マコママシリーズ
第ニ章 出産編 6
真琴が出産してから、もうすぐ三週間が経とうとしている。
一週間ほど前、自分だけ退院した真琴は、既に体調もほとんど元に戻って元気に病院に通っていた。
初めは毎日ほとんど変わらない貴央を見て一喜一憂していた。
体重も生まれた時よりも減っていって、もしかしたらこのままもっと小さくなっていくのではと泣きそうになったが、看護師から赤ちゃ
んは生まれてしばらくは体重が減って、直ぐにまた増えてくるものだという説明を聞いてやっと安心した。
今では日一日、いや数時間毎に、貴央が成長していっているのを実感している。
当初は日に3回しか出来なかった面会時間だが、今では昼間なら時間関係なく(特別な事情が無い限り)面会出来るよう
になった。
「今日も起きてたら嬉しいけど」
「そうですね」
「だいじょーぶよ。私がいるんだから」
「綾辻さんが?」
「たかちゃん、私が好きだから・・・・・った〜い、克己、叩かないでよ〜」
「あなたが馬鹿な事を言うからですよ」
2人の言い合いにクスクス笑いながら、真琴の足取りは自然と軽いものになっていた。
今日は最初から倉橋が付いてきてくれる約束だったが、たまたま暇になったらしい綾辻も便乗したように一緒に迎えに来てくれた
のだ。
「こんにちは」
何時ものように入口で挨拶をした真琴が消毒をしようと別室に入ろうとした時、何時も真琴を案内してくれる看護師が慌てて
駈け寄ってきた。
「西原さんっ、ここじゃないんです!」
「え?」
「貴央君、午前中にここを出て一般の病棟に移ったんですよっ」
「・・・・・え?」
一瞬、真琴は何を言われたのか分からなかったらしく、ポカンと看護師を見つめていたが、次の瞬間バッと一般の新生児室に向
かって走った。
「マコちゃん!」
慌てたような綾辻の声が聞こえたが、真琴の足は止まらなかった。
「!!」
ガラス越し・・・・・誰でもが顔を覗ける新生児室の端に置いてあった保育器の中、最近やっと頬に丸みが出てきた愛しい我が子
が眠っていた。
「たかちゃんっ」
「ほら、マコちゃん、入ってみたら?」
何時の間にか追いついていた綾辻に背を押され、真琴は怖々中に入ってみた。
貴央は気持ちよく眠っているらしく目を閉じたままだが、裸の小さな胸はちゃんと上下に動いている。
「たかちゃん・・・・・」
「ああ、西原さん。連絡なく移動してすみません」
この病室の看護師がにこやかに笑いながら近付いてきた。
「貴央君、2日前の検査でも何も異常は見つからなかったの。まだ少し小さいけれど、専門の治療を施すまでもないし、このま
ま順調に行けば1週間も経たないうちに保育器からも出られると思いますよ」
「・・・・・ホントに?」
「・・・・・あなた方の事情は、私も聞いています。でも、貴央君は普通のお子さんと同じで、変わりなく成長していますからご安
心下さい。これからは簡単な消毒をしていただけたら面会時間なら何時でも会いに来てもいいですよ」
「・・・・・」
真琴は保育器の中にそっと手を差し入れ、まだまだ小さいその手の平に触れてみた。
すると、無意識なのか真琴の指をキュッと握り返してくる。
「・・・・・たかちゃん・・・・・」
しっかりと生きようとしている貴央に、真琴は思わず涙ぐんでいた。
一般病棟に移ったことを海藤に知らせるからと電話を掛けに行った真琴を見送った綾辻は、その後を追いかけようとした倉橋の
腕を掴んで止めた。
「なんです?」
眉を顰めて睨み返してきた倉橋に、綾辻はウインクをしながら言った。
「2人きりで話したいこともあるのよ。少しは遠慮してあげないと」
「しかし」
「見張りはちゃんと付いてるわ」
「・・・・・」
確かに、自分が傍にいれば遠慮して素直な言葉が出にくいかもしれない。
しかし、そう思ってもそれを綾辻から指摘されたことが面白くはなく、倉橋は無言のまま踵を返すと近くの看護師に声を掛けた。
「申し訳ありません、少しだけ、中に入ってもよろしいですか?」
「え?」
