マコママシリーズ
第ニ章 出産編 4
男である真琴に大きなショックを与えない為か、生まれてきた子供は素早く軽く拭われ、毛布に包まれてから、真琴の枕元
に顔を見せた。
「・・・・・うわ・・・・・」
本当に真っ赤な、テレビで見たことがあるサルのような顔をした小さな赤ちゃん。
自分にも海藤にも、どこが似ているのか全く分からないのに、気持ちが・・・・・これは我が子なのだと知らせていた。
「西原さん」
看護師に促され、真琴は震える手を伸ばして、少しだけ小さな手に触れてみた。
「・・・・・生きてる?」
「大丈夫。今から保育器に入るからしばらくは抱けないけど、ちゃんと元気な男の子ですよ」
「・・・・・」
真琴は、枕元に立っていた海藤に視線を向けた。
「海藤さん・・・・・」
「ありがとう、真琴。ありがとう・・・・・」
強く手を握り締めながら何度も繰り返しそう言う海藤に、真琴の目からも涙が溢れてきた。
「うれし・・・・・」
「真琴」
「産まれてきてくれて・・・・・嬉しい・・・・・」
(女の人って・・・・・偉大・・・・・)
産んだら終わり・・・・・そう思っていた真琴は、出産がそれだけではないと自分自身の身体で思い知った。
とにかく全ての後処理が終わるのにそれから更に30分ほど掛かり、病室に帰った時には真琴は既にくったりと力なくベットに沈
み込んでいた。
「真琴」
先に着替えていた海藤は、そんな真琴の髪を優しく撫でながら言った。
「何か食べるか?」
「・・・・・ううん、いらない。今は眠たいです・・・・・」
自分ももちろんだが、ずっと付いていてくれた海藤も相当疲れただろう。
真琴は安心させるように小さく笑むと、海藤も静かに微笑んだ。
「そうか」
「みんなは?」
「今日は疲れただろうからって遠慮してくれた。明日からは煩くなるぞ」
小さく生まれた子供は、既に保育器に入れられてNICUに入ったが、どうしても一目見たいと言っていた真琴の両親の為に、
今頃は看護師を相手に倉橋と綾辻が得意の弁舌を振るっていることだろう。
「お前は、今日はもう寝ていろ」
「う・・・・・ん・・・・・」
真琴の出産は、懸念を大きく翻した(あれでも)安産だったらしい。
陣痛が弱く、破水してから15時間を過ぎた頃、医師から促進剤を打とうかとも言われた。
しかし、真琴は出来るだけ自分の力でとそれを断ってしまった。
だからこそ20時間もの長丁場の出産になったが、真琴はきちんと自分の力で出産し、未熟だと言われていた膣も何とか裂け
ることはなかった。
それでも体力の消耗は相当なもので、真琴はそれから2日程はほとんど眠り続け、3日目にやっと起き上がってNICUに行く
事が出来た。
「・・・・・」
海藤と共に保育器の前に立った真琴は、改めて見る自分の子供の小ささに声が出なかった。
そんな驚きは珍しいものでもないのか、看護師ははっきりとした口調で説明してくれた。
「西原さんの赤ちゃんはまだ大きい方よ。ここには500グラムほどで生まれた赤ちゃんもいるし、1000グラム未満の赤ちゃん
もたくさんいる。でも、みんな元気で育ってるわ」
「・・・・・」
確かに、周りの保育器を見れば、かなり小さな赤ん坊がいた。大人の親指ほどしかない腕に何本ものチューブを繋がれている
姿は痛々しいが、それでもちゃんと生きているのだと、微かに上下する胸が教えていた。
真琴は、自分の子供を見る。
確かに小さいが、周りの子達と比べれば2倍以上はある大きさだ。付けられている点滴やチューブの数も2つだけ。
「・・・・・なんだ・・・・・おっきいのか」
呟く真琴に、海藤は頷いた。
「この中で一番古株みたいな顔をしているな」
「・・・・・頑張れ」
(頑張れ、俺の赤ちゃん)
次に真琴を待っていたのは母乳の搾乳だった。
確かに僅かながら膨らんだように見える胸だったが、まさか男の自分に母乳が出るとは思わなかった。
しかし。
「他のお父さん達の中にも、母乳が出ることが稀にあるんですよ。ほら、ツワリがうつるっていうでしょう?あれの最たるものだけ
ど、西原さんは立派に赤ちゃんを産んだんだから、母乳が出るのも当然。初乳は大切だから、少しでも飲ませてあげたいし」
