マコママシリーズ
第三章 たっち編 5
遊びに来てくれた兄達は、たくさんの土産を置いていってくれた。
長兄真咲は、ダンボール2つ分の有機野菜を。
次兄真弓は玄米の食パンや、米で作ったパンなどを。
そして、弟真哉はなぜか小さい頃から宝物にしていた父から貰ったそろばんを(どうやら頭が良くなるようにとのことらしい)。
食べきれないほどの量のそれらを有効利用しようと、真琴は綾辻と倉橋を夕食に招待した。
招待といっても・・・・・。
「さあ!張り切って作るわよ!」
自前で持ってきた真っ赤なフリル付きのエプロンをした綾辻がそう叫ぶと、同じ様に、ブルーのエプロン姿の真琴と、ギャルソン風
の腰までの黒い前掛けをした倉橋が頷いた。
「よろしくお願いします、綾辻さん」
「本当は社長の手料理が一番美味しいんだけどね〜。予定を入れた人間に蹴りを入れたいぐらいだわ」
「・・・・・私のことか、綾辻」
「やだあ、克己のことなんて言ってないわよ〜」
「・・・・・」
もちろん綾辻も、倉橋がわざと予定を入れたとは思っていない。
ただ、上部組織からの急な呼び出しは断われず、かといって今日を楽しみにしていた真琴の気持ちも十分分かっている海藤は、
綾辻と倉橋は先に帰して真琴に付き合うようにと言ったのだ。
出来るだけ早く帰ると、すまないという電話と共にそれを聞いた真琴は、自分の急な思い付きをかえって申し訳ないと思ってしまっ
た。
「気にすること無いわよ、マコちゃん。どうせくだらない用事なんだから」
「綾辻」
「ごめんなさ〜い、失言でした」
全く悪いと思ってないように言う綾辻に怒るだけ無駄かと、倉橋は溜め息を付きながら新鮮な野菜を黙って水洗いし始めた。
戦力になるのは綾辻と、最近かなり料理を勉強し始めた真琴が辛うじて。
一見器用そうに見えて料理は全く駄目な倉橋は初めから数には入っていないらしい。
「これだけ美味しそうな野菜がいっぱいあるんだし、イタリアンなんかに挑戦してみる?」
「え?出来るんですか?」
「まあ、かなりアレンジするだろうけど大丈夫よ。一応ここに来る前に調味料と足りなさそうな食材は買ってきたし」
「もう、綾辻さんにお任せします」
「たかちゃんにも美味しいもの食べてもらいましょうね」
「はいっ」
かなり離乳食に比重を移しつつある貴央は、海藤や真琴が食べているものを同じ様に欲しがる。
もちろん大人の味付けでは濃いので、同じ材料を使った薄味で細かく砕いたものを食べさすのだが、なぜかそれは嫌だとダダをこ
ねるのだ。
まさか違いなど分かるはずはないだろうと思うのだが、泣いて欲しがる貴央を宥めるのも一苦労だった。
「気を遣わせてすみません」
「子供相手にそんな事言わないの!」
笑いながら言っている綾辻の手は、先程から全く止まることはなかった。
海藤が料理を作るところを何時も間近で見ているが、綾辻の手さばきはそれに負けないほどに鮮やかだ。
手元を見ないで、真琴と話しながらニンジンのみじん切りを作っているのも凄いと思うし、タマネギを涙を出さずに切っているのも
凄い。
「綾辻さんって、本当に何でも器用にこなしますよね」
「ふふ。料理が出来るのはいい男の条件よ」
楽しそうに話している真琴と綾辻を横目で見ながら、倉橋は自分の手元に視線を落とした。
「・・・・・」
几帳面な性格だけに、少しでも汚れているのが気になって、何枚も葉を剥いてしまったキャベツに。
皮を剥くだけでも涙が出てしまうタマネギ。
(・・・・・無理だな)
自分には全く料理の才能が無いと思い知った倉橋は、小さな物音を聞いたような気がしてリビングに視線を向けた。
「あ」
そこには先程まで気持ちよさそうに昼寝をしていた貴央が、むくっと起き上がって腹這いになると、ぼんやりとした視線でこちらを
見ていた。
まだはっきり目は覚めていないようだ。
「・・・・・」
倉橋は手を拭くと、そのまま貴央の傍に行った。
「起きましたか?」
なぜか、貴央に対しても丁寧語な倉橋は、そのまますぐ傍に正座で座った。
