マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   13






(お、俺、どうしてこんなとこにいるんだろ・・・・・)
 幼稚園から一番近いファミリーレストランの一角で、真琴はくの字になっているソファの一番奥に座らされていた。
そんな自分を囲むようにずらりと並ぶのは真琴より少し年上の若い母親達。皆今時の若いOLとそう変わらないほどに綺麗に身
支度を整えているものの、話している内容は子供のことや夫の話だ。
 少し離れた場所で聞くのなら参考になったかもしれないが、男1人だけで紛れ込んでいるという事実に真琴は先ほどからずっと
落ち着かない気分でいた。
 「別に、とって食べちゃったりしないわよ?」
 「え?」
 キョロキョロとせわしなく視線を彷徨わせていた真琴は、笑いながら言われた言葉に焦って振り向く。
そこにいたのは先ほど真琴を呼び止めた母親で、確か・・・・・。
 「そ、そんなふうに思っていませんよ、落合(おちあい)さん」
 「だって、ねえ」
 「なんだか、雌ライオンの群れの中に放り込まれた子ウサギみたい」
 「ふふ、ホント」
 歳が近いのか、ここにいる数人は随分仲が良さそうに見える。
仮にも男として怖がっていると思われるのも恥ずかしいので、真琴は早速と話を切り出した。
 「あの、人形劇のことですけど・・・・・」
 「ええ、引き受けてもらえる?」
 「引き受けるって、実際どんなことをするんですか?」
 お遊戯会では、貴央はカスタネットと合唱をするらしい。
家でも真琴相手にカスタネットを叩く練習をしているし、風呂では海藤に幼稚園で習ったという歌を歌って聞かせているようだ。
こんな小さな子によく教えることが出来るなと、幼稚園の先生達の手腕に日々感心していた。
 そんな、貴央の出番だけを楽しみにしていた真琴にとって、今回の母親達の誘いは思いがけないというよりも困惑の方が大き
い。
 「お遊戯会って、結構長くあるでしょう?やっぱり小さい子は飽きちゃうの。その子供達のモチベーションを上げるために、中盤で
人形劇をやるのがこの幼稚園の伝統」
 「はあ」
 「人形自体は代々使っている物があるし、台本もあるわ。出演者はお遊戯会の前日顔合わせと練習をするだけで時間もとら
せないから」
 この幼稚園は父親の行事の参加率はかなり高い方らしいが、今回の人形劇はどうしてだかあたった相手皆が用事があるらし
い。そこで、真琴にと白羽の矢が当たったようだ。
 「海藤さん、大学生って聞いたし、少しは時間が自由になるかなってみんなと話し合ったんだけど・・・・・駄目かしら?」

 落合の言いたいことは分かった。
確かに普通の父親・・・・・真琴の場合はその立場は複雑だが、男手として自由な時間があるというのは本当だ。
 貴央のためにも何かしたいし、これは他の母親達と仲良くなれるチャンスかもしれないと思うものの、一応前もってきちんと話を
しておこうと思った。
 「あの、皆さんは嫌じゃないんですか?」
 「え?」
 「・・・・・その、うちは少し変わった家族だし、本当は嫌だって思っている人がいたとしたら・・・・・」
 最後まで言えなくて口篭ってしまった真琴の肩を、隣に座っていた落合がバシッと叩く。
 「関係ないわよ、そんなこと」
 「お、落合さん?」
 「人って、内心じゃ何を考えてるのか分からないし、にこにこ笑っていても相手を嫌っている場合だってあると思うわ。でも、子供
のために協力するのを嫌だって思う母親はいないと思うの。海藤さん、あなただって、貴央君を産んだんでしょう?確かに、一般
的には普通じゃないかもしれないけど、何が普通なんて、人それぞれ基準は違うし」
 落合がそう言うと、少し離れた場所に座っていた今時のギャル風なメイクをした母親がそうそうと同意した。
 「私だって、こんなメイクや格好してて最初は引かれたけど、今じゃ結構仲良くお茶してもらってるし」
 「岩井さん、メイクしてない方が可愛いのに」
 「え〜っ、素ッピンなんかじゃ街歩けない〜っ」
途端に、話はメイクや服のことに移行して行く。母親とはいえ、まだ二十代の若い女性だ、ファッションにもおおいに興味があるの
だろう。
 「・・・・・」
 真琴がその勢いに呆れていると、落合が笑いながらねっと相槌を求めてきた。
 「好き嫌いなんて、人間だったら誰でもあるけど、案外受け入れてくれる人って多いわよ」
 「・・・・・そうですね」
受け入れてもらえるのはもちろん嬉しい。ただし、
 「ねえ、旦那さんを誘って今度飲みに行きましょ!私、ああいうタイプ、大好き!」
 「え、え?」
勢い良く迫ってくる相手をどうかわそうか、まずはそこから考えなければならないようだ。