真琴は自分の身体を見下ろした。
自分でも知らない間に、この身体は母親として変わっているようだ。
それでも、一ヶ月ほどで母乳は出なくなるらしく、胸が膨らむという事も無いようだ。
真琴はほっとして、かなり痛みを伴う搾乳に挑んだ。
そして、真琴が出産して初めて迎えた土曜日、憮然とした表情の真哉と共に西原家の三兄弟が見舞いに訪れた。
ぽっこりお腹という違和感は無くなったものの、やはり出産を経験した真琴は全体の雰囲気が変わったようで最初はぎこちない
空気がしたが、話しているうちに真琴自身は何も変わっていないと分かったのか、兄弟達の口は滑らかに打ち解けてきた。
「ほら、真、今日の主役はお前だろ?」
「・・・・・」
しばらくして、長兄の真咲がずっと口を尖らせている真哉を肘で小突いた。
「え?何?」
「マコ、お前、子供の名前、真に頼んでただろ?」
「真ちゃんっ、名前決まったんだっ?」
そろそろ出生届を出さなくてはいけない頃で真琴も名前のことは気にしていたのだが、海藤が真哉の連絡を待つというので今
か今かと思っていたのだ。
「何て名前?」
「それが俺達にも言わないんだよ。真」
「・・・・・」
「真ちゃん」
真哉は、チラッと部屋の片隅にいる海藤に視線を向けた。
兄弟達の話を邪魔しないようにと、腕を組んで壁に背を預けていた海藤は、その視線に僅かに目を細める。
「・・・・・」
「真ちゃん、もしかして決められなかったとか?」
「決めたよっ。大事なマコの赤ちゃんだし!俺にとっても大事な甥っ子だし!」
真哉はポケットの中から小さく折りたたんでいた紙を取り出すと、ツカツカと歩み寄って真琴の膝の上に置いた。
「たか・・・・・お?」
「きお!」
B5の大きさの紙に書かれていたのは、気を遣ったのか筆で書かれた【貴央】という漢字だ。
確かに《きお》と読めなくは無いが、普通ならば《たかお》と読むだろう。
困惑したように真哉を見つめると、真哉はますます眉を顰めて言った。
「・・・・・って、だって、たかおって付けちゃうと、本当に全部あいつのものになっちゃうじゃん!」
「真ちゃん・・・・・」
真哉はずっと考えていた。本棚にはもう数冊の姓名判断の本があるし、毎日インターネットでも調べた。
その時に、子供の苗字を悩んだが、結局は大好きな兄を取ってしまった男の名前で調べ、やっと画数が合った名前。
男の名が貴士だとは知っていたし、出来るなら使いたくは無かったが、自分達兄弟も皆父の名を一つ貰ってこうして元気に成
長してきた。
真琴の子供も、元気に育ってくれるように・・・・・真哉はギュウッと拳を握り締めた。
「たかおでいいよ!」
「真ちゃん」
「字画はそれが一番いいんだから!元気に育つんだったらどっちでもいい!」
そう叫ぶように言うと、海藤の方へその紙を突き出した。
「海藤貴央(かいどう たかお)!これでどうだよ!」
海藤はゆっくりとその紙を手に取ると、何度かそれを指でなぞった。
何か、愛おしいものに触れるような優しいその動きに、部屋にいた者達は思わず息をつめて見つめてしまう。
「真哉」
やがて、海藤は真哉の名を呼んだ。
笑みを含んだ優しい目を向けられ、真哉は途惑ったように顰めた眉を下げてしまう。
「ありがとう、いい名前だ」
「・・・・・あ、当たり前!俺が考えたんだからっ」
「そうだな。真琴、俺達は一番いい名付け親を選んだらしい」
「はい」
本当にそう思っているのだということを感じて、真哉は少しだけ目元を赤くしてそっぽを向いた。
その日、海藤と真琴、2人の間の子供は、叔父さんに考えてもらい、父親の名前を一字取って、めでたく【貴央】と名付けられ
た。
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名前決定しました!貴央・・・・・たかちゃんです。スケートの真央ちゃんじゃありません(笑)。
色々調べましたが、本によっては結果もまちまちで。結局、響きと字柄でこれに決めました。
これからは海藤&真琴プラス、たかちゃんも宜しくお願いします。