マコママシリーズ





第四章  幼稚園入園編   7






 「田畑さん、ですか」
 「初めまして、海藤さんですよね」
 他の父親達より年上に見える田畑は、穏やかな笑みを湛えたまま海藤に頭を下げてきた。
 「先日は妻がお世話になりまして」
 「いえ、こちらこそ。田畑さんの奥さんにはとても助けられたと言っていました。私からもお礼を言わせていただきます」
ありがとうございましたと海藤が頭を下げると、田畑は少し驚いたように目を瞬かせた後、頭を上げてくださいと少し苦笑混じりの
声で言う。
 こんな場所で頭を下げられても田畑が困ってしまうのは分かったので海藤は直ぐに頭を上げた。
 「妻達がどんな付き合いをしているのか私には分かりませんが、海藤さんのその・・・・・」
 「真琴と呼んでやってください。あれは私のパートナーですが、妻ではありませんから」
男同士のカップルということで、自分達をよく知っている者達はともかく、まだ浅い付き合いの相手は真琴をどういう立場で捉えて
いいのか悩むところだろう。
 海藤にとって真琴は自分の愛するものであり、貴央を産んでくれた相手ではあるものの、妻という言葉ではくくれないと思ってい
た。
あくまでも自分達は対等な立場であり、一番相応しい名称を付けるとしたらやはりパートナーだろう。
 だから、こういった場合は真琴の名前を呼んでもらうことにしていた。その方が真琴自身もすんなりと受け止められるはずだ。
さすがにそれなりの年齢の田畑は海藤が言わんとしたことが分かったのか、直ぐに真琴さんと言ってくれた。
 「妻も真琴さんと知り合えた事をとても喜んでいました、若い友人が出来たといって」
 「そうですか」
 そう言ってくれる田畑の言葉が嬉しくて、海藤の口元はゆったりと綻ぶ。
きっと田畑の妻は真琴の良い友人になってくれるような気がして、海藤はもう一度ありがとうございますと頭を下げた。



 幼稚園のそれ程大きくない園庭に、子供達と父親が並ぶ。
子供達は普段幼稚園にやってこない父親と一緒にいることが嬉しいのかどの子供も纏わりついているが、それは貴央も同じよう
でずっと海藤の手を握り締めて離さなかった。
 最近はかなり大人ぶったところも見せているが、こういうところはまだまだ幼い子供らしい。
 「ねえ、おとーさん」
 「ん?」
貴央が手を引っ張ったので、海藤は腰を屈めて視線を合わせた。すると、貴央は内緒話をするように口を手で隠しながら海藤
の耳元で囁く。
 「おとーさんがいちばんかっこいーね」
 「そうか?」
 「みんなね、たかちゃんのぱぱ、かっこいーっていってた」
 どうやら今回の服のコーディネートは好評のようだ。海藤はホッとして、貴央の髪をクシャッとかき撫でる。
 「ありがとう」
自身の親に対する欲目だろうが、そう言ってもらうのは素直に嬉しかった。

