マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   4






 四月も終わり。
貴央が入園して二週間ほど経った明日の金曜日は、保護者同伴の遠足の日だった。
 子供達がそろそろ幼稚園に慣れた頃で、父兄もそんな子供達の様子を見るためという名目で、幼稚園からバスで一時間ほど
の場所にある郊外の公園に行くらしい。
 「おべんと、おべんと、嬉しいな〜」
 「な〜」
 「たかちゃん、これ、刺せる?」
 「うん!」
 遠足の弁当作りで真琴が貴央に頼んだのは、茹でたウズラの卵とウインナーを爪楊枝に刺すことだ。
貴央は真琴の隣にキッチンの椅子を持ってくると、真剣な表情をしながら言われた作業をこなし始めた。

 【お弁当の中の一品は、お子さんと一緒に作った物を入れて下さい】

 幼稚園からの連絡にあったその言葉。自分が作った物は残すことは無いし、親とのコミュニケーションを量るためにも重要だから
とのことで、真琴は貴央にも出来るおかずを色々と考えた。
 しかし、弁当を作っている間にも考えるのは、今日の遠足のこと。金曜日という平日では、きっと父親よりも母親の参加が多い
だろう。もしかしたら、女性の中で男は真琴1人の可能性もある。
(話題、話題がないとな・・・・・)
何を話せばいいのだろうか。
テレビはあまり見ないので(それよりも海藤や貴央と話したり遊んでいたりする方が楽しい)芸能関係は無理だし、友人も大学生
なので主婦の会話というものがあまり思い当たらない。
 貴央が楽しみにしているので絶対に楽しい思い出にしてやりたいとは思うが、それには自分のモチベーションもかなり重要なもの
になるだろう。
(仲間外れとか、ないよな)
まさかそんな子供っぽいことはされないとは思うが、距離を取られるのは仕方が無いかもしれない。そんなことを思いながら、真琴
は貴央に見えないように溜め息をついた。



 「おはよーございます!」
 「おはよう、貴央君」
 「先生、おはようございます」
 「おはようございます、海藤さん」
 貴央と揃ってペコッと頭を下げた真琴は、チラッとグラウンドを見た。
集合時間まで後15分ほどだが、既にかなりの人数が集合している。年齢ごとに分かれているようで、真琴は年少組、もも組の
親子が集まっている列へと向かった。
 「・・・・・」
(や、やっぱり、お母さんばっかり)
 もも組18人のうち、今は真琴を含めて15組の親子がここにいるが、皆母親が子供と手を繋いでた。母親もほとんどが20代
に見え、服装も随分とカジュアルで、町で見かければ普通のOLとしか見えない。
 そんな彼女達はチラチラと真琴を見ていた。蔑むというほどにマイナスな視線ではないが、どうしたらいいのかと戸惑っている様
子が見え、真琴もどうしようかと視線を彷徨わせた。
 「おはよー」
 「おはよー、たかちゃん!」
 親の思惑とは裏腹に、貴央は友達と仲良く挨拶を交わしている。
女の子よりも少し小さいくらいに見えるが、声の大きさは周りと変わらないようで、真琴もほっと安堵した後、思い切って母親達に
頭を下げた。
 「お、おはようございます!」
 「・・・・・おはようございます」
 「おはようございます」
 「きょ、今日はよろしくおねま・・・・・あっ」
 あまりに緊張していたせいで、真琴は舌を噛んでしまった。簡単な挨拶なのにと真っ赤になって俯くと、周りから忍び笑いが聞こ
えてくる。
(し、失敗した・・・・・)
 「マコ、どーしたの?」
 「な、なんでもないよ」
今からこんな風では、目的地に行くまでに疲れきってしまう。
真琴は一度大きく深呼吸をした後、改めて挨拶をしなおした。
 「今日はよろしくお願いしますっ」

