明されてはいないんだ。ただ、同性間の関係を続けていく
上で、受け入れる側の身体に急激に女性ホルモンが増加したという事実はある・・・・・それは話したね?」
「はい」
真面目に頷く真琴に、医師は絵を指しながら説明を続けた。
「出産は、陰茎の根元の陰嚢より1センチほど下の辺りに、女性でならば膣と言われる穴が出来てる。そこが産道になってい
て、君のお腹の子宮に繋がってるんだ。この穴は出産後にほとんど目立たなくなる者が大半だよ。今まで2人目を産んだという
例は聞かないから、もしかして退化するのかも知れないが、その辺りもまだ研究段階ではっきり言うことは出来ない」
黙り込んでしまった真琴の代わりに、海藤が落ち着いた声音で訊ねた。
「何回も聞いて申し訳ありませんが、彼の身体に危険が及ぶということはないんですね?」
「100%・・・・・とはいえませんが、今まではそんな報告は上がっていません。ただ、やはり男の出産というものはリスクがないわ
けではないんですよ」
「・・・・・」
「子供はほとんど2000グラム以下、かなり小柄で産まれます。それはやはり性別の違いか、子宮が大きくなるのにも限界が
あるからだと思われます。ただ、その際に膣が裂けたり、死産だったりすることはないでしょう。それに今の医術ならば、1000グラ
ム以下の子供でも十分に助けることが出来ますよ。最善を考えたなら、帝王切開という方法もありますが、出来るなら自然分
娩の方がいいし、これは最後の方法として考えてください」
「・・・・・」
「ただ、痛みはかなりあると覚悟していなさい。一つの生命を世に送り出すのにはかなり大変だけど、君は親になるんだからね、
しっかりと頑張って」
「先生・・・・・」
「人間の身体というものはとても不思議で素晴らしいものだ。西原さん、君の身体は既に母親として機能していて、十分立
派なものだよ」
車の中で、真琴はじっと腹の上に手を当てている。
ずっと黙り込んでいるその様子に、海藤が肩を抱き寄せながら声を掛けた。
「怖くなったか?」
「・・・・・」
「出来るなら俺が代わってやりたいが・・・・・すまないな」
「・・・・・海藤さんが?」
海藤の妊婦姿を想像したのか、真琴の頬にはやっと笑みが戻った。
「あんまり、カッコよくないですよ」
「そうか?でも俺は、お前との子供だったら自分が生んででも欲しいと思ってる」
「・・・・・うん」
真琴は海藤の身体に身を寄せると、呟くように話し始めた。
「怖いっていうか・・・・・お母さんって凄いなって思って。女の人は初めから妊娠する可能性があって、その覚悟も出来ていて、
すごい痛いって聞くのに、何人も産む人もいて・・・・・女の人って偉大だなあ」
「お前も、人が感じない怖さを受け入れようとしているじゃないか」
「なんかね、俺、男なんだけど、お母さんの気分なんです。何があっても、この子は無事に産むぞって、痛さなんて関係ないっ
て思うくらい。今の俺が心配しているのは、俺の身体からちゃんと産まれてくれるかなって事で・・・・・ねえ、海藤さん、大丈夫で
すよね?俺達の赤ちゃん、ちゃんと産まれてきますよね?」
「当たり前だろう。俺達がこんなに待ち焦がれているんだから」
「・・・・・そっか」
海藤は大きな手で真琴の手の上から腹を撫でる。
ここに、自分と真琴の新しい命があるのだ。
「大丈夫だ、必ず無事産まれてくる」
マンションに戻ると留守電が入っていた。
相手は弟の真哉からで、また掛け直すとあったが、真琴は急に声が聞きたくなって自分から電話をし返した。
「真ちゃん?」
『マコ?身体大丈夫?』
当初は最愛の兄の妊娠に動揺していた真哉も、今では真琴の身体を気遣って時折電話を掛けてくれる。それは他の家族
も同様で、それぞれが何日か置きと決めているらしいが、家族が多いので結局毎日のように誰かからの電話を受けていた。
やはり大切な家族の励ましは何よりの勇気になる。
「電話ありがとう。ちょうど病院に行ってきたんだ」
『ほんと?ね、男か女か分かった?』
「ん〜、大体は分かってるらしいんだけど、聞かないようにしてる。どっちでも嬉しいから」
『それはそうだけどさあ。名前を考える側としては、どっちか分かった方がいいんだよなあ』
真琴を取られた腹いせに、弾みのように名付け親になる宣言をした真哉。
どうせ海藤は真に受けないと思っていたらしいが、海藤は言葉通り真哉に任せているらしく、それを聞いた真哉はここのところ姓
名判断の本やインターネットで、躍起になって名前を考えているらしい。
むかつく海藤の子供だが、それ以前に大好きな真琴の子供で、自分の初めての甥か姪になるのだ。
随分と力を入れてくれているらしい真哉の様子に、真琴は電話口でクスクス笑った。
「もう、何時産まれてもおかしくないんだって。頑張って考えてよ、真ちゃん」
『何個か候補は絞り込んだんだ。でも・・・・・やっぱり顔をみないとなあ』
「そうだね、イメージもあるから」
『マコの赤ちゃんなんだからきっと可愛いよ』
「海藤さんの赤ちゃんでもあるんだから、カッコイイかもしれないよ」
『・・・・・まあ、もうちょっと考える』
「真ちゃんが一生懸命考えてくれた名前だったら、きっとこの子も喜んでくれる。ありがと、真ちゃん」
『・・・・・うん』
電話の向こうから照れたような気配が伝わり、真琴は胸の中がほんわりと温かくなった。
マンションの一室は、既に赤ちゃん用品が所狭しと置かれてあった。
それは真琴と海藤が揃えた物、海藤だけが買った物、倉橋や綾辻がプレゼントしてくれた物や、真琴の実家、菱沼夫婦、そし
てバイト先の人間からと、たくさんの好意が形となってそこにある。
「やっぱりこれよ、赤ちゃんには絶対これが必要!」
綾辻が笑いながらくれたオムツが、部屋の片隅を独占している。
気を遣ったのか、新生児用から、S・Mサイズ、そしてお尻拭きまで一通りあった。
嵩張って仕方がないと倉橋は文句を言っていたが、幾つあっても困らない嬉しい贈り物だ。
「みんな・・・・・待ってくれてるんだな・・・・・」
嬉しい・・・・・嬉しくて、この部屋に入るだけで泣いてしまいそうだ。
待ってくれている人達の為にも、怖いなどとは言っていられなかった。
「・・・・・よし」
真琴はリビングに戻った。
海藤は真琴をマンションに送り届けてくれてから事務所に向かったので、今真琴はここに一人だ。
「・・・・・しょっと」
陽が差し込んでくるリビングの床にクッションを置いてそこに座ると、真琴は部屋から持ってきた妊娠と出産の本を開く。
これも、綾辻が差し入れてくれたものだ。
(綾辻さん・・・・・どんな顔で買ったんだろ?)
後々の参考の為と笑っていた綾辻の真意は分からないが、とても自分では恥ずかしくて買えない本なのでとても助かる。
男と女の違いはあるが、共に大切な我が子を産むという条件は同じだ。
気休めかもしれないが出来ることは全てしようと、真琴は熱心に本を読み続けた。
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いよいよ出産真近です。
赤ちゃんはどうやって産もうと考え、まさかお尻からとは出来ず(笑)、上記のような説明になりました。分かりにくいかな?
あ〜、もう、早く赤ちゃんが書きたいです。