マコママシリーズ
第四章 幼稚園入園編 6
「スーツじゃなくて良かったですね〜。そうでなくっても社長は威圧感ありまくりなのに、びしっと決めて行っちゃったら絶対に目立っ
ちゃう」
綾辻は大げさに人差し指を揺らしながら言う。
「・・・・・そうなのか?」
自分では威圧感を感じさせるような態度を取っているつもりはないが、周りからそう見られるのならば気を付けなければならない
かもしれない。
「だが、動ける格好というのはな」
今度の父親参観日は、子供達と外で遊ぶこともあるらしい。
「汚れてもいい服装か」
「私に任せて下さいませんか」
「倉橋」
「社長の魅力を最大限引き出せるような服を用意します」
きっぱりと言い切る倉橋に、海藤はその視線を腕へと向ける。気軽に頼むには、彼は軽い身体ではなかったが、海藤のその視
線に言いたいことを直ぐさま理解した倉橋は腕の中の存在・・・・・眠っている赤ん坊を綾辻の胸へと強引に押し付けた。
「子守りは父親の義務でもありますから」
「克己〜」
「頼みますよ」
さすがの綾辻も、倉橋相手には全く情けない男に変わってしまう。まるで真琴を前にした自分を見ているような気分になったが、
倉橋に任せていれば安心だとも思えた。
「すまないが頼むぞ」
「はい」
海藤の言葉に倉橋は嬉しそうに頷く。
そして早速組員の1人を連れて、行ってきますと事務所から出て行った。
まだまだ先だと思っていた父親参観日は、あっという間に明後日に迫っていた。
毎日貴央の世話に追われる真琴に気を遣わせたくはなかったので服も自分で選ぶつもりだった海藤は、事務所で綾辻と倉橋
に意見を聞いてみた。
どうやら昔はともかく、最近の父親はかなりラフな服装をしてくるらしい。
自分の歳ではスーツが一番合うのではないかと思っていた海藤だが、今回は子供と遊ぶためにはさすがに却下だ。クローゼットの
中から選ぶことも考えたが・・・・・ここは倉橋の好意に甘えることにした。
「・・・・・悪いな優希」
大好きな倉橋としばらく引き離されることになった彼の愛息の顔を覗き込みながら言うと、父親の綾辻は笑いながら頬をスリスリ
とすり寄せる。
「いいのよね〜。ママがいない間、パパと愛情を深めましょ」
「・・・・・倉橋が怒りそうだ」
「愛しい相手は怒っても可愛いんですよ」
倉橋との間に決定的な愛の結晶を得てからの綾辻には余裕が出来た。
男同士のカップル、そしてその間に出来た子供。希少な確率がこんな身近にあったことの奇跡を海藤も喜びながら、思考は再び
迫る父親参観日へと戻って行った。
「おとーさん、あした、きてくれる?」
少し遅くなった海藤が帰宅すると、パジャマ姿の貴央が出迎えてくれた。
一週間ほど前から、朝晩毎日繰り返される言葉。それに海藤も律儀に答える。
「行くぞ。頑張っている姿を見せてくれ」
「うん!」
どうやら海藤のその言葉を聞かなければ眠らないとぐずっていたらしく、貴央はその返事に安心したのか、直ぐにお休みなさいと
言って真琴と共に部屋に行った。
海藤が部屋着に着替えてリビングに戻って来ると間もなく真琴もやって来る。
「もう寝たのか?」
「さっきも、ソファでウトウトしていたんですよ。でも、絶対にお父さんに聞かないとって頑張って・・・・・たかちゃん、土曜日を凄く楽
しみにしているみたい」
「大変だな。がっかりさせないようにしないと」
「絶対に大丈夫です!たかちゃんは海藤さんが来てくれるっていうだけでも喜んでるし!」
「真琴」
「仕事もあるのに・・・・・ありがとうございます、海藤さん」
礼を言われるまでもなかった。自分の子供のために動くことは当たり前だし、真琴と貴央以上に大切なものなど海藤には無い。
開成会という会派を背負っている以上、組員達のことを考えなければならないが、幹部には有能な者は揃っている。
ヤクザというだけで生き難いことはもちろんあるものの、海藤は今の自分が勿体ないほどに幸せであることを実感していた。
「じゃあ先に幼稚園に行って・・・・・」
来ますという言葉は、真琴の口から出てくることはなかった。
「真琴?」
自室から出てきた海藤の姿があまりにカッコ良くて、ポカンと口を開けるしかないのだ。
「カッコ・・・・・」
「おとーさん、かっこいい!」
真琴の褒め言葉より先に、貴央がはしゃいで海藤に抱きついた。
見慣れたスーツ姿ではない姿が休日仕様だと分からせてくれるが、どうやらこれを選んでくれた倉橋はかなり気合を込めてくれた
ようだ。
(な、何て言ったっけ・・・・・?)
