マコママシリーズ
第ニ章 出産編 7
一般病棟に移って5日目、初めに言われていた日よりも早く、貴央は保育器から出ることが出来た。
今までは裸にオムツという姿だったが、今日からは肌着が着せられる。
最後まで付いていた点滴のチューブも外され、真琴はやっと時間を気にせずに貴央を抱くことが出来るようになった。
「こ、怖い、首が取れちゃいそう・・・・・」
もう母乳は出なくなったので、与えるのは粉ミルク。
最初、他の母親達が無造作に乳房を出して母乳を与えるのを見た時はびっくりしてしまった。
しかし、彼女たちは真琴も同じ母親仲間だと思ってくれているらしく変な意識はしていなかったので、真琴も変な話だがその光
景に慣れてきた。
もちろん、この授乳時間は真琴は1人だ。
綾辻は残念がっていたが(その後かなり倉橋から怒られたらしいが)、それ以上に残念がっていたのは母親達ということは・・・・・
真琴は知らなかった。
そして、貴央が保育器から出た翌日、やっと昼間訪れる事が出来た海藤は、器用に貴央を腕に抱く真琴を少し驚いたよう
に見つめた。
「慣れてるな」
「そうですか?」
真琴は照れたように笑ったが、その顔は幸せそうに緩んでいる。
「・・・・・」
海藤は真琴の腕の中にいる貴央を見つめた。
「少し・・・・・大きくなったか?」
「分かりました?午前中の測定で、2000グラム越したんですよっ」
「・・・・・それは、大きいのか?」
「抱いてみたら分かりますよ。海藤さん、生まれて直ぐ抱いたでしょ?あれからあんまり長い時間抱くことはなかったし。ほら」
「いや、俺は」
「どうぞ」
「・・・・・」
(俺が抱いたら壊れないか・・・・・?)
今まで身近に子供などいなかったので、正直どう扱っていいのか分からない。
それに、子供は敏感だと聞いた事がある。人には言えないような職業の自分に対して、拒否感を感じることはないのだろうか。
触れてみたいのに途惑っている自分がいて、海藤は助けを求めるように真琴を見た。
「?」
(どうしたんだろ?)
真琴はなかなか動いてくれない海藤を不思議そうに見つめた。
その海藤も自分をじっと見つめているが、その目の中に僅かな途惑いがあるのに真琴はやっと気付くことが出来た。
(・・・・・困ってる?)
「海藤さん」
「俺が抱いて泣かないか?」
「え?」
「汚れたり・・・・・しないだろうか」
「・・・・・っ」
真琴はやっと、海藤の躊躇いが分かった気がした。
実際に貴央を産んだ自分は直ぐに親だという実感が湧いたが、海藤にとってはまだまだ未知なる生き物かもしれない。
その上、あれ程自分の立場に対しても真っ直ぐ向き合っていたはずの海藤が、それを理由に躊躇っているとは・・・・・。
「海藤さん、両手、出して」
「ん?」
「手のひらを上にして、差し出してみてください」
言葉の真意が分からないだろうに、それでも言う通りにしてくれた海藤の両手のひらに、真琴は身を屈めて軽くキスをおとした。
「真琴?」
「消毒終わり!はい、抱いてあげて下さい」
「・・・・・」
真琴の優しさに、海藤の頬には苦笑が浮かんだ。
自分の全てを知って受け入れてくれているその思いに、躊躇ってばかりいたらそれこそ時間だけが経つばかりだ。
「・・・・・」
海藤はそっと、貴央を受け取った。
生まれた瞬間に抱いた時はただただ感動して、嬉しくて、この小さな存在と真琴に感謝をすることしか出来なかった。
しかし、今こうして落ち着いた思いで抱いていると、貴央の表情や仕草が一々目に入ってくる。
むずかって手足をバタバタさせるのも。
まだよく見えてはいないだろう目を懸命に自分に向けている様も。
そして、時折小さく笑う表情も。
何もかもが愛しいと思えた。
「・・・・・可愛いな」
「うん」
「お前に似てる」
「海藤さんですよ。こんなにカッコイイんだから」
親バカかもと真琴は笑うが、海藤は自分に似ていると言われればそうなのかとじっと貴央を見下ろした。
「やっぱり、海藤さんみたいに腕も胸も大きい人の方が安心するのかな。俺の時だと時々泣いちゃって暴れるんですよ。でも今
日は凄く大人しく抱かれているし」
「そうか?」
「分かるのかなあ、お父さんって」
「・・・・・」
(分かってるのか?お前は・・・・・)
真琴が言った通り、大人しく海藤の腕の中に収まっている貴央はご機嫌よく笑っているようだ。
小さな手をギュッと握り締めて、ブンブン振っている。
「小さい」
「でも、一番元気だって」
「ああ、生まれた時よりもかなり大きくなった感じだな」
「やっぱり?重いでしょ?」
海藤は少し腕を上げると、自分の顔の辺りにまで貴央の身体を持ち上げる。
そっと顔を近づけてみると、ミルクの香りがした。
昼間、仕事を抜け出して病院に行った海藤は、再び戻ってきた時しばらくの間じっと自分の手のひらを見つめていた。
「どうされましたか?」
直ぐにコーヒーを用意した倉橋は、そんな海藤にそっと声を掛けた。
「赤ん坊は、小さいな」
前置きも無くそう言った海藤の言葉の意味を倉橋は正確に読み取った。
既に一般病棟に移り、保育器から出された貴央を、海藤は今日その手に抱いたのだろう。
何時もは面会時間が夕方になり、貴央も眠っていることが多いので、抱くという機会もなかなかなかったはずだ。
「どうでしたか?」
「自分の子供なんて想像したことも無かったが・・・・・無条件に愛しいと思う存在なんだな」
「・・・・・そうですか」
「世話を掛けるな、お前にも」
「私も楽しんでいるんです」
「そうか」
「あなたと真琴さんの子供ですから・・・・・私にとっても、大切な存在なんですよ」
倉橋の言葉に海藤は僅かに微笑んだ。
「もう少し体重が増えたら退院出来るそうだ」
「忙しくなりますね」
「賑やかになりそうだ」
家族の団欒という行為には慣れていないが、それはするというように決め付けられたものではなく、自然に時間が変化していくも
のなのだろう。
今まではまだ少し途惑いもあったが、今日貴央を腕に抱いたら、楽しみの方が大きくなったような気がしてきた。
「楽しみですね」
「ああ」
海藤の身体の中から滲み出てきている喜びが、倉橋にも温かい思いを抱かせてくれる。
自分まで楽しい気分になった倉橋は、もうじき退院してくる新しい海藤の家族を迎え入れる準備をしなければと、珍しく頬に笑
みを浮かべながら考えていた。
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海藤さんも抱っこしましたよ。
まだまだ新米パパで慣れてませんが、少しずつ実感も大きくなっているようです。
次回はいよいよ退院出来るかな。