「私達、西原ベイビィちゃんの身内なんですぅ」
「あ・・・・・」
ここの看護師達も、珍しい男同士のカップルの話と、それに付随する2人の美形の話を知っていた。
(ホントに・・・・・貴公子とプリンス・・・・・)
真琴が面会する時に何時も付いてきたという2人。
看護師は少しだけですよと断って2人を保育器の前まで案内してくれた。
「・・・・・本当に大きくなった・・・・・」
子供はどちらかといえば苦手な(と、いうより、人間全般が苦手なのだが)倉橋だったが、不思議と貴央だけは無条件に可愛く
思えた。
それは命を預けているほどに敬愛している海藤と、その海藤がただ一筋に愛し、倉橋も好感を持っている真琴の、2人の間の子
供だからかもしれない。
「・・・・・たーくん・・・・・」
小さな小さな・・・・・まだ話すことも歩くことも出来ない存在。しかし、倉橋の中ではかなり大きな存在となっていた。
なんだか、自分まで血が繋がっている家族のような気がして、倉橋は保育器の中で眠る貴央を見つめながら小さくその名前を呟
いた。
「・・・・・たーくん・・・・・」
耳に届くかどうかの微かな声に、綾辻は心臓が鷲掴みにされたような気がした。
(克己・・・・・)
自分も、倉橋も、そして海藤も、まるで揃えたかのように家族に恵まれていなかった三人。
ただ、どんなことがあっても一人で生きていくことが出来る海藤や綾辻とは違い、倉橋はこの世に繋ぎ止める何かが必要なほど弱
く清い存在だった。
倉橋にとって今までそれは海藤という存在だったが、海藤は唯一の相手ともいえる真琴という存在を見つけ、神からの贈り物か
子供にまで恵まれた。
倉橋にとっては、貴央は自分の・・・・・こうなりたかったという願望の象徴に思えるのかもしれない。
(綺麗だな・・・・・)
じっと保育器の中を見つめる倉橋の眼鏡越しの目はとても優しい。
綾辻はしばらくその横顔を堪能し、やがてコホンと咳払いをしてガバッと倉橋の背中に張り付いた。
「なっ?」
「かわいーわよねー、たかちゃん」
「・・・・・重いですよ」
「私達にもこんな可愛い赤ちゃん、欲しいと思わない?」
「・・・・・私達?」
綾辻を背中に貼り付けたまま振り向いた倉橋の顔はゾクッとするほど冷たいが、綾辻にとってはどんな目線も可愛く見えるから始
末がおけない。
「私と、克己の」
「あなたが?私の子を?」
「ノンノン!克己が私の・・・・・わあっ!」
海藤に電話をして急いで戻ってきた真琴は、廊下に蹲っている綾辻を不思議そうに見下ろした。
「どうしたんですか?」
「み、耳、千切れちゃった!」
「え〜っ?」
驚いたように覗き込もうとした真琴の腕を、横から伸びてきた手がやんわりと掴んだ。
「真琴さん、そこのは無視してていいんですよ]
「で、でも]
「少しふざけているだけですから。それよりも、貴央君目を覚ましたようですよ。何か変な物音でも聞いたのかもしれませんね」
「起きたんですかっ?」
慌てて中に入っていく真琴を見送った倉橋は、まだ足元に蹲っている綾辻を冷たく見下ろしながら言う。
「わざとらしく痛がらないで下さい」
「克己〜」
「少し耳を引っ張っただけでしょう。貴央君の教育上悪いので、あなたはここで待っていてください」
そう言って、中に消えた倉橋を見送ると、綾辻はやれやれというように立ち上がりながら、それでも頬には笑みが浮かんだままだ。
窓越しには、とても男同士とは思えない(女にも見えないが)麗しい2人が保育器を覗き込みながら楽しそうに話している。
(これも目の保養か)
しばらくは大人しくしているかと、綾辻はまるで新米パパになったような気分で、廊下から2人をじっと見つめていた。
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たかちゃん、一般病棟に移りました、順調です。
退院ももう直ぐですね。そろそろ海藤さんも抱っこの練習をしないと(笑)。
しかし、綾辻さんは毎回見事に墓穴を掘ってくれます。