 「それで、結局引き受けたのか」
 「うん。出来るだけ他のお母さん達とコミュニケーションとっておきたいし」
 その夜、帰ってきた海藤に早速報告すると、苦笑しながらそうかと頷いてくれた。
時間的な問題というより、人間関係のことを気にしてくれているのは分かっていたが、仮に嫌味を言われたり無視をされるようなこ
とがあったとしても、今日の母親達がいれば何とか乗り越えられると思う。

 「嫌味の応酬なら任せといて。私、頭は悪いけど口は回るから」

 そう言ってくれたのは、ギャル風メイクの母親、岩井だ。歳はまだ22歳だというのに、今幼稚園に通っている女の子とまだ1歳の
赤ちゃんがいるという話だ(今日は父親が休みで面倒を見てもらっているらしい)。
 「俺、田畑さんくらいしかよく話をしていなかったけど、今日、なんだか新しい友達が増えた気分になって・・・・・」
 「・・・・・そうか」
 「海藤さん?」
 海藤が少し言葉を途切れさせたので顔を上げてみると、彼はいやと小さく答えた。
 「お前に友人が増えるのは嬉しいが、それが皆女というのは少し妬ける」
 「えっ?」
 「お前は貴央の母親であっても、男に変わりは無いだろう?」
 「お、俺っ、浮気なんて絶対しないから!」
まさか、そんな心配をされるとは思わず、真琴は思った以上に大きな声で否定してしまう。
 今日話した母親達は確かに若くて、傍から見れば真琴が両手に花の状態に見えたかもしれないが、実際はその元気のよさに
圧倒されていたという方が正しい。
(そ、それに、みんな海藤さんのことばっかり聞いてきたし)
 見目が良く、地位があり、教育にも協力的な海藤はやはりかなりの人気があるようだ。妬きもちをやきたいのは自分の方だと口
を尖らせた真琴に、海藤は軽くキスをしてくる。
 「!」
 「浮気するなよ」
 「だ、だから、しないってば!」
からかわれていると思うのに、そう反論しないではいられなかった。



 海藤は夕飯の仕度をするといって慌ててキッチンに向かった真琴の後ろ姿に、思わず口元が綻んでしまった。
妬きもちと口では言ったが、もちろんそれは本気ではない。真琴の自身に対する愛情を信じているし、他に目を向ける余裕など
与えない自信もあった。
 子供を生んで母親となったものの、真琴の性は男だ。
母親という女達の中に入って上手くいくだろうか、田畑の存在で海藤も随分気は楽になっていたが、それでも常に気に掛けては
いた。
 「おとーさん」
 そこへ、貴央がやってきた。
 「マコが、ごはんさきにしますかって」
 幼稚園に行くようになって随分口調もしっかりしてきた貴央の髪をクシャッと撫でてやり、海藤はその目線に合わせるために腰
を下ろす。人は海藤に似ているというが、この大き輝く目は絶対に真琴に似ていると思う。可愛くて仕方が無くて、海藤はもう
一度ゆっくりと頭を撫でた。
 「今日の夕飯は何だ?」
 「ハンバーグ!おてつだいしたよっ」
 「そうか、えらいな」
 積極的に手伝いをするようになったことを褒めると、次も何かしようという意欲が湧いてくるようだ。
1日1日大人になっていく貴央を眩しい思いで見つめる海藤を、貴央は早く行こうと腕を引っ張って促す。
 「きょうのおふろ、うたうたうからねっ」
 「歌か」
 「おゆーぎかいのうた!マコはじょーずって!」
 夕食の後の風呂は海藤がいる時は必ず一緒に入るようにしているが、もう10日以上同じ歌を聴かされ続けていた。確かに、
少しずつ上手くなっていると思う。
 「よし、じゃあ、貴央が作ったハンバーグを食べて風呂に入るか」
 「うん!」
 テーブルに並べられた皿の上にあったのは、小さな煎餅のようなハンバーグの山。
 「美味しそうでしょう?」
笑いながら言った真琴に、海藤もそうだなと頷いた。







