マコママシリーズ





第ニ章  出産編   5






 最近のNICU(新生児集中治療室)には名物がある。
それは・・・・・。
 「おはようございます」
 面会時間になって直ぐに現われたのは、特別室に入院中の西原真琴だ。
彼は・・・・・そう、彼は女ではないが、ここの病院で出産した立派な母親だった。
一見して女のような容姿をしているわけではない。確かに華奢で細身ではあるが、けして女と間違われるというような外見では
ないものの、何と言うか・・・・・妙な色っぽさがあるのだ。
目じりのホクロのせいかもしれないが、彼が子供を生んだと言われても、ありうるかもと納得してしまう雰囲気だった。
 「おはようございます、西原さん。今日も一番乗りよ。貴央君、今朝は元気に泣いてたわ」
 「本当ですかっ?」
慌てて保育器の方へ足早に駈け寄る真琴の後ろには、最近やっと見慣れた人物も付いてくる。
 「お世話になります」
 「おはようございますっ」
一オクターブ上がった看護師の声に気付いているのかどうか、男は軽く会釈をした後、真琴がペッタリと張り付いている保育器
へと足を向けた。



 この病院でも、数例しか扱ったことがない男性の出産。
10日程前に出産した西原真琴も、その稀な出産例の1人だった。
出産して数日間はさすがに身体が自由にならなかったようだが、今では何とか普通に歩けるようになって、NICUに入っている
子供に会いに来るようになった。
 特別な治療を施すこの場所での面会時間は1日に3回と決まっており、母親達もその時間に合わせてくるのだが・・・・・。
 「あ、やっぱり朝はあの人ね」
 「しっ」
はしゃいだような若い看護師の歓声を制した年嵩の看護師も、やはり目の保養だというように笑みを浮かべながら視線を向け
た。
その先には・・・・・。
 「あ、目が開いてるっ!倉橋さん、ほらっ!」
 「本当ですね。今日はご機嫌がいいのかもしれません」
 「まだおサルさんみたいだけど・・・・・可愛い」
 「社長とあなたのお子さんですよ。可愛くて当然です」
きっぱりと言い切る男に、それでも真琴は嬉しそうに笑った。



 西原真琴の3回の面会時間には、それぞれ別の付添い人がいた。
午前中の1回目には、背の高い、しかしほっそりとした体型のノーブルな美貌の主だった。
フレームスの眼鏡の奥の切れ長の目は冷たいといっていい程の温度だったが、真琴と子供に向ける目には柔らかな温かさがあ
る。
 「あ、あの消毒を・・・・・」
 「分かりました」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「何か?」
 「い、いえ」
他人には見事なほど一線を介すその主は、看護師の中では密かに【眼鏡の貴公子】と呼ばれていた。

 昼過ぎの2回目の面会時間に付き添うのは、一見モデルかと思うような華やかな美貌の主だ。
細身ながらしっかりと筋肉が付いた身体で(看護師の目では分かる)、身のこなしもスマートだ。
 「こんにちわ〜」
 「あ、こんにちは」
 「うちのたかちゃん、お世話掛けてません?」
 「いいえ、いい子ですよ」
 「ホント?」
 「今日はずっとご機嫌がいいみたいで」
 「私のこと好きなのかしら。困るわ〜、歳の差有り過ぎだもの」
 外見とは余りにギャップがある女言葉も、聞き慣れれば耳に優しく響く。
看護師達やその場にいる他の母親達にも気さくに声を掛け、男の出産という異質な存在の真琴と他の母親達との橋渡しも
巧みにし、今では真琴も他の母親達と笑顔で会話していた。
そんな彼は【プリンス】だ。

 そして、夕方の最後の面会には、圧倒的なオーラを持つ美貌の主が現われる。
完璧に整った容姿と共に、腰が砕けそうな甘く響く声。
他の2人が真琴を守るように振舞っているとすれば、この主は常に真琴に寄り添い、支えている感じだった。
 「ね?昨日よりはちょっと髪の毛増えてませんか?」
 「・・・・・どうかな」
 「この時間、何時も眠ってるんだから〜。海藤さんにも目が開いた姿、ちゃんと見て貰いたいのに」
 「この先何時でも見られるだろう?」
 「それは・・・・・そうだけど・・・・・」
真琴に対する滴るような愛情を隠そうともしないこの男・・・・・看護師達は、この主が子供の父親だと知っている。
出産時、20時間もの間ずっと真琴に付き添っていたということも知っており、男同士ながらラブラブだとは一同の一致した意見
だ。
本命のこの主は、持っている雰囲気と含め、【キング】と命名されていた。



