マコママシリーズ
第四章 幼稚園入園編 2
今年の新入生(年少だけ)は18人で、園長が言っていたように本当に小規模な幼稚園といった感じだ。しかし、その分保育
士と園児の関係は密接だし、人数が少ないので目も行き届いている。
場所も、郊外の緑が多い場所なので、真琴も貴央も気に入っている幼稚園だった。
「・・・・・」
(それにしても・・・・・目立ってる)
真琴は講堂の中で落ち付かない気分を味わっていた。
園児の人数×3倍以上はいる保護者のせいかかなりギュウギュウなのだが、その中でも自分達はかなり異質のようだ。
まず、いかにもエリートといった雰囲気の海藤と、モデルのように華やかな綾辻、そして、どう見ても学生っぽい自分が並んでい
るのだ、母親はと思う者もいるだろう。
「真琴?」
「あ、うん」
「マコちゃん、気にしたってしょうが無いわよ?それよりも、ほら、ちゃんとカメラの準備してたかちゃんをしっかり撮らないと!」
「そ、そうだった!」
入場からちゃんと撮らないといけないと、真琴は傍に置いていた袋からカメラを取り出す。そしてもう一つビデオカメラを取り出し、
海藤の膝の上に置いた。
「海藤さん、お願いしますねっ」
「ああ、任せろ」
カメラの向こうに、少し大きめの制服に身を包んだ貴央が、緊張した面持ちで映っている。
「・・・・・」
「たかちゃん、がんばれっ」
隣では、シャッターを切りながら真琴が応援していた。
生まれた時、あんなにも小さかった貴央が、今自分の足でしっかりと歩いている姿を見るのは感慨もひとしおだ。ちゃんと育って
くれるだろうか、話すことは、歩くことはと、日々心配していたことが何だかおかしい。
(頑張れ、貴央)
前後を歩く子供達よりは一回り小さいものの、それでも海藤の目には一際大きく、凛々しく映った。
「海藤貴央君」
「はい!」
名前を呼ばれ、手を上げて立ち上がった貴央は、ちらっと後ろを振り返った。
「ダメダメッ、前、前っ」
真琴は焦って言うが、貴央は自分達の姿を見付けて嬉しそうに手を振っている。
幼稚園の、それも年少者達はやはりまだまだ手が掛かるようで、中には泣き出したし、漏らしたりする子もいて大騒ぎだったが、
温かな入学式の雰囲気は貴央の緊張を和らげてくれたし、それはそのまま教室へも持ち込まれた。
「・・・・・」
この年齢の子供の親の大半は20代から、せいぜい30代前半が多いようだ。
海藤は少し年齢が上になってしまうが、特に老けて見えるというわけでもなく、若い父親に無い落ち付きと、何より際立った容貌
で視線を引いた。
そして真琴も、いったいどんな関係なのだろうかという目で見られているが、海藤が傍にいるせいかそれに怯えたり、緊張した様
子は見えない。
「では、もも組の皆さん、先生のお名前は松田佳美(まつだ よしみ)、こっちの先生は中津奈緒(なかつ なお)といいます。仲
良くして下さいね」
松田という保育士は、確か面接の時にいた相手だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
向こうも海藤の視線に気付いたのか丁寧に頭を下げてくれる。
(心強いな)
自分達の思いを聞いてくれた相手がいることは、海藤と真琴にとっても安心出来る人選だと思った。
入園式が終わり、子供達が中津に誘導されてグラウンドへと飛び出して行った。
今から保護者の懇親会という名の顔合わせがあるらしい。ほとんどが夫婦で出席をしている中、自分と海藤は男同士で並んで
いる。それをどんなふうに見られているのだろうかと気にはなったが、ここまで来て逃げることは出来なかった。
「それでは次、海藤貴央君の御両親ですね」
「は、はいっ」
「はい」
2人が並んで頭を下げると、好奇の視線が向けられてくる。ギュッと拳を握り締めた真琴を落ち付かせるように、海藤がその背
を軽く叩いてから言った。
「海藤です。1年間、よろしくお願いします」
「お、お願いしますっ」
すると、1人の母親が遠慮がちに声を掛けてくる。
「今日は奥様は?」
「・・・・・っ」
「これが、貴央の母親です」
海藤はその母親に視線を向けて、僅かに笑みながら答えた。一瞬海藤の笑みに見惚れていたらしいその相手も、少し後にはそ
の言葉の不思議さに首を傾げている。
「え?で、でも・・・・・」
「確かに、彼は男です。私達は同性同士ですが、あの子は正真正銘、彼が産んでくれました」
教室内のざわめきが大きくなった。
まだ良く分からない人が多いのだろうが、それでもこれがかなり特異なことであるという認識はあるのだろう。
自分達にどんな目を向けられたとしても構わないが、貴央にだけは偏見の目を向けて欲しくない。
そのために、今を誤魔化したとしても、後に絶対苦しくなって、自分が耐えられなくなることも分かっていた。貴央のためにどんな
行事も出来うる限り参加するために、今ここで、分かってもらわなくては。
「あ、あの、先生、少し時間を頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
真琴よりだいぶ年上の松田は、その言葉を予期していたのか笑いながら許可をくれる。
