マコママシリーズ
第三章 たっち編 9
取り合えず、それぞれが食べたい物を注文して、菱沼は海藤と綾辻を捕まえてさっさと酒盛りを始めてしまった。
3人が3人とも酒には強いので酔う心配はしていないが、それでも一応と真琴は声を掛けた。
「あの、あんまり飲み過ぎないように」
「マコちゃんは優しいねえ」
「え、あ、いえ」
「まあ、涼子さんも君に負けず優しいけどね」
「せいぜい、手間を掛けさせない程度にしてね」
あっさりとそう言う割りに、涼子の頬には笑みが絶えない。
それは、その膝に貴央が座っているせいかもしれなかった。
「あ・・・・・っ」
最近は自分で食べることが楽しいらしく、どんなに口元にスプーンを向けてもしっかりと口を引き結んで開いてくれないことがまま
あるようになった。
プラスチックの小さなスプーンを持たせればご機嫌で、真琴はその隙を狙うようにして口に食事を運ぶのだ。
(ホント、餅つきみたいなんだよなあ)
真琴自身はポロポロとご飯が下に落ちるのも気になるし、弾みでスプーンが喉を突いたら・・・・・などと考えて、なかなか貴央の
言う通りにはしなかったのだが、今日は先程から木のサジを涼子に握らせてもらって、貴央はかなりの上機嫌になっている。
だが、やはりサジを振り回すせいか、綺麗な涼子の服にも転々とご飯を零してしまっていた。
「す、すみませんっ、たかちゃんっ、め!」
真琴は直ぐに謝って貴央を叱るが、貴央は何を怒られているのか全く分かっていないらしい。
それどころか自分を真っ直ぐに見てくれる真琴が嬉しいのか、きゃっと騒ぎながら、
「うわ!」
「あ」
「真琴さんっ」
振り回したサジが弾みで飛んでしまい、それは見事に真琴の頭の上に載ってしまった。
「動かないで」
それは直ぐに倉橋が取ってくれ、髪も綺麗に拭ってくれたが、真琴は何だかなあと情けない気分になって溜め息をついてしまった。
(せっかく、伯父さんや涼子さんには、ちゃんとやってるってとこを見せたかったのに・・・・・)
男でも、ちゃんと母親の役目をやっているのだという所を見せて安心してもらいたかったのに、こんなふうに貴央に振り回されてば
かりでは返って心配を掛けてしまうかもしれない。
(あ〜あ)
「元気が良くていいじゃない」
そんな真琴に、涼子が笑い掛けた。
「男の子はこれぐらいでなきゃね。変に大人しい方が心配だもの」
「涼子さん・・・・・」
「ちゃんと大事に育てているのが良く分かるわ。頑張ってるわね、真琴さん」
「あ、ありがとうございますっ」
真琴は嬉しくなって思わずそう叫ぶと、すぐ隣にいてくれる倉橋を見上げる。
すると、普段表情の乏しい倉橋も嬉しそうな顔をして、ゆっくりと真琴に頷いて見せてくれた。
「嫁姑問題はなさそう」
「おいおい、私の涼子さんはそんなに胆の小さい女じゃないよ」
酒を酌み交わしながら真琴達の様子を見ていた海藤は、菱沼と綾辻の掛け合いに頬を緩めた。
真琴が今回の伯父夫婦の来訪にかなり緊張していたのは分かっていた。
ただ、自分が言葉で宥めるのはおかしいと思ったし、伯父夫婦ならば何も心配することはないとも思っていたので、特に真琴の側
にはいなかったのだが、どうやら涼子は固くなっていた真琴の気持ちを和らげてくれることに成功したらしい。
(さすが年の功・・・・・いや、怒られるかな)
「お」
そんな時、貴央が這って自分の足元までやってきた。
先程まで口の周りを一杯に汚していたが、今は綺麗に拭いてもらっている。
「どうした?」
海藤が抱き上げて自分の目の前まで持ち上げると、目線が変わった貴央は喜んで笑った。
「なんだ、たーちゃんも男同士の話に混ざりたいのか?」
酔ってもいないのに上機嫌な菱沼は、笑いながら貴央の顔を覗き込んでふ〜んと頷いた。
「やっぱり、お前に似ているな」
「そうですか?」
「普通、男の子は母親似だというんだがな」
厳密に言えば、真琴も母親とは少し違うのだが、確かにキッとした目付きは自分に似ているかもしれないと思った。
海藤にすれば、自分よりも真琴に似てくれた方がいいのだが。