エルメネジルド・ゼニアというイタリアのブランドの、落ち付いたグレーのドレスシャツに、アルマーニのブルーのジーンズ。
ブランドが違うのは、どうしても海藤に似合う色合いを選んだらそうなったのだと倉橋が言っていた。
海藤のことをよく知る彼だけに、すっきりとしたシルエットは本当に海藤に似合っている。特に、ドレスシャツの色は暗過ぎず上品
で、真琴は一目で気に行ったのだが、着るとまた全く違う雰囲気だ。
それに、撫でつけていないヘアスタイルでは何時もよりも随分若く見えて、何だか余計に胸が高鳴りそうだった。
「真琴」
「あ、はいっ」
見惚れていた真琴は妙に声が裏返ってしまい、恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。
「少し若過ぎないか?」
「全然っ!すっごく似合っています!ねっ、たかちゃん」
「うん!」
2人で交互に言うと、海藤が口元を押さえて顔を逸らす。もしかして怒っているのかと思ったが、よく見ると・・・・・どうやら照れて
いるらしい。
こんな海藤は滅多に見ることなど出来ないのでもう少し見ていたかったが、そろそろ貴央を登園させなければならない時間になっ
てしまい、反対に海藤に急かされてしまった。
子供は通常通り登園し、父親は午前十時までに行くことになっている。
(・・・・・こっそり覗こう)
海藤がどんな父親ぶりを見せてくれるのか、その場にいることが出来ないなんて悔し過ぎる。
そう決意した真琴は行ってきますと海藤に告げ、貴央の手を取ってマンションを出た。
倉橋の選んでくれた服は着心地は悪くないが、自分の歳には少し派手すぎるのではないかと思っていた。
実際に事務所で試着した時は、
「・・・・・凄く、お似合いです」
「さすが、社長大好きの克己が選んだだけのことはあるみたい」
そう、綾辻も倉橋も言ってくれたが、あの2人は身内のようなものなので身贔屓があるかもしれないだろう。自分が笑われるのはと
もかく、貴央が嫌な思いをしなければいい・・・・・海藤はそう思いながら、10時15分前に幼稚園に着いた。
「お迎えは」
「連絡する」
出来れば自身で運転をして来たかったが、海藤の立場からいってそうも言えない。
今日もこの幼稚園の周りには何人もの護衛がいるが、それを幼稚園側にも真琴にもあらかじめ言うことはなかった。
「・・・・・」
海藤が歩いていると、明らかに同じような立場の男達が何人も歩いて来ている。入園式の時に見た顔に目礼し、海藤は門を
くぐった。
まだ教室には入らないで欲しいと言われ、廊下から中を覗いた。小さな机と小さな椅子。
今日は父親参観なので父親が来ることを知っている子供達はチラチラと廊下に視線を向けてくる。手を振り合う親子に、それを
苦笑しながら注意をする先生という光景が何回も繰り返されていた。
「・・・・・」
貴央も周りの子と同じように振り返り、海藤の姿を見ると嬉しそうに笑って手を振ってくる。
「たかちゃん、前を向いてね」
「は〜い!」
叱られたのになぜだか嬉しそうな貴央に笑い、前を向くようにと動作で促した。
「お、おはようございます」
もう、かなりの人数の父親が集まってきた。
そこかしこで挨拶をする風景が見られたが、海藤は遠巻きにされた状態だ。
(・・・・・やはり、格好が合わなかったのか)
若い父親が多いので、皆普通のシャツやTシャツ、それにジーンズ姿の者が多い。海藤も同じような服装なのだが・・・・・どこか
雰囲気が違うと思われているようだった。
威嚇をしているわけではないんだがと思っていた時に声をかけてきたのが、髪を染めたまだ20代前半の若い父親で、海藤もおは
ようございますと言葉を返して軽く頭を下げた。
「海藤さん、ですよね?」
「ええ」
「俺、山口あすかの父親です」
「よろしくお願いします」
「いやあ、やっぱ海藤さんって迫力ありますね〜。俺、入園式の時から話をしてみたかったんですよ」
学生のような物言いに、海藤はふっと口元を緩める。
組にもこの父親くらいの若い組員はいるが、組長である海藤に気安く声は掛けられないと何時も緊張していた。しかし、目の前
の相手は海藤の裏の顔を知らない。だからこそこんなふうに気安く声を掛けてきたのだろう。
「迫力なんてあるのか?」
明らかに年下の相手に敬語を使うのもおかしいだろうと海藤が言えば、ありますよと大きな同意が返ってきた。
あまりにも堂々としたその同意に、海藤は苦笑を深くした。
そして、父親参観が始まった。
「みんな、今日は大好きなお父さんがみんなを見に幼稚園まで来てくれましたよ?沢山一緒に遊びましょうね」
「は〜い!!」
子供達が手を上げて叫ぶ。このクラスは年少で、3歳か4歳の子供だけだろうが、こんなに幼い子供達が1カ月そこそこでこんな
にも統率が取れていることに感心した。
「じゃあ、お父さんの所に行きましょう」
松田がそう言うと、子供達が甲高い声を上げながらそれぞれの父親のもとに駆け寄る。
「おとーさん!」
「・・・・・」
海藤も自分の足にしがみついた貴央の頭を撫で、そのまま抱きあげた。
「お外に出ますよ」
人の波に流されながら、海藤は貴央に言った。
「ちゃんと挨拶が出来るんだな、偉いぞ」
「ほんとっ?」
「ああ。家でもいい子だが、幼稚園でも本当にいい子だ」
そう褒めてやると、貴央はへへと恥ずかしそうに笑いながら海藤の首にしがみ付いてくる。
まだ幼い頃はよくこうして抱いていたものだが、最近は自我が目覚めたのか、それとも身近に優希という自分よりも小さな存在が
出来たせいか、おおっぴらに甘えてくるという姿は少なくなった。
だが、抱きしめるとまだこんなにも小さいのだ。もっともっと、愛情を注いでやらなければと改めて感じた。
「たかお!」
その時、高い声が貴央の名前を呼ぶ。
「あ、こーちゃん」
「・・・・・」
こーちゃん・・・・・最近貴央がよく口にする仲良しの子で、遠足の時にその母親に真琴が助けてもらったと言っていたはずだ。
挨拶をしようと顔を上げた海藤は元気そうな男の子の手を繋いだ、自分よりも少し年上に見える相手に視線を向けて頭を下げ
た。
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海藤さんの服装を悩みました(汗)。
次回も父親参観の続き。