 「は〜い、それでは最初に、お父さんに高い高いしてもらいましょうか。誰が一番お空の近くまで持ち上げてもらえるかな?」
 「おとーさん!」
 海藤は貴央の脇の下を両手で持つと、そのままグンッと持ち上げてやる。
 「うわっ、たか〜い!」
頭上ではしゃぐ貴央に、海藤も笑った。
 「少し重くなったな」
 「ほんとっ?」
 「大きくなった」
 手の平の中に収まるほどに小さかった赤ん坊が、こんなにも大きく成長するなんて想像出来なかった。
この重さは、貴央が生きている証だ。海藤は思わず抱きしめてしまう。
 「お、おとーさんっ」
 苦しいよという言葉に手を緩めると、次は飛行機ですと松田が言った。どうやらグルグルと回るらしい。
子供は単純な遊びが好きなのか、それからも肩車をしたり、鬼ごっこをしたりと、身体を使った父親参加の遊びは続いた。
確かにこれだけ体力を使うのは母親はきついかもしれない。
 三十分ほどそんなふうに遊ぶと、松田は最後にかくれんぼをしましょうと提案してきた。
 「今からみんなはお顔を隠して、見えているお尻だけでお父さんに当ててもらいましょう。お父さん方、三人ずつになって並んでく
ださい」
園庭の真ん中に頭を下げた子供達が蹲る。体操服を着ているので、顔を隠されたら体形と髪型で見分けるしかなかった。
 「じゃあ、先ず最初のお父さん達、どうぞ!」
 このくらいの歳の子供は、体形も男女あまり変わらない。長い髪の子供はともかく、ショートだったら男の子と変わりないようだ。
最初の三人の父親達は上から子供を覗き込みながら考えている。
 「どうかな〜、可愛いお尻の形で分からないかな〜」
 松田の言葉に、隠れている子供達は楽しそうに笑っているものの、練習をしたのか顔を上げる者はいなかった。
 「案外、分からないなあ」
 「そうですよねえ」
父親達は互いにそう言いながら顔を覗き込む。
 「じゃあ、ヒントです。もえちゃん、しょう君、あっちゃん、お父さんを呼んでみて」

 三組目、海藤達の番になった。田畑も同じ組だ。
 「分からないと叱られるな」
ぼやく田畑に苦笑するが、海藤もこんなふうに大勢の子供の中から貴央を捜すといったことはしたことが無いのでどうなるのかと思
う。
 「じゃあ、次のお父さん達どうぞ」
 海藤はゆっくり歩いて子供達の塊を上から覗いた。
 「・・・・・・」
(これは・・・・・)
なかなか見付からないかもしれないと思っていたものの、いざこうして上から見下ろせばどの子が自身の子供なのか直ぐに分かる。
 「こーはどこかなあ」
 そう言っている隣の田畑も、顔は笑っていて視線は定まっていた。
これが、親子というものかもしれない。今までの父親も、このかくれんぼを子供達と楽しむために迷って見せたのかもしれないと思
うと、何だか微笑ましい気がした。
 「清っ」
 1人の父親が子供を抱き上げた。嬉しそうに笑っているということは正解だったのだろう。
 「貴央」
海藤もその名を呼んで、小さな身体を抱き上げる。
 「おとーさん!」
満面の笑顔を向けてくれた貴央に、海藤は正解だったなと自慢げに言った。

 父親参観日は一時間ほどで終了した。
父親は園庭で着替えて出てくる子供達を待つ。このまま帰宅してもいいらしく、園の門の外側では母親達が車で迎えに来てい
た。
 海藤も迎えの車を手配していたが、
 「海藤さんっ」
不意に聞こえてきた声に視線を向け、そこにいた姿に苦笑する。
(そう言えば、迎えに来るって張り切っていたな)
 父親参観日の今日は母親が姿を現すことは禁じられていたので、覗きにきたくても出来ないと悔しがっていた。
自分のことはともかく、はしゃぐ貴央の姿は見せたかったと思ったが、まさかこんなにも早く来るとは思わなかった。
 いや、そもそも海藤は事務所の方に迎えの時間を連絡したのだが・・・・・。
(綾辻だな)
多分、真琴は綾辻と連絡をとっていたのに違いない。別に悪いことでもなく、海藤は口元に笑みを浮かべながら真琴に向かって
軽く手を上げた。



