マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   15






 「「「ぐーちょきぱーでっ、ぐーちょきぱーで、なにつくろっ!なにつくろー!」」」
 幼稚園ではよく歌われているらしい歌。手だけでなく、身体全体を使って、様々な動物やアニメの主人公になりきるその歌を、
子供達は声を張り上げて歌っている。
 「「「うさぎさんーっ、うさぎさんーっ!」」」
 2本の手を頭の上にやり、ピョンピョンと跳ねる姿はとても可愛かった。
そうでなくても、あの小さな手がどれだけ多くの世界を作り出していくのか。大人は頭でその姿を想像するだけだが、子供達はそ
のものになりきっている。
 「可愛い・・・・・」
 思わず呟いてしまった真琴に、隣にいた海藤も穏やかな口調で言う。
 「貴央が一番手が伸びている」
 「え?」
 「感情表現が豊かだ」
 「・・・・・」
真琴に聞かせるつもりではないのかもしれない、思わずといったような言葉に真琴は頬を綻ばせた。
(海藤さんも親馬鹿)
もちろん、真琴の目にも貴央が一番元気で、一番上手に歌って踊っているように見える。だがそれは、自分の周りでも同じよう
にビデオやカメラを構えている父兄達も自分の子がと思っているはずだ。
 自分の子供が一番。それが、家族なんだなと思う。
(あ・・・・・っ)
今度は、ライオンになった子供達が、隣同士で噛み付く真似をしながらじゃれあっている。それは、ライオンというよりはまだ生ま
れたての猫のような感じで、真琴は声が録られるのも分かっていながら思わず声を出して笑ってしまった。



 次の合奏まではまだ時間があるらしい。
その間、真琴は人形劇の最後の打ち合わせに行くことになった。
 「あ」
 足を踏み出しかけた真琴がそのまま振り返り、じっと自分を見つめてくる。
 「一緒に、行きます?」
多分、この空間に1人残されてしまう自分のことを気にしてくれているのだろう。海藤自身はたいして気にしないが、もしかしたら
周りには無意識のうちに威圧感を与えているかもしれないと思い、その言葉に頷いて一緒に行くことにした。

 空き教室の中には既に数人の母親が揃っていた。
 「海藤さん」
 「あ」
その中に、1人の男がいる。一見して、あまり子供の親には見えないような雄の匂いをさせた男は、最初に入った真琴に向かっ
て案外無邪気な笑顔を見せたが、続いて姿を見せた海藤に対し、一瞬だけ目を見張ってからうっすらと笑んだ。
(・・・・・この男か)
 真琴の話にも出ていた男が目の前の人物だと、海藤は直ぐに分かった。
そして、話の中で感じていた以上に、男が随分腹が据わっていると感じる。
 「遅くなりましたっ」
 「旦那さんも一緒だったのね」
 「あ・・・・・いけませんでしたか?」
 「まさか!大歓迎よ!」
 母親たちは海藤の登場を好意的に受け止めてくれたようだが、目の前の男だけはどうも違うらしい。
 「海藤さん」
その名は、真琴の向かって投げ掛けられた。
 「紹介してもらえる?」
 「あ、はい。あの、加納さんです。年長さんのお父さんで、今回の人形劇で裏方で手伝ってくれているんです」
 「初めまして、海藤です」
 「ああ、そういえばあなたも海藤さんですよね。じゃあ、真琴君って呼ぼうかな」
 見え透いた挑発に乗るつもりは無い。
そもそも、この男・・・・・加納が、どういった意味で真琴に近付いているのか、まだはっきりとしたことは分からないままだ。
 それに、海藤は真琴の気持ちを信じている。生半可な思いで自分達はここまで歩んできてはいない。
海藤は戸惑った表情で自分と加納を見る真琴に、安心させるように笑みを見せた。



 今でこそ真琴は海藤のことをかなり分かっているものの、初対面の相手はどうしても彼にたいしてとっつき難い印象を持つ。
それは、整いすぎるほどに整った海藤の容貌が理由だろうし、あるいは無意識のうちに普通ではない雰囲気を醸し出しているの
かもしれない。
 そんな海藤に向かって、ごく普通に話しかける加納がとても稀有な人物のように思えた。
(加納さん、海藤さんが怖くないのかな・・・・・)
女性軍が海藤に向ける視線とは明らかに違う雰囲気に、真琴はふと思った。加納はこの幼稚園の中で海藤にとっていいパパ友
になるかもしれない。
 「真琴」
 「へ?」
 「呼んでいるぞ」
 いつの間にかメンバーが皆揃っていて、真琴も焦って駆け寄る。
すると、加納が隣に立ち、耳元に顔を近づけて囁いてきた。
 「真琴君の旦那さん、かなりのいい男だな」
 「・・・・・はい」
 「お、謙遜しないんだ?」
 「だって・・・・・」
 自分に対するお世辞ならもちろん否定もするが、海藤に対する賛美はなんだか素直に受け取ってしまうのだ。自分から見ても
カッコイイ大人の海藤が、他の人の、それも同性の目から見てもそうだというのがなんだか嬉しい。
 「・・・・・前途多難」
 「加納さん?」
 小さな呟きはなんと言ったのか聞き取れなくて思わず聞き返したものの、加納は笑ってなんでもないと言う。
気にはなったがその時名前を呼ばれて、真琴は直ぐに母親達の輪の中に入っていった。



