マコママシリーズ





第ニ章  出産編   2






 2000グラムというのはかなり重要な境界線なのだということを、真琴は何度も自分自身に言い聞かせた。
医師からは男の出産ではほとんどが2000グラム以下の出産になるという話だが、それだと真琴は子供と共に退院は出来ず、
それからしばらくの間は保育器の中で育つことになる。
それも、健康体ならば数週間という時間で済むかもしれないが、もしも・・・・・もしもという場合は・・・・・。
 真琴は出来るだけ悪い想像はせず、それよりもと以前より多く食事を取るようにした。1グラムでも多く、少しでも2000グラム
に近付くようにと、一生懸命食事をする真琴に、海藤は無理をすることはないと説得した。
過度な食事のせいで、母体である真琴の方が参ってしまっては元も子もない。それよりは規則正しい生活を送る方がいいと、
気負う真琴を優しく宥めた。
そして・・・・・。



 もう、何時出産があってもおかしくはないと言われてから数日後−。
真琴は病院の個室のベットに寝ていた。
普段どおりの生活をしていても問題は無いのだが、出来るだけ長い間子供がお腹の中にいる為にと考えた結果だった。
女の通常出産とは違い、男の妊娠の周期は数え方も変わるようで、妊娠30週前後、200日を過ぎればほぼ正常出産だと
いってもいいようだった。
ただ、どんなに正常出産といっても、子供の体重は2000グラム以下で、様々な検査を終えるまでの数週間はそのまま病院に
いなければならない。
普通に産んで、普通に一緒に退院すると思っていた真琴にとってはそれだけでもショックだったが、気を取り直して真琴は自分
が出来ることを精一杯することにした。
今の真琴には、こうしてベットに寝ていることも大切な仕事なのだ。



 「真琴」
 入院して、1週間。
海藤は毎日病院を訪れてくれる。
病気ではないのだからと真琴の好きなケーキを持って、面会時間が終わるまで傍にいてくれた。
倉橋も綾辻も頻繁に来てくれたし、菱沼夫婦も、実家の家族達も顔を見せてくれ、出産経験者の母と涼子は、こんな待遇
はもったいないわよと笑って言った。
 「あのね、もうそろそろだって先生が言ってました」
 「そうか」
 海藤は笑みを浮かべた。
 「大丈夫か?」
 「・・・・・はい。不安が全然無いってことはないけど・・・・・もう、後は先生に任せるしかないし。1日1日、少しずつでもこの子
の体重が増えることを祈って、毎日いっぱい食べてます」
 「真琴」
 「大丈夫、無理はしてませんから」
(お腹、パンクしちゃうと困るし)
 「少し小さくても、異常が無かったらそれだけ早く退院出来るって言ってたし、その為にも俺がしっかりしなくちゃ、お母さんなん
だから・・・・・あれ?お父さんなのかな?」
 「父親が2人ならそれだけ心強いじゃないか」
 「・・・・・はい」
 「とにかく、お前だけの子供じゃない。俺の子でもあるんだ。何かあったら直ぐに言うんだぞ」
真琴はコクンと頷いた。



 面会時間を終えた海藤が病室から出て間もなく、
 「・・・・・ん・・・・・っ」
ツキンとした痛みが真琴を襲った。
それは初めて感じる痛みで、真琴は恐る恐る掛け布団を捲り、そっと身体をずらして見た。
 「・・・・・うわ・・・・・」
真っ白なシーツの上に、赤い小さな染みが出来ている。
一瞬絶句した真琴だったが、それが医師に教えてもらった「おしるし」といわれるものだと直ぐに気付いた。
出産が始まる前に、子宮が開いたという合図で流れる血。毎月血を流す女とは違い、男は血を見ること自体慣れないはずだ
から驚かないようにと、前もって何度も言い聞かされたことだ。
 「う、うわ、どうしよ、あ、赤ちゃん、生まれちゃう・・・・・あ、先生!」
 直ぐにナースコールをした真琴は、枕元の携帯を手に取った。
直ぐに海藤に知らせなければと思う反面、初産は時間が掛かるらしいと本で仕入れた情報が頭の中を巡り、たった今帰ったば
かりの海藤を呼び戻していいのかと迷ってしまった。
しかし・・・・・、

 「お前だけの子じゃないんだ」

(そうだ・・・・・俺だけの赤ちゃんじゃないんだもん・・・・・)
大きな溜め息を付いた真琴は、携帯の短縮のボタンを押した。



 海藤が駆けつけた時には、真琴は既に分娩室に入っていた。
特殊な事例の為、陣痛段階から何があってもいいようにと真琴専用に借り切っているようだ。
 「海藤さん・・・・・」
 手術着のような服を着せられていた真琴は、先ほど分かれた時よりは若干青白い顔をしているものの、それでもまだ口調な
どはしっかりとしている。
 「大丈夫か?」
 「う、うん、まだまだ今からだって言われました」
 「そうか」
それでも時折波のように痛みが襲ってくるらしく、真琴の眉は顰められて脂汗をかいている。
海藤は何も出来ない自分が不甲斐なく、ただしっかりと真琴の手を握り締めた。
 「何がして欲しい?」
 「・・・・・腰、擦ってください」



 海藤が来るまで、真琴は出産の準備をした。
浣腸をし(これは大事らしい)、軽くシャワーを浴び、服を着替えた。
ジワジワと、いよいよだという気持ちが高まってくる。
 「真琴」
 「大丈夫です」
 「・・・・・」
 「俺は、大丈夫」
 海藤に背中を向ける格好で横たわっていた真琴は、何度も何度も自分に言い聞かせるように呟く。
しかし・・・・・その声は、やがて小さく、震えを帯びたものになってきた。
 「・・・・・大丈夫かなあ・・・・・」
 「真琴」
 「・・・・・怖い・・・・・怖いよ、海藤さん・・・・・」
 本来ならば有りえないはずの男の自分の出産。
万全の体制だと医師は言ってくれたが、無事に子供を生むことが出来るのだろうかと、この段になって不安が大きく膨らんできた。
何か、何かあって、もしも子供が死ぬようなことがあったらと思うと、怖くて。
自分も、この出産という大きな出来事に耐え切れるかどうか、不安で。
どうしたらいいのかと心の中で必死にもがいているのだ。
 「大丈夫だ、真琴」
 そんな真琴の耳に、聞き慣れた、大好きな声が響いた。
 「俺も、ずっと傍にいる」
 「・・・・・」
 「何かあったとしても、お前も子供も、どんなことをしても助ける。何も心配するな」
海藤の唇が頬に触れた。
 「・・・・・大丈夫・・・・・?」
 「ああ」
 「赤ちゃんも、俺も、ちゃんと・・・・・」
 「俺達だけじゃない、みんな待ってるんだ。真琴、無理をするな。お前が出来ることだけをすればいい」
 「・・・・・」
優しく腰を撫でる手と、耳をくすぐる甘い声。
海藤の言葉を信じればいい・・・・・信じたいと思った真琴は、断続的に襲ってくる痛みに唇を噛んで耐えていた。





                                   





出産です。
一応ファンタジーなので、現実の話とは(子供の体重他)現実味が無いかもしれませんが、出産経験者の方はあらかじめご了承下さい。
出産の話がメインではないので、あまり長引くことは無く、次回には海藤2世誕生です。