マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   11






 真琴が焦りながらお茶の用意をしている間、松田はリビングのソファに座って貴央と話している。
 「今日は何をして遊んでいたの?」
 「きょうはね〜、マコがあさからたいへんだった!」
 「大変?」
 「せんせーくるよー、たいへんよーって」
 「た、たかちゃん!」
まさか朝から騒いでいた自分の様子を松田に告げ口されるとは思わなかった真琴は、慌てて貴央を止めようとする。
しかし、そんな真琴の反応が面白かったのか、貴央はそれからも拙い言葉で真琴の慌てぶりを暴露した。
 「じゃあ、貴央君も大変だったわね」
 これ以上恥ずかしいことを言われたらどうしようかと真琴は居たたまれない思いだったが、松田はにこにこ笑いながらそれとなく
貴央の意識を他のことに逸らしてくれ、家ではどんな遊びをしているのか、どんな食事やおやつを食べているのか、両親や友人の
ことを聞いている。
 どんなに話が脱線しても笑って受け止め、ちゃんと会話を続ける松田が凄いなと思いながら真琴はようやく入れたお茶を持って
自分もリビングへとやってきた。
 「す、すみません先生」
 「貴央君の話を聞いているだけでも、すごく楽しそうな雰囲気が伝わってきます。ゆうちゃんというのは親戚か何か?」
 何時の間にか優希のことまで話していたらしい。真琴は笑って違いますけどと告げる。
 「でも、親戚みたいなものです。小さい頃から一緒なので・・・・・」
 「ゆーちゃん、かわいーよねー」
 「うん、そうだね」
首を傾げて同意を求めてくる貴央に、真琴も直ぐに頷いた。しかし、
 「あかちゃ、ほしーなあ」
 「た、たかちゃんっ」
続く貴央の言葉に、一瞬で顔が赤くなるのが分かる。
何度も兄弟を望む貴央の言葉に応えられないままでいたが、松田の前で言われるとますますどうしていいのか分からない。
(本当は、男同士で子供がいるってだけでも変なのに・・・・・)
 それなのにまだ子供を望むのかと、どんなふうに思われるだろうか。
 「いつか、出来るといいわね」
松田はそう答え、貴央の頭を撫でてくれる。先生というのはどんな時でもきちんとした対応が出来るのだなと、真琴は感心してそ
の横顔を見つめた。



 先生と話すから大人しく遊んでいてと言うと、貴央は少し離れた場所で、大人しく絵を描き始める。
集中すると周りが見えなくなるらしく、その間に真琴は松田と向き合った。
 「本当は、あまり心配はしていなかったんです」
 「え?」
 「普段の貴央君を見ていれば、ご家庭がどんな様子なのか分かるんですよ。貴央君、面倒見が良くて、こけてしまった友達に
直ぐに駆け寄って行ったり、昼食の遅い子の側についていてくれたり。お家でも海藤さんや真琴さんがこんな風に貴央君に接して
いるんだろうなって思っていました」
 「そうなんですか・・・・・」
 「いい子ですよ、とっても」
 幼稚園でのことは、貴央の話からしか分からない。
真琴は我が子だからというわけではないが貴央のことをいい子だと思っていたが、第三者の目でそう言われるとその嬉しさも倍
増になった。
 「優しい子になってくれたら嬉しいって思ってたんですけど・・・・・」
 「十分優しいと思いますよ」
 松田の言葉に、真琴は頬が緩みそうになる。
すると、頂きますと言って紅茶を一口飲んだ松田が、改まったように真琴さんと話し掛けてきた。
 「私、一つだけ聞きたいと思ったことがあって」
 「聞きたいこと、ですか?」
 いったい、貴央のどんな様子だろうと問い返せば、松田は苦笑しながら貴央のことではないと言ってくる。
 「真琴さんのことで」
 「・・・・・俺の?」
親としての心構えかと身構えた真琴に、松田はごく自然に問い掛けてきた。
 「すごく、差し出がましいことだとは思うんですが、真琴さんは海藤さんと籍を入れる準備をなさっているんですか?」
 「・・・・・籍、ですか?」
 「海藤真琴さんになる予定です」
重ねてそう言われた真琴は、思わず目を見張ってしまった。

 男同士では結婚出来ない。
それは日本の法律では常識のことで、もちろん真琴も知っていることだった。きっと、松田もそのことは分かっているはずで、彼女
の言っているのは真琴が海藤の籍に入る、いわば養子になるつもりはないかと聞いているのだろう。
 「あ・・・・・の」
 「ごめんなさい。凄くプライベートなことだって分かっているんですが、どうするつもりなのかなと気になってしまって。この先、小学
校中学校と進学して行くたびに、ご両親が表に出ることも多くなると思うんです」
 その時、父親と母親の、貴央の場合は少し事情が違うが、それでも保護者2人の名前が違うのはどうだろうかと松田は静かに
問い掛けてきた。
 世の中には、離婚をして片親になる子供もいて、その場合は保護者の姓が違うこともある。
ただ、海藤と真琴の場合はそれとは違う。世の中の常識から少しずれた関係だが、お互いに思い合っているのは確かだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・せ・・・・んせ、俺は・・・・・」
 「真琴さん、私は今答えを出せと言うつもりはありません。その答えを、私に言う必要もないと思います」
 それでも貴央のために、一度きちんと海藤と話し合った方が良いのではないかと助言してくれる。
 「まだ先は長い話ですけど」
 「・・・・・はい」
真琴自身、そのことを考えなかったわけではない。海藤もきちんと考えてくれ、貴央が生まれてからは事あるごとに籍のことを言っ
てくれる。
今となってはどうして自分が素直に頷かないのかということさえ分からないが、真琴は改めてその問題に真正面から向かい合わな
くてはならないと感じていた。