「あら〜、社長に似れば、たかちゃんもモテてモテて仕方がないでしょうね〜。ん〜、楽しみ♪」
食事は、和やかに進んだ。
魚介類もかなり新鮮で楽しめたし(貴央がイクラを欲しがって大変だったが)、出汁が効いているので、煮物も吸い物も全部美
味しかった。
貴央が生まれてからは自然と外食する機会は減っていたし、それは仕方ないとも思っていたが、たまには大勢で誰かが作った美
味しい物を食べるのもいいなと真琴は思った。
すっかりお腹も膨れたかと思った貴央は、デザートにと出てきたメロンを涼子に食べさせてもらって喜んでいる。
多分、これだけハシャイでお腹も一杯になれば、帰ったら直ぐに寝てくれるだろう。
「真琴さん、プリンが来ましたよ」
「あ!」
真琴は自分が頼んだカボチャのプリンに目を輝かせた。
「美味しそう!・・・・・あ、その前にオムツ替えてあげないと」
先程触った時、少しオムツが膨らんでいるような気がした。
いくら子供とはいえ気持ちが悪いだろうと真琴が立ち上がりかけると、それを抑えて倉橋が側の貴央専用鞄(中にはオムツとミルク
と水筒、それにお茶ともしもの時のおやつが常備してある)を取って言った。
「私がしますから、真琴さんはゆっくりとしていてください」
「で、でも、男の人に任せるのは・・・・・」
「真琴さんも男ですよ」
「倉橋、オムツ交換出来るの?辰雄さんより凄いじゃない」
「克己は将来の為に練習してるのよね〜」
(何勝手なことを言ってるんだ、あの人は・・・・・)
「・・・・・」
それぞれが勝手なことを言うが、倉橋は穏やかに黙殺して貴央を部屋の隅に連れて行った。
本来なら部屋を変えてすることかもしれないが、ここにいるのは皆身内のようなものだし、姿が見えている方が安心だろうと判断し
たからだ。
「はい、足を上げてください」
海藤に似て頭のいい貴央は(この時点で既に倉橋も親バカだが)倉橋の言葉を理解したかのようにちゃんと寝転がって自分の足
を持っている。
(子供は身体が柔らかいな)
まだ歩かない貴央は、パンツタイプのオムツではない。
既に何回もオムツを換えた経験のある倉橋は、慣れた手付きで汚れたオムツを取り、新しいオムツを尻の下に置いた。
だが、そのまま付け替えるのではなく、一度尻を拭いてやろうと思い、倉橋が足から手を離した途端、
「まーまー!」
「あっ」
「たかちゃん!」
「たーちゃん!」
貴央はオムツを外した下半身裸の姿のまま、グルグルと部屋の中をハイハイで駆け回って笑っている。
慌てたのはオムツ換えをしていた倉橋と真琴で、他の者は笑いながらその様子を見ていた。
「く、倉橋さん、そっち!」
「はいっ」
ハイハイとはいえ、かなりのスピードで逃げ回る貴央を、倉橋が真琴と2人で挟み撃ちしようとした時、
「「「「「「あ!!」」」」」」
いっせいに、声が上がった。
壁に阻まれて逃げようがなくなった貴央が、その壁を支えに立ち上がったのだ。
「立った!」
何時も足を摩りながら、早く立ってと願っていた真琴。他の子供より成長が遅いのではないか、自分のせいではと気が気ではな
かった。
だが、気を抜いたこんな時にいきなり立ち上がって、嬉しいのは嬉しいが、あまりにびっくりしてどうしていいのか分からない。
それでも、今この瞬間を自分の目で見れて・・・・・。
「よ・・・・・かったあ」
「真琴」
「たかちゃん、すごいよ!」
真琴の声に驚いたのか、貴央はそのままペッタリと尻餅をついてしまった。
立っていた時間はほんの数秒・・・・・それでも立った事には間違いない。
「偉い!」
真琴はそのまま貴央を抱きしめた。その手の力強さに貴央がむずかり、泣き出しても、真琴はギュウッと抱きしめ続ける。
「偉いっ、凄いよ、たかちゃんっ」
目に見える成長が嬉しい。
そして、それを、自分達を見守ってくれる人達と見ることが出来たのが真琴は嬉しかった。
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ようやくたっちしてくれました。
次回でこの章も終わりです。