マコママシリーズ
第三章 たっち編 4
「タカ〜〜〜!!」
玄関のドアを開けるなりそう叫んで飛び込んできた少年を見て、真琴に抱かれた貴央は一瞬ビックリして動きを止めてしまっ
た。
「タカ、俺だよ、真哉(しんや)兄ちゃんだよ?」
「・・・・・あ〜」
「思い出してくれたっ?」
何とか笑って手を伸ばしてきた貴央を抱きしめようと少年が手を伸ばした時、その後ろから更に長い腕が伸びてきて、真琴の
腕から貴央を受け取った。
「ん〜、たかちゃん、真弓(まゆみ)おじちゃんでちゅよ〜」
「ちょっとっ、真弓兄ちゃん!横から取らないでよ!」
「早いもん勝ちだもんな〜、たかちゃん」
「もうっ、真ちゃんと喧嘩しないでってば」
賑やかな言い合いの声に、真琴は困ったというよりも楽しそうに笑った。
久し振りに、真琴の3人の兄弟が遊びに来てくれた。
妊娠中も頻繁に来てくれたが、貴央が生まれてからはその可愛らしさに更に夢中になったらしく、海藤がいなさそうな土曜日の
昼間などにちょこちょこ遊びに来る。
海藤もそんな真琴の兄弟達の行動は熟知していて、土曜日は何時も遅くに帰宅するようにしているのだが・・・・・それは西原
家の4兄弟は知らないことだ。
「お前、また男前になったんじゃないか?この子は絶対西原家の血を継いでる!」
そう、次男の真弓が言うと、
「ば〜か、貴央は可愛いんだよ。マコに似てるんだよ、な〜」
と、長男の真咲(まさき)が真弓の手から奪うようにして貴央を抱く。
柔らかな頬にすりすりと頬を寄せていると、
「ちょっと、タカの名付け親は俺なんだから!」
そう言った真哉が、真咲から貴央を奪った。
「ちょっと、みんなあんまり抱っこしないでよ?抱き癖ついちゃったら大変なんだからね」
「今更遅いと思うぞ、マコ。皆我先に貴央を抱いてるしなあ」
「もうっ」
口では呆れたような文句を言いながらも、真琴は訪ねて来てくれるたびに貴央を猫可愛がりしてくれる兄弟達の姿を見てい
るのは嬉しかった。
本当に貴央の誕生を喜んでくれているというのが分かるからだ。
「持って来てくれたケーキ、出したよ。お茶にしよーよ」
「おー」
「分かった」
「今行く」
貴央を床に下ろした真哉は、その動きを目で追いながら真琴に聞いた。
「タカ、立った?」
「・・・・・まだ」
少しだけ真琴が目を伏せて答えたが、その様子には気付かなかった真哉の答えは単純明快だった。
「良かった〜!じゃあ、俺が一番最初に見る権利、まだちゃんとあるんだ」
「え?」
「だって、笑った顔もハイハイも、俺一番に見れなかったし!立った瞬間は俺が一番に見たいもん!」
「真ちゃん・・・・・」
「初めて何かする瞬間て、すっごくドキドキするし・・・・・それが可愛いタカがするなら尚更だし!」
持参のケーキを食べながら、真哉は楽しそうに言った。
当初は真琴と海藤の関係に一番否定的だった真哉だ。今も海藤には思うところがあるらしく、かなり歳の差があるにも関わら
ず、どこかライバル心を燃やしているようだった。
しかし、自分が名付け親になった貴央のことはかなり可愛いらしく、上2人の兄が来れない時にも真哉1人でも訪ねて来てくれ
た。
「・・・・・そっか、真ちゃんはその瞬間に立ち会いたいんだ」
「あったり前!可愛いタカの全部、覚えてたいじゃん!ゆっくりな方がそれだけ待つ楽しみが長くっていいよ」
「・・・・・」
(そういう考え方もあるのか・・・・・)
真琴は出来るだけ早く、せめて人並みにでと焦っていたが、真哉のようにそこまでたどり着く時間が長くても、それを待つ楽しみ
に変えることもいいんじゃないか・・・・・真琴はそう言われたような気がした。
「真ちゃん」
「ん?何?」
「やっぱり真ちゃんは頭いいよ。俺達兄弟の中では一番!」
「な、なんだよ、突然」
大好きな真琴から褒められた真哉は赤くなってテレまくったが、面白くないのは上2人の兄だった。
「何だよ〜、マコは真ばっかり可愛がるよな〜」
「そ、そんなことないよ?」
口調は可愛らしいものの、190センチもある真弓が拗ねても可愛くはない。
宥める真琴の代わりに、真哉がそんな兄に向かってばっさりと言い切った。
