マコママシリーズ
第三章 たっち編 3
数日後、晴天に恵まれたので真琴は貴央と2人で近くの公園を訪れた。
貴央にはミルクとお菓子を、自分用にはお握りとお茶を持って、ベビーカーでのんびりと歩いていく。
「お天気いーね、たかちゃん」
「あ〜」
「今日はお友達いるかなあ」
公園デビューという言葉を、真琴は数ヶ月前しみじみと実感した。
母親である自分が男という引け目だけではなく。もちろんそれは一番大きな問題でもあったが、あの母親の集団に入っていくの
は随分と勇気がいった。
始め、真琴を子守だと思っていたらしい母親達は、真琴が母親だと知ってかなり驚いたらしい。
ただ、男の出産ということもかなり知られてきているので、それが嘘だとは思わなかったらしいが、必然的に真琴が同性愛者だと
いうことに好奇の目を向けてくる者がほとんどだった。
中にははっきりと嫌悪の言葉を言ってくる者達もいたが、落ち込んだ真琴を連れた海藤が一度公園に来るとその態度は一変
した。
海藤がヤクザの組の会長ということを知らない母親達は、その美貌の男の姿にたちまち違う熱を持つ視線を向けてきて、中には
真琴に話しかけてくる者も現われた。
「気にするな真琴。公園は公共の場所だ、お前と貴央ももちろん遊ぶ権利があるぞ」
その夜の海藤の言葉に真琴は頷いた。
母親達の反応は特別なものではなく、これが世の中の大多数の意見なのだろう。それも仕方がないと思うしかない。
ただ、その中でも数人、貴央と同い年の子供を持つ若い母親達とは普通に会話出来る様になったのがとても嬉しかった。
「あ、マコママ!」
「あ、香奈さん」
公園には丁度ママ友達の菊田香奈(きくた かな)がいた。
始めは子供の名前、誠也(せいや)君のお母さんということで『誠也君のママ』と呼ぼうとしていたが、まだ22歳の香奈は自分の
名前を呼んで欲しいとはっきり言ってきた。
その割には真琴のことは『マコママ』と呼ぶのだが、それを言うと、
「だって、その言い方がピッタリくるんだもん」
と、笑って答えられたのだ。
「えっ?せい君もう立ったんだっ?」
「うん、昨夜いきなり立ったんだよ。私もトシ君もちょーびっくり!」
「へ〜、いいなあ」
トシ君というのは香奈の夫で、彼もまだ22歳の若いパパらしい。
丁度海藤と一緒に公園に来た時その夫もいて、『完璧な大人の男だ!』と海藤を絶賛していたと聞いた。
もちろん海藤が褒められるのは嬉しいので、真琴は一度しか会ったことがない菊田に既に好感を抱いている。
「でも、セーヤの方が一ヶ月お兄ちゃんだし、たかちゃんはまだ1歳になったくらいでしょ?慌てることないんじゃない?」
公園に来る母親の中でも若い部類の香奈だが、真琴はまだその下だということで自分の弟のように思ってくれているらしい。
既に2人の子持ちの香奈は、あははと明るく笑いながら、ベビーカーの中の貴央をあやした。
「立ち始めてからが大変だよ?マコママ、今のうちに楽しといた方がいいって」
「でも、1歳くらいで立つ子多いって言うし・・・・・」
「それ何情報?」
「何って、本とか、テレビとか」
「じゃあ、香奈情報加えなよ。うちの上の子は立ったのは1歳半、ちゃんと歩き始めたのも2歳近かったし」
「幸也(こうや)君が?」
真琴は少し驚いて、今は滑り台で遊んでいる幸也を見つめた。
もう少しで4歳になる幸也は既に自在に走り回っているし、補助付きだが自転車にも乗れる。
(立つのが少し遅くても大丈夫なのかな・・・・・?)
