マコママシリーズ
第四章 幼稚園入園編 8
貴央が幼稚園から貰ってきたプリントを手に、真琴は眉を顰めながら考えていた。
「マコ?どーしたの?」
何時もはニコニコ笑っている真琴の困った表情に、貴央も心配になったらしく顔を覗きこんでくる。
「あたま、いたい?」
「ううん、大丈夫だよ」
頭が痛くて難しい顔をしたわけではないと説明すれば、貴央はホッとした表情をしてパズルの続きを始めた。先日綾辻が持っ
て来てくれたそれを気に入って、暇があればにらめっこして遊んでいるのだ。
その間は大人しくしているので、真琴は再びプリントに視線を戻す。
「バザーかあ」
二週間後にある幼稚園のバザー。年間行事を書いているプリントは入学時に貰っていたのでそんな行事があることは当然知っ
ていたが、まさか自分まで参加をするとは思わなかったのだ。
(バザーって、立候補した人だけが参加するんだって思ってたけど・・・・・)
「もも組さんは全員参加かあ」
「ももぐみ?」
自分のクラスの名前が出てきたので、貴央はどうしたのだと真琴の服の裾を引っ張ってきた。
「たかちゃん、バザーがあるんだって。何をしようかな」
「な〜」
真琴の声に合わせて首を傾げる貴央を見て、真琴は思わす苦笑を零してしまう。貴央に相談しても解決しようがないだろう。
(海藤さんが帰ってから聞いてみるしかないか)
「よし、夕飯のしたくしよっか?」
「しよー!」
どうやら、入学初年度は売り子をするか、売るものを提供するか、とにかく絶対的に参加をしなければならないらしい。
一体何をしていいのか分からず、五日後の締め切りまでにどうやって決めようかと真琴は悩んでいた。
その夜、海藤が帰って直ぐに、真琴はバザーのことを相談した。
「絶対に参加か」
「参加はするつもりだからいいんですけど、何をしたらいいのか迷っちゃって。ただ、売り子をする場合は午前中と午後の二交代
制って書いてますけど」
そうすると事前の準備はない変わりに、当日は慌しく過ごすことになる。
「バザーの出し物は何か指定でもあるのか?」
「手作りの小物とか、不用品は結構集まるみたいなんですけど、お菓子とか数が少ないってありました」
そう説明しながら、真琴は海藤にプリントを差し出した。
「家庭菜園で出来た野菜とかもいいんだって書いてあるでしょう?俺、幼稚園のバザーとかってもっと身内でこじんまりとするの
かなって思ってたけど、意外に本格的なんですね」
「そうみたいだな」
どうやら幼稚園の直ぐ近くにある公園にも幾つかの屋台が来るらしい。
園長がそういったお祭りごとが好きなのだと、真琴は昼間相談するために掛けた田畑との電話で聞いた。
「バザーに出し物をしたら、売り子はしなくてもいいってあるでしょう?今回初めてだし、出来ればたかちゃんと一緒に見て回りた
いと思うんですけど・・・・・」
「じゃあ、何か作るか」
「お、お菓子を?」
「俺もそういったものはあまり得意じゃないが、綾辻なら簡単で美味い物を知ってるんじゃないか?」
「あーっ、綾辻さん!」
海藤が名前を出すまで真琴の頭の中に全くなかったが、過去何度かバレンタインの時に付き合ってくれたり、友人達と集まる
時にも個性的な一品を作ってくれた。
器用な綾辻なら、確かに真琴にも作れるものを教えてくれそうだ。
「俺、電話しますっ」
早速綾辻に相談するために、真琴は携帯を取りに走った。
そして、バザーを明日に控えた土曜日。
海藤のマンションには綾辻と倉橋、そして優希もやってきた。
「ゆーちゃん、真琴だよっ?」
エプロン姿の真琴が笑いながら優希を見つめると、直ぐに思い出したのか優希の方も手を伸ばし、真琴に触ろうとしていた。
「まー」
「あら、ゆうちゃんはマコちゃんがお気に入りね」
「そ、そうですか?」
「テンション上がってるもの」
綾辻が笑いながら真琴に優希を渡すと、優希は声を上げて笑いながら真琴の顔をパシパシと叩いている。
その様子が羨ましくなったのか、貴央が真琴の足に抱きついていった。
「マコッ、ゆーちゃん!」
「たかちゃんが抱っこするの?」
「ん!」
小さな両手を広げてその気になっている貴央には悪いが、まだ優希を抱かせるのは心許無い。
真琴もそう思ったのだろう、優希を抱いたままその場にしゃがみこんで、おいでと呼んだ貴央も一緒に片膝に乗せて抱きしめてい
る。
「マコ、おもたい?」
「軽いよ」
さすがに貴央は優希と同列に扱われるのを嫌がるかと思ったが、大好きな真琴に抱かれるのは嬉しいらしく、優希と顔を見合
わせて楽しそうに笑っていた。
(大きくなった)
「・・・・・」
ほぼ毎日倉橋が連れてくる優希は事務所で見ているものの、こうして貴央と一緒にいるとその成長度合いがよく分かる。
小さく生まれた我が子がここまで大きく、無事に育ってくれたことに感謝の気持ちを抱く海藤と同様、倉橋も穏やかな眼差しでそ
の光景を見つめていた。
真琴は久し振りに会った優希をまだ構いたいらしいが、早くしないとあっという間に日が暮れてしまう。
明日の午前8時には作ったものを幼稚園に運んでおかなければならないので、海藤はそろそろ始めるぞと声を掛けた。
「はい!」
「マコ?」
「貴央君は私と一緒に遊んでくれませんか?」
