マコママシリーズ





第三章  たっち編   6






 料理が全て用意出来た頃、まるでそのタイミングに合わせたように海藤が帰って来た。
何時ものように高速ハイハイで玄関先まで一番に海藤を出迎えに行った貴央を慌てて追いかけた真琴は、立っている海藤に向
かって笑みを浮かべた。
 「お帰りなさい」
 「ただいま」
 そして、海藤も何時ものように先に手洗いうがいを済ませ、改めて真琴の腕から貴央の身体を受け取った。
 「ただいま、貴央」
 「あー」
 「機嫌がいいようだな」
 「倉橋さんがずっと遊んでくれていたんですよ。だからかも」
 「ああ、来ているのか」
あらかじめ2人が来ることを知らされている海藤はふっと笑みを漏らした。
 「それは大変だったな」
 「綾辻さんもずっと料理を手伝ってくれて・・・・・って、ほとんど綾辻さんに作ってもらったようなものなんですけど」
 「・・・・・」
片腕に貴央を抱いた海藤は、ポンポンと優しく真琴の頭を叩いた。
 「3人で作ったんだろう、楽しみだ」
 「・・・・・はい」
その言葉に、真琴は照れくさそうに笑った。



 食事が済んで、真琴が食後のコーヒーを入れている時、サイドボードに置いていた海藤の携帯が鳴った。
時間は午後九時前。通常海藤の携帯を鳴らす可能性が大きい3人がここにいるので、さすがに海藤も眉を顰めたが、液晶を
見た途端表情を和らげた。
 「はい・・・・・ええ、お久し振りです」
 どうやら相手は海藤の知っている人物のようだ。
(誰だろ?)
聞かれたくない話ならば席を外すだろうが、海藤は貴央を膝に抱いたままリビングから出て行かない。それは、真琴が聞いてもいい
相手なのだろう。
綾辻と倉橋も相手が気になっているらしく、あからさまにではないがチラッと海藤を見ていた。
 「・・・・・ええ、明日ですか?でも、俺は予定が入っていて・・・・・」
 「・・・・・」
(明日?)
 予定が入っているらしい海藤に強引に会いたいと言っているのだろうか・・・・・それでも、無理を言われているはずの海藤の顔は
苦笑を浮かべたままだ。
 「・・・・・分かりました。夕方には戻るつもりですから、食事は一緒に・・・・・はい、じゃあ」
電話を切った海藤は、笑いながら真琴に言った。
 「明日、伯父貴が来るそうだ」
 「え?伯父貴って、菱沼さんのことですか?」
 「ああ」
 思い掛けない名前に驚いたのは真琴だけではないようだった。
綾辻もカップを置くと、少し身を乗り出すように海藤に訊ねる。
 「何かあったってことじゃ・・・・・ないですよね?」
 「貴央に会いたいそうだ。正月に連れて行ってから会わせてないからな。涼子さんが痺れを切らして、こっちに乗り込んで来るらし
い」
 「わざわざ来てくれるんですか」
真琴の声が弾んだ。
菱沼は、海藤の母親の兄に当たる男だ。
60歳を越しているものの、見た目も気も若い、明るくダンディな男だった。
もちろん海藤と同じヤクザだったが今は引退して、隠居と称して軽井沢でのんびりと暮らしている。
事情があり、海藤は幼い頃から両親と離れて菱沼のもとに引き取られていたので、海藤自身は実の両親よりも菱沼夫婦を慕っ
て大切にしていたし、男ではあるが自分の一生の伴侶として選んだ真琴も紹介をしていた。
 菱沼の妻涼子も、最初は男である真琴に対しては厳しい目も持っていたが、海藤の子供を生んだ今はちゃんとした夫婦として
2人を認めてくれているのだが。
 「そういえば、お正月以来会ってないですよね」
貴央のことを本当の孫のように可愛がってくれている2人は、頻繁に可愛らしい服や美味しい果物を送ってくれる。
その度に写真を送ったり(果物を抱いた貴央が主役)、電話を掛けたりもしていたが、実際に向こうへ会いに行くことはなかった。
真琴は子育てに忙しかったし、菱沼にしてもそんな真琴を気遣ってくれていたのだろう。
 「どうして孫に会わせないんだって煩く言ってたぞ」
 「ま、孫?」
 「御前、たかちゃんのこと気に入ってるものね〜」
 「で、でも、お正月に挨拶に行った時、おしっこ漏らしちゃったのに・・・・・」