話だけではなく実例を目の前で見せられると少し安心した。
「そうだよね、あんまり気にしないようにする」
「うん。ねえ、今度また旦那さん連れてきてよ。あれだけカッコいい人だと目の保養になるから」
これだけあっけらかんと言われると、真琴もつい笑ってしまった。
「また誘ってみる」
午後の日差しはポカポカと温かい。
真琴ははあ〜と溜め息をつくと、おやつ代わりのお握りを頬張った。
数日後の週末。
今日も気持ちがいいほどの天気で、家の中にいるのが勿体無いような気がした。
「たかちゃん、どうする?」
「ま〜」
「それってごはん?それともママ?」
まだかなり語彙の少ない貴央の意思を読み取るのは至難の業だ。
ご飯かと思ってミルクを作ってやっても嫌がって飲まないこともあるし、泣き出したのでウンチかと思えは真琴の無い胸をバンバンと
叩いてミルクを催促する。
本当に人間になる前は怪獣みたいだなと思うが、それでも可愛いと思ってしまうのは親ばかなのかもしれなかった。
「遠出してみる?」
「ま〜ま」
「どこにしようか・・・・・あ」
考えていると家のインターホンが鳴った。
この部屋に訪ねてくる人間は少なく、それもエントランスからのインターホンではなく直接ここまで上がって来る事が出来る人間は
ほぼ決まっている。
「綾辻さんかな?」
またサボるという口実で様子を見に来てくれたのだろうかと玄関に向かうと、丁度外から鍵が開けられていた。
勝手に鍵を使って入ってくる人間は1人しかいない。
「海藤さん?」
「ああ、いたか」
海藤は目を細めて真琴を見つめると、そのまま腕に抱いている貴央にも視線を落とした。
「午後からの予定がキャンセルになったから帰ってきた。どこか行くのか?」
「天気がいいから散歩に行こうかなって思ってたんですけど」
「・・・・・じゃあ、一緒に行くか?」
「えっ、海藤さんも一緒にですかっ?」
「時間がある時は出来るだけ一緒にいたいと思っているからな。服を着替えてくるから少し待ってろ」
「じゃ、急いで用意します!」
思い掛けなくも親子3人での外出に、真琴だけではなく貴央も心なしか嬉しそうだ。
いや、確かに海藤を見上げる回数も多くて、きっとこの人がお父さんなんだと分かっているんじゃないかと真琴は思っている。
開成会というヤクザの組の会長という立場の海藤には、多分分からないように護衛が付いてきているのだろうが、真琴は申し訳
ないなと思いながらも不意に出来たこの時間を嬉しく思っていた。
「・・・・・」
真琴は隣を歩く海藤を見る。
何時ものスーツ姿ではなく、ラフなシャツに綿のパンツ姿の海藤は何回見ても新鮮だ。
眼鏡も外しているので印象は柔らかく、歳も若く見えていた。
(一緒に歩くのは嬉しいんだけど・・・・・)
海藤と一緒にいると、どうしても女性の視線が集まってくる。
皆、始めは海藤の容姿にうっとりと見惚れ、次に隣にいる真琴の姿に眉を顰め、次にベビーカーを見てギョッとしているのが良く
分かった。
明らかに親子連れという感じなのだが、真琴が男か女か、女ではないだろうが男なのかと、皆きっと不思議に思っているのだろう。
「真琴?」
少し遅れ始めた真琴に気付いた海藤が、足を止めて振り向いた。
「どうした?代わろうか?」
「い、いえ」
(海藤さんは・・・・・気にしないのかな)
男同士で、ベビーカーを押して、昔ならば絶対にこの2人の子供だとは思われなかっただろうが、男の出産が人の耳に入るよう
になった今ではその可能性も想像されるだろう。
海藤も自分も、お互い以外の同性に興味があるわけではなく、同性愛者という言葉には違和感を持っているが、世間は多分
違う。
真琴は自分自身が出産まで経験し、貴央の母親だということを受け止めることが出来ていると思う。
だが、こんなにも異性の目を惹く海藤が男相手に・・・・・と、蔑みの視線を向けられてしまうのは嫌だった。
「・・・・・人も多いし、離れて歩きましょう」
「・・・・・」
「・・・・・」
「家族が一緒にいないでどうする」
「海藤さ・・・・・」
「俺が味わったことのない団欒を、貴央にはちゃんと感じさせたい。真琴、お前は俺といるのが恥ずかしいか?」
「・・・・・っ」
真琴は首をブンブンと横に振る。
海藤の事を恥ずかしいなどと考えたことも無かった。
「じゃあ、何も問題ない」
そんな真琴の答えを初めから分かっていたように、海藤は優しく目を細めて真琴の肩を抱き寄せる。
自分達に纏わりつく視線が更にざわついた気がしたが、海藤の歩みは全く乱れが無くゆっくりで、やがて真琴もホッと溜め息をつ
いて、海藤と並んで歩き始めた。
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公園デビューってどれ程のものなのか想像だけなんですけど(笑)。
家の外も色々大変なことがあるんでしょうね。