 きゃあと、歓声が聞こえた。
 「今の見たっ?」
 「やっぱりいい男よね〜っ」
自分と同じように迎えに来た他の母親達の声に、真琴はただ呆気に取られるしかなかった。
(やっぱり、凄いなあ)
 もちろん、母親達の関心は自身の夫や子供にあるだろうが、それとは別枠で海藤のずば抜けた容姿に見惚れている気持ちは
十分分かる。
(だって、本当にカッコイイし)
 何時ものスーツ姿ももちろんだが、今日のラフな格好はもっと親近感を抱かせるようなもので、ここが幼稚園でなければたちまち
女の人達に囲まれてしまうに違いない。
 「カッコいいわね」
 「え?」
 真琴は隣にいた田畑を振り返った。
 「うちの旦那とは桁違い」
 「そ、そんなことないですよっ」
田畑の夫は歳相応に落ち着いた感じで、何より目がとても優しそうだ。
海藤とはまた全然タイプが違うと否定する真琴をどう思ったのか、田畑はクスクス笑いながら真琴に言った。
 「友達になっちゃいなさいってけしかけたけど上手くいったのかしら」
 「か、海藤さんと、ですか?」
 「ええ。父親だって幼稚園に知り合いがいた方がいいでしょ?」
確かに、色んな情報交換を含めて知り合いがいた方が心強いことは確かだ。ただ、海藤と友達という言葉が妙に合わなくて、真
琴はただ田畑の発想に感心するしかない。
 「年少組には三十代の父親は数少ないし、海藤さんって頼り甲斐がありそう」
 確かに海藤は頼れる人だ。容姿の良さを褒められるよりもそんな性格を言ってもらえる方がもっと嬉しくて、真琴は思わずへらっ
と笑ってしまった。



 「せんせー、さようなら!」
 園庭に子供達が出てきて別れの挨拶が行われる。
それを待ちかねたように母親達は園の中に入ってきた。
 「海藤さんっ」
 その中には真琴がいて、隣には1人の落ち着いた母親が一緒にいる。
 「海藤さん、この人がたかちゃんのお友達の孝介君のお母さん、美恵子さんです」
 「こんにちは」
こうして向き合っているだけでも溌剌とした性格が窺える。海藤は貴央と手を繋いだまま頭を下げた。
 「真琴がお世話になりました」
 「いいえ、別に世話なんてしていませんけど」
 「いい友達が出来たと言っていましたが」
 真琴に確認するように眼差しを向けると、恥ずかしがって顔を赤くしてしまう。彼女の前でそんなことを言われるとは思ってもい
なかったようで動揺してしまったらしい。
 だが、笑っている田畑の妻の反応を見ても自分の言葉が間違っていたわけではないと分かり、海藤はそれにと言葉を続けた。
 「私の方も、ご主人と話をさせていただきました」
 「あ・・・・・なんて言ってました?」
 「秘密ですよね、海藤さん」
海藤が答える前に、田畑の夫もやってきた。そして、海藤に苦笑を向ける。
 「すみません、ミーハーな奴で」
 「ミーハー?」
 「海藤さんがいい男だから舞い上がってるんですよ」
 「ちょ、ちょっとっ、本当のこと言わないでよっ」
 途端に田畑の妻は反論しているものの、2人の間に険悪な雰囲気は全く感じられない。こんなふうにあけっぴろげなのが何時
ものスタイルだと十分感じられた。
 「たかおのとーちゃん、かっこいいな」
 「そーでしょうっ?」
 ずっと低い場所では、貴央と田畑の子供がなにやら話し始める。
そのどれもが、自分の容姿に関してのことだというのがなんともいいようがないものの、こんなものが貴央や真琴の友人を作る切っ
掛けになるのならばいくらでも話題にしてもらってもいい。
 「・・・・・」
 そして海藤は、自分達が周りの視線を集めてしまっていることに気がついていた。
何時もは表情が硬いと敬遠されることも多い自分だが、貴央の幼稚園では出来るだけそんな顔は見せないようにしなければと、
少しだけ目を細めて口角を上げる。
 途端にザワッと空気が揺れて、真琴が視線を向けてきた。
 「どうしたんですか?」
 「さあ?」
特に気にすることではないと、海藤は作っていない笑みを向けて真琴の肩を抱き寄せた。





                                   





父親参観日は終了。
次回はバザーです。海藤さんの手作りのものが期待できそう。