小さな身体が動き、もぞもぞと倉橋の膝にのり上がると、そのままふらっと上半身が持ち上がった。
「・・・・・っ」
今にも立ち上がりそうな身体。
しかし、子供特有の身体のバランスの悪さで、直ぐにドシンと尻餅をついてしまう。
「・・・・・」
それからも何度か同じ動作を繰り返した貴央だが、なかなか2本の足で立つことは出来なかった。
「あー」
何か、訴えられている気がした。
自分も自由に歩きたい、そう言っている気がする。
「焦ることはないですよ」
理解出来るとは思わなかったが、倉橋は優しくそう言いながら小さな身体を抱き上げた。
海藤によく似た、将来が楽しみな可愛らしい顔を見て、倉橋は小さく笑ってしまう。
「みんな、ちゃんと待ってますから」
「あー」
「もちろん、私もですよ」
自分達の夢とでも言っていい貴央の成長を、皆楽しみに待っているのだ。
「・・・・・」
綾辻はそんな倉橋と貴央の様子を見逃すことは無かった。
(あ〜あ、子供相手にあんなに真面目に)
スーツの上着を脱ぎ、珍しくネクタイも外して、シャツを捲くった姿の倉橋。
子供を抱いているその姿は休日の親子と見えないことも無かったが、綾辻の目からすれば優しい母と子と見えてしまう。
倉橋が抱いている子が自分との子ならと有りえない想像をして思わず顔がにやけてしまうが、とりあえずは子供を作る行為を早く
させてもらうようにしないといけないと思った。
「なんだか、可愛いですね、倉橋さん」
真琴も同じ様子を見ていたのか、少し笑いながら綾辻を振り返った。
「なんだか、パパっていうよりもママみたい」
「ふふ、怒られるわよ」
「ですよね」
自分がどんな風に見られているのか・・・・・こういう生業をしていれば人の悪意や敵意には敏感だが、好意という感情には鈍感に
なるようで、倉橋も自分や真琴の視線には全く気付いていないらしい。
必死で遊んでくれと催促するように、貴央にパシパシと腕や顔を叩かれても笑っているだけだ。
笑っている・・・・・そう、倉橋は笑っている。
全開の笑顔ではなく、少しだけ頬が上がっているだけだが、それでも普段の無表情な倉橋からすれば、満面の笑顔といってもい
いかもしれなかった。
「いいわ〜・・・・・たかちゃんが羨ましい」
何の条件もなく倉橋からあの笑みを向けられる貴央が羨ましい。
しかし。
「綾辻さんだって向けてもらってますよ?」
「え?」
思い掛けない真琴の言葉に、綾辻は思わず手を止めてしまった。
「私が?いつ?」
「何時って・・・・・綾辻さんが何か冗談を言ったりした時に、倉橋さん馬鹿を言うなって怒ってるでしょう?でも、その後笑ってま
すよ、仕方ないなって感じで」
「なあにそれ〜。たかちゃんに向けてるのと意味が違うじゃない」
「でも、優しい顔で笑ってますよ?」
「・・・・・ホント?」
「ホントです」
「・・・・・」
(少しは・・・・・自惚れてもいいのか・・・・・?)
倉橋にとって自分の存在は少しは意味があるのだと思っていいのだろうか・・・・・そんな風に思った時、いきなり面前に貴央を抱
いた倉橋が立っていた。
「人の顔をじっと見て・・・・・何悪口言ってたんですか?」
「やだあ、そんなの言うわけ無いじゃない!もし、そうだとしても、マコちゃんだって同罪よ?」
「あ、綾辻さんっ」
「真琴さんはいいんです」
「あー!贔屓してる〜!」
「煩いですよ」
「う〜」
倉橋の真似をするように唇を尖らせた貴央の紅葉のような小さな手の平が、ペシッと綾辻の顔面を叩いた。
あまりのタイミングの良さに珍しく呆気に取られた綾辻とは対照的に、真琴と倉橋はプッとふき出すとクスクスと笑い始める。
それに気を良くした貴央もキャッキャッと喜び、やがて綾辻も一緒になって笑い始めた。
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またまた登場、倉橋&綾辻コンビ。
なんだかんだと、ラブラブな2人ですよね。