 そう、正月に遊びに行った時、

 「ああ、オムツなら私が替えてあげよう」

海藤の子供を世話するのが楽しいのか、菱沼がニコニコしてオムツを脱がした途端、貴央は勢いよく菱沼に向かっておしっこを飛
ばしてしまったのだ。
幸いというか、顔には掛からなかったが、真琴は大慌てで謝ったが、子供のしたことだからと菱沼はかえって笑い飛ばしてくれた。


 「そんな事ぐらいで御前が怒るはずないじゃない。反対に大物だって私にも言っていたわよ」
 綾辻の言葉に、真琴は海藤を振り向く。
海藤もその綾辻の言葉に同意したように頷いた。
 「綾辻の言う通りだ。そのくらいで煩く言う人じゃない」
 「でも、社長、明日は私と大東の東京本部に行くんですよね」
 「ああ。悪いが倉橋、相手をしてもらっていいか?なるべく早く帰るようにはするが」
 「克己、大丈夫?私が残った方がいいなら、明日は交代して・・・・・」
 「結構です。サボろうとしても駄目ですよ」
倉橋にきっぱりと言い切られ、綾辻はえ〜っと口を尖らせた。
 「だって、本部って堅苦しいんですもの〜」
 「たまにはきちんとした場所で鍛えられてきてください」
どうやら何度も色んな理由をつけて堅苦しい場所から逃げてきた綾辻の泣き言はもう聞かないと決めたのか、きっぱりと言い切っ
た倉橋は海藤に向き直った。
 「御前のお世話はきちんとさせて頂きますので」
 「頼む」
 「倉橋さん、よろしくお願いします」
 「2人でおもてなしをしましょう」
少し目を細めて微笑んでくれた倉橋に、真琴はペコッと頭を下げた。



 綾辻と倉橋が帰り、海藤は貴央を風呂に入れた。
既に眠かったのか、風呂に入っている途中から頻繁に目を擦っていたが、真琴が受け取りにバスルームに来た時は海藤の腕の中
で眠ってしまっていた。
 「あ、やっぱり寝ちゃいましたか」
 「重いぞ、大丈夫か?」
 「抱っこで鍛えられてるんですから平気です」
 真琴に貴央を渡し、海藤も風呂から出ると、真琴は眠ったままの貴央の髪にドライヤーを掛けていた。
 「全然起きないな」
 「ね、海藤さん、生まれた時は禿げたままなんじゃないかって心配してたのに、何時の間にかドライヤーで乾かさなきゃいけないく
らいに髪の毛伸びちゃって」
 「そういえば、お前心配していたな」
 「なんか、生意気」
生まれた時は、本当に少ししか生えていなかった貴央の頭髪は、今では地肌が見えないくらいにちゃんと伸びている。
一日一日、色々な発見があって、真琴とっては大変なことも確かに多いが、嬉しい、楽しいことはそれ以上に多かった。
 「明日は頼むな」
 「はい、ちゃんとお迎えしますから」
 菱沼がなぜ急に訪ねて来る気になったのかは分からないが、これもいい気分転換だ。
涼子は厳しいことも言うがさっぱりとした性格の女性だし、菱沼は陽気で暢気な風を装っているが、肌理細やかな気遣いも出来
る男だ。
海藤の伴侶としての真琴をきちんと認めてくれている2人に真琴を会わせるのは安心だった。
 「あ、ご飯とかどうしましょうか?」
 「美味い会席料理の店でも予約しておく。個室なら貴央がいてもいいだろう」
 「そうですね。外食なんて久し振りかも」
 「お前もたまにはゆっくりしたらいい」
 「何時も、楽をさせてもらってます。海藤さんが何でも助けてくれるし、綾辻さんや倉橋さんも助けてくれるし。本当に子育てって
1人じゃ出来ないんですねえ」
 「・・・・・」
 真琴の言葉に、海藤は直ぐには頷くことが出来なかった。
自分自身が親というものの存在を身近に感じていなかったからだ。
だが、こうして自分が親になった時、その一つ一つに愛情を込めているという事が実感出来た。叱ることも、褒めることも、愛してい
るから出来ることだ。
(知ることが出来たのは、真琴と出会えたからだな・・・・・)
家族というものの温かさを、愛する者の存在の尊さを、海藤は日々感じていた。





                                   





次回は菱沼夫婦登場。
マコちゃん、嫁姑ですよ〜(笑)