菓子作りの間は、倉橋が2人の子供の面倒を見てくれることになっている。
「くーちゃんと?」
「ええ」
「あっ、くーちゃん、あのね、これ、つくったの!」
倉橋にも懐いている貴央は、早速最近自分が完成させたパズルを持ってきて倉橋に見せた。50ピースの小さなものだが、幼
稚園児の貴央にとっては大作だったはずだ。
「これ、貴央君が作ったんですか?」
「うん!」
「凄いですね・・・・・ほら、優希、これを貴央お兄ちゃんが作ったんだよ」
色鮮やかなパズルに興味がかき立てられたのか手を伸ばして触ろうとする優希からパズルを遠ざける倉橋を見ている真琴の肩
を叩き、海藤はキッチンに向かう。
そこでは綾辻がテーブルの上に材料を並べていた。
材料代はもちろん海藤持ちだが、綾辻は平均的な値段の材料にしたと説明を始める。
「えっと、パイを作るんでしたよね?」
「ええ。旬の果物がいいんだろうけど、馴染みやすい方が売れるかなって思って、アップルパイとブルーベリーパイに決めたわ」
「う、売れるから?」
参加することに意義があると思っている真琴にとっては売り上げは二の次なのだろうが、綾辻は人差し指を振りながら違うと言
い切った。
「当たり前じゃない!マコちゃん、バザーは売り上げが勝負よ!」
「は、はあ」
呆気に取られたような表情を向けてくる真琴に、海藤も苦笑を返した。どうやら綾辻は数年先に自分が体験するであろう行
事を今回で予習するらしい。
「後、シュークリームも作るから、ちゃんと働いてね?」
「はい!」
「社長も皮むきから手伝ってくださいよ?」
「分かってる」
今回ばかりは綾辻に全面的に任せるつもりだった。
それから数時間、綾辻指導のもとにパイ作りは順調に進んだ。
元々料理の腕は抜群に良い海藤は手馴れたように作業をこなしているが、真琴はパイ生地を捏ねるのも一苦労だった。どのく
らいの柔らかさがいいのか頻繁に訊ねてしまい、さすがの綾辻が苦笑を零してしまうほどだ。
「マコちゃん、こっちお願い」
そんな真琴を見かねたのか、今度はリンゴを甘く煮る役目を任せられたが・・・・・。
「綾辻さん、どのくらいまで煮たらいいんですか?」
「ん?水分が無くなるくらいよ」
「で、でも、焦げちゃわないですか?」
ガラスの蓋をしているので中は透けて見えるが、少しでも焦げ付かせてしまったら風味も変わってしまうだろう。
これだけの材料を駄目にするわけにはいかないとじっと鍋を見つめる真琴に、綾辻はプッとふきだした。
「そこまで真剣にならなくていいのに」
「・・・・・」
キッチンの中には甘いリンゴの匂いが広がっていく。これが自分たちだけで食べるのならば美味しそうだなと暢気に思えるのだが、
売り物にするので少しのミスも許されない感じがした。
(ま、まだかな)
「マコちゃ〜ん」
「忙しいです」
緊迫した時間はまだ続きそうだ。
海藤は余ったリンゴで作ったウサギとすった物を器にいれ、リビングにいる貴央達のもとに行った。
今は絵を描いていたらしく、白い画用紙には多少歪な、それでも笑っている人間らしきものがいくつも描かれていた。
「それは誰だ?」
海藤が覗き込みながら言うと、貴央は一番大きな絵を指差しておとーさんと張り切って応える。
「なるほど、上手だな」
「ほんとっ?」
「ああ、おやつだ」
目の前にリンゴを置くと、その形に貴央は声を上げて喜んだ。
その姿を目を細めて見つめた海藤は、倉橋に優希用のすったリンゴが入っている小皿を渡す。
「ありがとうございます」
「優希はともかく、貴央はじっと見ていなくていいぞ」
「社長」
受け取りながら礼を言う倉橋に、海藤はゆっくりとしていろと告げた。
「これでも、結構自分のことは自分でしている」
「おにーちゃんだもん!」
「だ、そうだ」
優希がいるので余計に兄ぶりたいのかもしれない。
倉橋も笑ってそうしますと言うものの、彼の性格では放任するということは到底出来ないだろう。
「あっ!」
その時だ。急に声を上げた貴央に何事かと視線を向けると、貴央はじっと優希の方を見ている。つられるように倉橋に抱かれ
ている優希に視線を向けた海藤は、おっというように目を瞬かせた。
「あー」
そこでは優希がスプーンを握り、自分でリンゴをすくって食べようとしていた。零さないようにするというのがまだ分からないのか、テー
ブルから倉橋の膝までリンゴの汁を零してはいるが、それでも何とか自分の口の中にスプーンを入れている。
「食べられるようになったのか?」
「まだ真似をしているという感じですが。綾辻さんが面白がってスプーンを握らせたら気に入ったようです」
そう説明をした倉橋は手を伸ばして側の鞄を引き寄せ、中からウエットティッシュを取り出してテーブルと自身のズボンを拭う。
その一連の行動はとても自然で、倉橋が優希の母親役を立派にこなしているのがよく分かった。
「子供の成長は早い」
「・・・・・はい」
優希を抱きしめている倉橋の腕はとても優しい。
「お利口にしているんだぞ」
海藤はしばらくその光景を見た後、貴央の頭を一撫でしてから再びキッチンへと戻った。
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今回は倉橋さんとゆうちゃんもゲスト出演(笑)。
次回バザーの本番です。