 レンズの中に、黒い頭が映っている。
 「・・・・・」
海藤は思わず笑ってしまった。

 「え・・・・・あ、俺の普段の声よりも低くしなくちゃいけなくって。それに、指人形だから手をぐっと上げて動かしてると、結構疲れ
るんですよ?頭も出ちゃうし」

 どうやらそれは解消されていないらしい。
 「うおー、うおー、赤ずきんちゃん、食べちゃうぞお!」
 「きゃあっ、助けてー!」
 「食べちゃうぞー!」
しかし、冷静に舞台を見つめる大人とは裏腹に、子供達は舞台上の人形劇を食い入るように見ていた。
最近の子供達は随分大人びた者達もいるが、やはりこういった出し物には無意識のうちに惹かれるのかもしれない。
 「あかずきんちゃんっ、にげて!」
 「おーかみ、うしろ!」
 随分賑やかな人形劇だが、その声援が力になったのか、
 「逃げるな〜っ、赤ずきんちゃん!!」
真琴の声がいっそう大きくなる。
 「・・・・・」
 海藤はレンズを客席に向けた。貴央も他の子供達同様、身を乗り出すようにして人形劇を見ている。まさか敵役の狼を大好
きな真琴がしているとは夢にも思っていないだろう。
(・・・・・声では気付いていないようだが)
 何時もよりも低い声では気付かないのか。
 「・・・・・」
その時、視線を感じた海藤は手を動かさないまま気配を探った。どうやらそれは舞台の袖から向けられてくるもので、考えるまで
も無く、先ほど自分のことを見ていた男のものだというのが分かった。



 「ごめんなさい〜、許してください〜」
 物語の中では猟師に殺されてしまう狼は、今回の人形劇では謝って許してもらえた。
綺麗事かもしれないが、子供達にはこんな物語の結末の方がいいと思った。
 「海藤さん、挨拶よ」
 「え?」
 「ほらっ」
 「あ、あのっ」
 赤ずきん役とおばあさん役、お母さん役、猟師役の母親達に強引に腕を取られて舞台に姿を現すと、子供達はわーっと歓声
をあげた。
 「ともくんのママがあかずきんちゃんだあ!」
 「まみちゃんのママはおばーちゃんなのねっ」
 「・・・・・っ」
(う、うわっ、どうしよ〜っ)
 まさかこんなふうに顔を見せて挨拶をするとは思わず、真琴は狼狽してしまう。
正義の味方ならまだしも、敵役の狼の役をやったと貴央が知ってしまったらどんなにショックを受けるだろうか。
 「あっ、たかちゃんのまこちゃん!」
 そんな中、貴央と同じクラスの女の子が叫んだ。ママともパパとも言えない真琴のことを、子供達は貴央がよく呼ぶ《マコ》とい
う愛称で呼ぶ。それが嫌だとは思わないものの、今日だけはなんだか・・・・・。
 「マコ!」
 「た、たかちゃん・・・・・」
 パッと立ち上がった貴央が泣き出すんじゃないかと思ったが、
 「マコッ、おーかみなのっ?」
 「う、うん・・・・・」
その瞬間、パッと顔を輝かせた貴央は、周りの友達に自慢げに言った。
 「ね、マコ、すごかったねっ?」
 「おーかみさん、まけちゃったよ?」
 「でも、かっこいーの!」
 友達の言葉にも反論し、貴央は更に真琴の名を呼ぶ。
大勢の父兄達の視線もいっせいに向けられて恥ずかしくてたまらなかったが、真琴は耳まで赤くなりながらも自分も手を振って
いた。



 「「「どーは、どーなつーのーどー、れーはれもんのれー!」」」

 カスタネットを大きな仕草で叩きながら、貴央はドレミの歌を歌っている。その姿を撮りながら、真琴は自分も空いた手でリズム
を取った。
 人形劇は好評のうちに幕を下ろし、お遊戯会の後半戦は順調に進んでいる。
この合奏が終わったら貴央の出番も終わり、後は親と一緒に帰ることになっていた。
 「・・・・・あ」
 叩き間違った貴央が、照れたように笑ってこちらを見た。それに、大丈夫だと励ますように手を振ってやる。
 「大きくなったなぁ・・・・・」
 「ああ」
戻ってくるとは思わなかった言葉に返答があって、真琴は耳だけをそちらに向けた。
 「それに、大人になった」
 「大人?」
 「俺も、お前も、随分と支えてもらっている」
 ビデオに声が入らないように潜めていたものの、真琴にははっきりと海藤のその言葉が聞こえる。そして、確かにそうだと、カメラ
を持ったまま頷いてしまい、その拍子に画面がブレてしまった。
すると、後ろから伸びた大きな手が支えるように添わされる。
 「案外、早く巣立って行くかもしれないぞ」
 「・・・・・」
 まだまだ遠い未来だと思っているが、海藤にはそう見えるのか。実際に起こってもいないが、想像するだけで寂しい。
もちろん、成長してくれることは嬉しいし、小学校、中学校、高校と、どんな風に成長してくれるのか想像するだけでも楽しいが、
離れていくことはまだ考えたくなかった。
 そんな真琴の気配に気付いたのか、もう一つの手が肩に置かれる。
 「俺は、ずっとお前の傍にいる」
 「・・・・・っ」
手が、また震えそうになる。しかし、ずっと添わされている手はとても力強く、真琴は1人ではないのだと強く感じて、ホウッと息を
吐き出した。





                                   





これで、一応お遊戯会は終了。
この次は・・・・・何にしようかな。