それに頭を下げると、真琴は一度大きく深呼吸をした後、その場にいる父兄を見渡して言った。
自分達の関係をこと細かに言う必要はないが、真琴と貴央の関係は分かってもらわなければならない。
海藤は必死で説明をする真琴の途中から自分が代わり、理路整然と事実だけを述べた。
男同士への偏見が全く無いわけではないだろう。それよりも、男が子供を産むという事実に驚く者が多く、それは本当なのかと
何度も問われた。
「希望されるなら、担当した医師に会っていただいて構いません」
「あ、いや、そこまで・・・・・」
「私達のように特殊な親子関係の者がこの幼稚園に通って欲しくないと思われる方もいるでしょう。ですが、貴央が、私の子供
がこの幼稚園を望み、こちら側も快く受け入れて下さった。今後、問題があるのならばこちらへではなく、私に直接言って下さい。
分かって頂けるまで話します」
ディベートで負ける気はしなかった。
感情をぶつけてくる相手はいるにしても、自分達がこの場にいるのは正当な権利を勝ち得たからだ。そのせいで幼稚園側に当た
られるのは海藤も心苦しい。
ただ、そのために自分の裏の力を使おうとは思わなかった。
「いかがですか」
「・・・・・」
「・・・・・」
一同は互いに顔を見合わせているものの、表立って文句を言う者はいなかった。
落ち付いて、後から何か言ってくるかもしれないが、せっかくの入園式当日に言い争うことが無くて良かったと思う。
「はい、では、もも組の御父兄に伝達事項をお知らせします」
話は終わったと、松田はプリントを配り始める。
海藤はそれを手渡された時、
「ありがとうございました」
そう、彼女に伝えた。
「たかちゃ〜ん、帰るよ!」
父兄の懇親会が終わって、真琴はグラウンドで走っている貴央に声を掛けた。
何時の間にか綾辻も一緒になって子供達と遊んでいて、高そうなスーツを汚していたが全然気にならないようだ。
「もう〜、子供達って元気なんだから」
「ゆーちゃん、またねー!」
「ゆーぞー、またなー!」
子供達はすっかり綾辻に慣れたようで、名残惜しく身体にしがみついている。その様子に真琴は目を丸くし、海藤は苦笑を浮
かべた。
「精神年齢が一緒なのか?」
「社長ったら」
子供達は親に呼ばれてそれぞれ走って行く。大きく手を振る貴央に、真琴は聞いてみた。
「たかちゃん、お友達出来た?」
「うん!」
「何て名前の子?」
「えっと〜、えっと・・・・・おともだち!」
どうやら、仲良く遊んだ相手は友達という認識があるらしいが、まだ名前を覚えることは出来ないようだ。
(今日会ったばかりだもんね)
それでも、仲間外れにされなくて良かったと、真琴は先に帰ろうとしている親子に声を掛ける。
「さようならっ」
「・・・・・っ」
「ばいばい!」
話し掛けられたことに驚いた親とは反対に、子供の方は貴央に手を振ってくれた。それに嬉しくなった真琴が子供に手を振ると、
「さ、さよなら」
若い父親が、早口にだが声を掛けてくる。
「・・・・・っ、さよなら!!」
嬉しくて、思わずその父親に向かって手を大きく振ると、彼は少し戸惑った顔のまま手を振り返してくれ、帰って行く。
「マコ、おともだちできた?」
ずっと手を振り続ける真琴に不思議そうに聞いてきた貴央を、真琴はギュッと抱きしめてうんと言った。
「お友達になりたい人達だよ」
この後、自分達のことをどう噂されるか、想像するとちょっと怖い。それでも、やがて分かってもらえたらと思う。最初から上手くい
くよりも、分かりあえたらきっと・・・・・。
(そう、信じないと)
その日は、入園式に来られなかった倉橋とその子、優希に報告をするのだと貴央が言いだして、二家族で夕飯を食べることに
なった。
「ゆうちゃん、おともだちだよ、いっぱいできるんだよ」
「あー」
「でも、ゆうちゃんがいちばんのおともだちだからね?」
「うー」
(これで会話が成立してるんだもん・・・・・凄いな)
真琴が優希と話して(一方的だと思うが)いる貴央を見ている間、倉橋は海藤が撮ったビデオを見て少し涙ぐんでいる。
真琴の妊娠中からずっと傍で支えてくれていた倉橋にとっても、貴央の入園式というのは一際感慨深いもののようだ。
「貴央君が一番立派ですね」
「そんなこと・・・・・」
「いいえ、間違いありません」
親以上に贔屓目が強いのか、きっぱりと言い切る倉橋に真琴はありがとうございますと言う。真琴も密かに、貴央が一番可愛
かったなと思っていたからだ。
(でも、俺は親だし)
そう思ってもいいよなと思いながら海藤を見ると、海藤は真琴の視線に目を細めて笑った。
「俺には、お前が一番カッコ良かった」
「え?」
「今日はよく頑張ったな」
「・・・・・っ」
(ふ、不意打ち過ぎ・・・・・っ)
どこまで出来たか分からないが、精一杯頑張ったことを、海藤はちゃんと見ていてくれた。嬉しくて、何だかやっと、肩の荷が下
りたような気がして、真琴は思わずこみ上げてしまった涙を貴央に見られないように慌てて拭った。
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緊張の入園式は終わり。
次回からは色々な行事が始まります。