 「・・・・・まだ小さいな・・・・・」
 目に見えて成長が分かるほど、貴央の姿は変わっていない。
顔はまだまだ皺が寄っているし、身体もまだ赤みが取れない。
それでも順調だと言う看護師の言葉を信じるが、真琴はなかなか抱くこともままならないことがやはり不安で仕方がなかった。
 「大丈夫ですよ」
 そんな真琴に、倉橋は力強く言った。
本来なら、3回の面会とも海藤自身が立ち会いたいところだろうが、仕事上それも出来なかった。
それならばと、倉橋と綾辻が付き添うようにしているが(本来は身内以外の立会いは原則禁止なのだが、倉橋の理詰めの論
理と綾辻の笑顔で押し切った)、新米ママの真琴の心配は尽きないようだ。
 「真琴さん」
 「・・・・・うん、俺がしっかりしないとって・・・・・思ってます」
(不安は赤ちゃんにも伝わるっていうし・・・・・)
 「今朝の検診で、後2、3日で退院出来るって言われたんです」
 「それは、おめでとうございます」
 「退院出来るのは俺だけだけど・・・・・」
 「真琴さん、時間が掛かってしまうのは仕方がありません。でも、時間さえ経てばちゃんと退院出来るなら、それはとてもいいこ
とではありませんか?」
 「倉橋さん・・・・・」
 「拝見したところ、貴央君は周りの子達よりもかなり大きい方だし、しっかり自分でも呼吸している。このくらいで不安を感じて
いれば、他の親御さん達に申し訳ないですよ」
 「・・・・・」
 確かに、そうだ。
貴央の隣の保育器の主・・・・・真琴の出産よりも2ヶ月も前に600グラム弱で生まれた子供は今だ保育器の中で、見た目も
貴央よりもまだ小さい感じだ。
それでもその母親は笑って真琴に話しかけてくれ、「たかちゃんはここではガリバーよ」と冗談を言ってくれる。
(お母さんて強いな〜)
 自分も子供を生んだ母(?)ではあるが、まだ意識の中に男だという方が強いのかもしれない。
 「分かりました、頑張ります、俺。あ、頑張るのはたかちゃんだけど」
 「2人で頑張ればいいんですよ。でも、社長をお忘れにならないでくださいね、いじけてしまわれますから」
 「海藤さんが?・・・・・想像出来ない」
プッとふき出した真琴の顔に笑顔が戻ったのを見て、倉橋も安堵したように微かな笑みを浮かべた。



 「うわ、見て見て、貴公子が笑ってるっ」
 「ホント!笑うと綺麗ねえ」
 「普段は近寄りがたいのに、空気が柔らかくならない?」
 張り詰めた職場(NICU)で働く看護師達にとっては、僅かな時間の眼福だ。
綺麗な男と、飛び抜けた美人ではないが雰囲気のある青年の笑い合う姿は思わず写真に撮っておきたいくらいだった。
 「これ、そこ!仕事に戻んなさいっ」
 しかし、何時までもうっとりと眺めていられるような仕事ではなく、頭上に落ちた雷に思わず声も上ずってしまう。
 「は、はい!」
慌てて散った看護師達を見ながら、師長は大きな溜め息をついた。
(・・・・・まあ、分からなくはないけど)
綺麗なものが好きなのは自分も同じだが、仕事中は集中をしていなければならない大事な職場という意識は持っていてもらわ
ないと困る。
(全く、困ったわねえ)
この騒ぎは貴央が退院するまでしばらく続きそうであった。





                                   





この病院の看護士になりたい(笑)。
三人三様の姿が目に浮かんで貰えればいいんですけど。
一足先にマコママは退院しますが、たかちゃんはもう少し病院の中で頑張ってもらいます。