 バスの中は子供達と親は離れて座ることになった。今回は子供同士のコミュニケーションを図ることもそうだが、親同士の関係も
深めることが目的らしい。
 男はやはり真琴1人だけで、隣には30歳くらいの、田畑孝介(たばた こうすけ)という子供の母親が座ることになった。
少し年齢が上の人を選んでくれたのは、松田が気を遣ってくれたのかもしれない。
 「よろしく」
 「よ、よろしくお願いしますっ」
 公園では随分ママ友も出来た真琴だが、幼稚園での知り合いは今だ出来ていない。
園内の情報交換のためにも、きちんと交流はしておいた方がいいと本にも書いてあったしと、真琴は意をけっして隣に座る田畑に
話しかけようとした。
 「あのっ」
 「貴央君、うちの子とお友達なんですよ」
 しかし、真琴の意気込みより先に、田畑が少し笑いながらそう言ってきた。
 「私、20歳の時に1人目を生んで、その後出来ないなーと思ったら32の時に2人めが出来て、他のお母さん方よりも歳がいっ
ちゃってるの」
 「32の時って・・・・・えっ、じゃあ、36歳なんですかっ?若い!!」
頭の中で計算をした真琴は田畑の外見の若さに驚いて思わず叫んだが、まだ出発して間もない車内の中は騒ぐ者もいなくて、
予想以上に声が響いてしまった。
 「マコー、36ってなにー?」
 「た、たかちゃんっ、しっ!」
 前の方に座っていた貴央がさらに大きな声で聞き返してきたので、真琴は焦って押し止める。
 「す、すみませんっ」
女性に対して年齢のことを言うのはとても失礼なことだ。今回は頑張ってママ友を作らなくてはと気をはっていたのに、こんなことで
は最初から嫌われてしまう。
 頭を下げたまま顔が上げられないでいると、真琴の肩がポンポンと叩かれた。
 「止めて」
 「え・・・・・で、でもっ」
 「歳のことは気にしてないし。むしろ、海藤さんみたいな人に若いって言われて嬉しいくらい」
気遣ってそう言っているのではなく、本当に笑っているのが分かったので、真琴もホッと安堵してぎこちない笑みを浮かべることが出
来た。
 「私、海藤さんに色々聞きたいと思ったのよねえ。あなたの・・・・・えっと、旦那さん?パートナーって言った方がいいのかしら、あ
のカッコイイ人も育児を手伝ってくれるの?」
 「か、海藤さんの?あ、はい、凄く協力してくれます。早く帰った時はお風呂も入れてくれるし、料理は俺より上手で」
 「ええっ?あの顔で料理も出来るのっ?完璧じゃない!」
 「あ、はあ」
 先ほどの真琴と同じくらいの声を上げる田畑に若干笑みが強張ったが、その言葉を聞きつけた前後の席の母親達が身を乗り
出してきた。
 「あの、料理ってどんなものを作ってくれるんですか?」
 「え?」
 「子供が食べるものも作るの?」
 「あ、はい、子供が食べれる魚料理とかも・・・・・」
鰯のハンバーグや、白身魚のグラタンなど、海藤が貴央のために作ってくれた料理を思い出しながら答えた。何でも出来るように
と、魚の食べ方まで教えていたと言えば、
 「羨まし〜!」
歓声のような声が沸きあがる。
 「・・・・・」
(え・・・・・と、どうなってるん、だろ)