 「ただいま」
 「おかえりー!」
 帰宅すると、今日は早かったせいか何時ものように元気な貴央の声が出迎えてくれる。
海藤は飛びついてきた貴央を軽々と抱き上げ、後から玄関にやってきた真琴を見た。
 「ただいま」
 「お帰りなさい」
 変わらない言葉のやり取りだが、真琴の表情が何時もより冴えないのは直ぐに分かる。今日は貴央の幼稚園の家庭訪問だと
聞いたが、もしかしたら何か気掛かりなことを言われたのだろうか。
昼間は連絡もなかったと思いながら、海藤はここで切り出す話ではないだろうと貴央を抱いたままリビングへと足を進めた。

 部屋着に着替えた海藤が再びリビングに戻ると、ちょうど夕食の支度が出来ていた。
 「いたーだきます!」
 「いただきます」
挨拶をしてから、真琴の手料理を食べる。今日はスキヤキで、少し甘めの味付けは貴央用だろう。
 「・・・・・どうですか?」
 「美味しい」
 「おいしーよ!」
 海藤に続いて貴央も元気よく応えて旺盛な食欲を見せている。
それを目を細めて見つめた後、海藤は改めて真琴に視線を向けた。
 「何かあったのか?」
 「・・・・・後で、話していいですか?」
 どうやら、秘密にしておくつもりではないらしい。口を噤んでしまわれたらどう話をさせようかと思っていただけに、海藤はその言葉
に安堵する。
深刻な問題が生じたとしても、それを自分1人の胸に収めるのではなく、海藤にもあけ渡して欲しい。そして、共に考えればいい
と、海藤は意識を切り替えて食事を再開した。



 食事を済ませると、海藤が貴央を風呂に入れてくれる。
貴央はそれが好きなようで、2人は随分長湯をしてから出てきた。
 「できるっ」
 「そう?」
 最近は何でも自分でしたがる貴央は、真琴が身体を拭いてやると下着からパジャマまで時間を掛けて自分で着た。
当初はボタンの掛け間違いや服が裏返しになっていたりと失敗も多かったが、今は何とか成功している。
 「できた!」
 「うん、凄いね」
 自身で成し遂げたことを褒めてやり、簡単に整えてやる頃には眠気が襲って来たようで、貴央は真琴と手を繋いで自分の部屋
に行き、ベッドにもぐり込んだ。
 「明日も幼稚園、頑張ろうね」
 「う・・・・・ん」
 「お弁当の日だから、楽しみにしててよ」
 「・・・・・」
 「たかちゃん?」
 少し前までは普通に会話をしていたのに、まるで電池が切れるみたいに貴央は呆気なく眠りに落ちた。これが子供なんだなと
少しだけ笑い、真琴は掛け布団を掛け直す。
 「・・・・・お休み」
 可愛くて、愛おしくて、大事な大事な我が子。貴央のために出来ることは何でもしてやりたいし、しなければならないと思ってい
る。
昼間、松田に言われたことを海藤に話して・・・・・自分はどうしようと思っているのか。
貴央の寝顔を見つめながら、真琴は自身の気持ちをもう一度確かめた。

 「寝たのか?」
 「直ぐに」
 真琴がリビングに戻ると、海藤はキッチンでコーヒーをたてていた。
何時もは酒を飲むことも多いのに、今日はこうしてコーヒーの支度をしている。それだけで、海藤が今からの話を真剣に聞こうとし
てくれていることが分かった。
 「今日は蜂蜜を入れてみるか」
 「蜂蜜?」
 「少し多めに、甘くしよう」
 顔を上げた海藤は、そう言って真琴に甘い笑みを見せてくれる。
真琴も微笑み返すと、ソファに座って海藤が来るのを待った。
 「どうぞ」
 「・・・・・ありがとう」
 真琴はコーヒーを口にした。砂糖とは違う仄かな甘さがじんわりと身体を温かくしてくれる気がする。それは海藤の優しさにも似
ているなと思っていると、隣に本人が座った。
 「・・・・・」
 こうして体温を感じるほどの距離にいる愛する人。それは今夜だけではなく、明日も明後日も、これからずっと共にいることを2
人で誓った。
 「・・・・・怖がっているつもりはなかったんだけど・・・・・」
 「真琴?」
 呟きは、どうやら海藤の耳にも届いたらしい。
どうしたのかと顔を覗き込むようにされ、真琴は照れ臭くなって目を伏せた。
 「俺・・・・・、やっぱり、少し怖くて」
 「・・・・・」
 「本当に、ずっと一緒にいられるのかって、どこかで不安に思っていて」
 海藤の愛情を信じられないと言うより、見えない未来を恐れて安全で生温い絆に縋っていたが、もうそろそろ信じてもいいはず
だ。
 「海藤さん」
 「ん?」
 「・・・・・俺と、結婚して下さい」
 「真琴・・・・・」
 「俺を、海藤真琴に、して下さい」
 もっと男らしくプロポーズをしたかったが、恥ずかしさと僅かな恐れがない交ぜになって海藤の顔が見れない。
顔を伏せた真琴はギュッと拳を握り締め、海藤の答えをドキドキしながら待った。





                                   





マコちゃんの逆プロポーズ。
もちろん海藤さんの答えは決まっていますよね(笑)。