 「うおー、うおー、赤ずきんちゃん、食べちゃうぞお」
 出来るだけ動きを大きくする為に腕を振った真琴だが、
 「海藤さん、頭見えてる!」
 「あ、はい!」
どうやら勢いが良過ぎて頭まで舞台から見えたらしい。真琴は慌てて屈むと、手だけを精一杯伸ばした。
(け、結構、きつい・・・・・)
中腰の姿勢は思っていたよりもきつく、真琴ははあと溜め息をつく。すると、隣の赤ずきん役の岩井が小声で声を掛けてきた。
 「次、狼」
 「あ!食べちゃうぞー!」

 お遊戯会を前日に控え、真琴は幼稚園に人形劇の練習にやってきた。
人形劇の人形は、人差し指に頭を入れ、親指と中指を手に見立てて動かすものだ。セリフは舞台の下で台本を見ながら言っ
てもいいというのが助かったが、ずっと腕を上げっぱなしなのはかなり疲れた。
 「海藤さん、声、もうちょっと大きくね」
 「わ、分かりました!」
 人形劇は、《赤ずきんちゃん》。
主役級の狼をやるようにと言われたのには参ったが、やると決めた以上は嫌だというつもりは無い。
 「うおー!食べちゃうぞ!!」
真琴は視線を台本に落として、さっきよりも声を張り上げる。
 「海藤さん、また頭見えてるっ」
 「うわっ、ごめんなさい!」
(こ、これで明日の本番大丈夫なのか〜?)

 一通りの練習を終えると、講堂の中では即席のお茶会が始まった。
缶コーヒーやペットボトルが並び、それぞれが持ち寄った菓子が広げられる。真琴も昨夜焼いたクッキーを出した。
 「これ、海藤さんが作ったの?」
 「たかちゃ、子供と一緒に」
 形は少し歪だが、海藤にも太鼓判を押された味だ。
 「・・・・・ん、美味しい!」
 「そうかな?」
 敬語は止めようと冒頭に言われたので、真琴は少し緊張しながらもそう答える。すると、隣に誰かが腰を下ろす気配がして視
線を向けると、相手は1人の若い父親だった。
 「・・・・・」
(父親の参加、無いんじゃ・・・・・)
 「あ、加納(かのう)さんは昨日連絡をくれて。丁度お休みが取れたから少しでも手伝いますって言ってくれたの」
 「よろしく」
 「あ、こちらこそ」
 二十代後半だろうか、ダークブラウンに染めた髪に顎鬚を蓄えた、少し野性味を帯びた男は、案外人懐こい笑みを浮かべて
挨拶してくれる。
貴央のクラスの父兄じゃないなと思っていると、加納と呼ばれた男が自分から口を開いた。
 「俺の子は年長のクラスなんだ。父子家庭なんでなかなか行事に参加出来なかったんだけど、今回のことを言ったら丁度店の
オーナーが休んでいいって言ってくれてさ。まさか、初の参加が人形劇とは思わなかったけど」
父子家庭・・・・・その言葉に、真琴はどう言えばいいのか少し戸惑ってしまった。





                                   





次回はお遊戯会。
ここにきて新キャラです。