 彼女達の話を聞くと、やはり真琴と海藤のことは気になる存在として注目されていたらしい。
ゲイのカップルというには、2人共それらしい雰囲気には見えないし、実際に真琴が貴央を産んだという事実があるので、普通の
親子と言ってもいいのだろうが、同性ということはどこかで引っ掛かっていたようだ。
 それでも、行き帰りに一生懸命挨拶をする姿や、子供達から聞く貴央の様子で、偏見の目で見てはいけないのではないかと
考えて・・・・・。
 「だから、先生に立候補したの。海藤さんの隣に座らせてくださいって」
 カッコイイ旦那様のことも聞きたかったしと正直に言われ、真琴は何だか泣きそうになってしまった。
まだまだ自分が完全に受け入れられたと楽観することは出来ないが、少しは希望を持っていいのかも知らない。
 「マコー、ぐるぐる〜!」
 「よし!」
 「ぼくもして〜!」
 「わたしも〜!」
 公園に着くと、昼食までの一時間ほど自由時間になった。
真琴は貴央にせがまれ、両脇を持ってグルグルと回る。目が回りそうになるが、貴央はなぜかこれが好きで、海藤や綾辻によくね
だっていた。
 それを見ていた周りの子も、わらわらと真琴の周りに集まってくる。一応、この中では男なので、真琴は順番にねと言いながら子
供達を抱き上げて回った。
その他にも、鬼ごっこや、隠れんぼなど、小さな子供が喜びそうな遊びを母親も一緒にやって、やがて昼食の時間になった。

 芝生の上で、弁当を広げた。
 「たのしみだね〜」
 「うん」
 「おとーさんもいっしょ?」
 「そうだよ。海藤さんもたかちゃんが作ったの食べてくれてるよ」
ウズラの卵が割れていても、ウインナーが皮しか爪楊枝に刺さっていなくても、きっと海藤は帰ってきたらよくやったと褒めてくれるの
に違いない。
(今度また、みんなで出掛けたいなあ)
 綾辻と倉橋、そして優希も誘って、バーベーキューなどしたいなと思いながら、真琴は包みを広げた。
 「真琴君、一緒にいい?」
 「あ、美恵子さん」
そこへ、田畑が親子連れでやってきた。名前で呼んでくださいというと、田畑も私もねと返してくれていた。
もちろん一緒は大歓迎だと笑顔で迎えれば、田畑も持っていた弁当を広げる。どうやら、あちらはサンドイッチらしい。
 「孝介はキュウリを切ったのよね」
 「うん!」
 坊主頭(父親が理髪店に勤めていて、生まれてからほぼこの髪型にしているらしい)の男の子は、貴央より頭半分大きい。
 「たかお、トマトもたべろよ!」
 「うん。こーちゃんもね」
 「おまえはおっきくなんなきゃだめだから!おれはいーの!」
どうやら、彩のプチトマトが苦手らしい孝介は、貴央の紙皿の上にそれを置こうとして母親に頭を叩かれている。
 「あんたも十分小さいのよ!食べなさいっ」
 二児の母。真琴の母親はのんびりとしていて、子供の好き嫌いにも気付かなかった(何度言っても出てくるので、4兄弟は仕方
なく食べていた)ので、こんなふうに叱られた経験はあまり無い。
(なんだか、涼子さんみたいだな)
歳は違うが、田畑はどこか海藤の伯父菱沼の妻、涼子に雰囲気が似てるなあと思った。
 「あのね、たかちゃんはこれさしたの!」
 「あら、すごく良く出来てるわね。たかちゃん、上手!」
 親以外に褒めてもらえると嬉しさはまた違うのか、貴央は笑み崩れながら真琴を振り返った。
 「マコ、じょーずだって!」

 危惧していたような気まずさは全然感じず、真琴は田畑と色々なことを話した。
2人の子の母親である田畑の話は凄く勉強になり、真琴は箸を止めてうんうんと真剣に話を聞く。そんな様子を見て、田畑は苦
笑して続けた。
 「やっぱり、世間から見たら少し変形した家族だと見られるかもしれないし、興味本位で話を聞きたがる人だっているだろうけど、
あなたが気にしていたらたかちゃんまで卑屈になっちゃうわよ。あんなにカッコ良くて頼りになる旦那様がいるんだもの、凄いだろって
自慢するつもりでいた方がいいわ」
 「美恵子さん」
 「ま、私だって人のことは言えないかな。2人に興味あるし」
 だって、顔の良い男に弱いのよ〜と言われたらどんな顔をしたらいいのか分からないが、それでも田畑の意見は貴重だった。
万人に認められようなんて思う方が違うのかもしれない。





                                   





ママ友出来たかも?
次回もまだ遠足が続きます。