「兄ちゃん達、早く彼女見つけて結婚しなよ。自分の子供、きっと可愛いんじゃない」
「し、真!」
「俺はまだ子供だし、そんな予定はないから、タカだけを可愛がるからね〜」
ハイハイで近付いてきた貴央を抱き上げ、その頬に頬を摺り寄せながら楽しそうに笑う真哉。
生意気な弟の言葉に文句を言おうとした真弓だったが、その光景が余りに可愛いので思わず無言で携帯を取り出すと、真哉
が気付かないうちにとシャッターを押した。
その後、もちろん真琴と真咲にその画像を送る事も忘れなかった。
海藤が帰ってくるまで待っていればいいのにという真琴の言葉に同時に首を横に振った3人は、夕方になってから帰っていった。
賑やかだった部屋の中が一瞬で静まり返ってしまい、真琴は無意識のうちに溜め息を漏らす。
「寂しいね〜、たかちゃん」
「あ〜」
「おじちゃんたち、また来るとい〜ね〜」
「あ〜」
真琴が笑いながら話し掛けると、まるで相槌を打っているように言葉を話す。
いや、まだ全然言葉にはなっていないが、1人きりではないのだという実感が湧いてくるのだ。
「たかちゃんは何時話せる様になるんだろ?真ちゃんは話し始めたら早かったよな〜」
可愛いけど生意気で、直ぐ泣くくせに何時も真琴の後ろに付いてきていた真哉。
あの頃は真琴も当然子供だったし、可愛いとは思っていたがどれ程真哉の事を考えていたのかと思えば記憶は覚束無い。
その反動ではないが、貴央には出来る限りの愛情を注ぎたかった。
しかし。
「でもね〜、やっぱり一番は海藤さんかな。ごめんね、たかちゃん、ママの一番はやっぱりパパなんだ」
その夜、海藤の帰宅は午後9時を過ぎていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
玄関で出迎えた真琴の腕には貴央の姿はない。当然今は眠っている時間なのだろう。
「今日は来たのか?」
「夕方には帰っちゃったんですよ。夕食一緒にって言ったんだけど・・・・・」
「・・・・・そうか」
海藤は苦笑を漏らした。
海藤の本当の職業を知っているのは真琴の父親だけだが、どこか纏っている雰囲気で近寄りがたさを感じているのだろう。
特に末っ子の真哉はライバル心さえ抱いているようだが、海藤はそれぐらい気概のある真哉の将来が実は密かに楽しみだったり
していた。
(真琴の空気も穏やかだし・・・・・やはり肉親は違うな)
「ねえ、海藤さん」
「ん?」
「たかちゃんが一番最初に笑ったのを見たのは俺でしたよね?」
「ああ、そうだったな」
「それで、ハイハイを初めて見たのは海藤さんで」
「お前、悔しがってた」
「今度、初めて立つのを見るのは誰かな〜って考えてたら、なんかその時間を想像するのが楽しくなったんです」
「・・・・・」
「焦って、何でも次々にこなしちゃうよりも、一つずつ、出来ていく方が待つ時間もいっぱいあって楽しそうだなって」
やっと、そう思うようになってくれたのかと海藤は笑った。
何度も自分達は真琴にそう言葉で伝えてきたつもりだが、真琴の中でようやくそれを認めることが出来たようだ。
それはきっと、長い間一緒に暮らしてきた、真琴を愛してくれている兄弟の力が大きかっただろう。
(少し悔しい気もするが・・・・・実際、助かる)
真琴を支えているのが自分だけではないと海藤は知っている。
新しい命の存在を大切に思っているのは自分達2人だけではなく、その力はきっとこの先も大きな力になってくれることを・・・・・
知っている。
「楽しみだな、立つの」
それは、海藤にとっても支えてもらえる力になる。
「今度は俺が見ますからね」
「俺かも知れないぞ」
「え〜」
思わず眉を顰める真琴の肩を、海藤は笑いながら抱き寄せた。
「でも、2人一緒かもしれないな」
「あ!・・・・・だったら、すっごく嬉しいかも!」
海藤の思いつきに、真琴は名案だと声を上げて笑った。
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さてさて、たかちゃんのたっちを一番最初に見るのは誰でしょう?
結構意外な人物かも?